第13話 『不倫研究会』で学習した事

「おはよう~~」


「おはようございます」


時間より少し早く着いたのだが、同じ電車に乗っていたのか、海咲とは直ぐに合流できた。

彼女は、クリーム色のワンピースに白のニットを羽織り、いつものジャージ姿とは打って変わって大人の落ち着いた女性に変身していた。


それに、少し化粧も強めなのか目元がくっきりとしている。


「えへへ~~

スカート履くのなんて、凄い久しぶり 笑」

そう言うと、海咲は腰を左右に振ってワンピースのスカートをヒラヒラさせた。


「さすがに、今日はジャージじゃないんですね 笑」


「あーー。私だってデートの時は、ちゃんとおしゃれするのよ。昨日もメッセージを送ったでしょ~~」


少し拗ねて見せながら、海咲が距離を縮めてきた。微かに甘い香りがする。

思わずドキっとするが、今日は彼女との距離を必要以上に縮める訳にはいかない。

誤魔化すように、話題を変える。



「そ、そう言えば、僕って鳥取は良く知らなくて、今日はどうしますか?」


「大丈夫よ。レンターカーを予約しているの。ドライブしましょう」


「ドライブですか⁉ 大丈夫かな? 僕ってペーパードライバーなんですけど」


「あはは。大丈夫よ。私が運転するから。

それより、少し早いけどお昼にしない?

レンタカーは12時から借りているから」


「駅の中にショッピングモールがありましたね。そこならお店がありそうです」


「そうね、行きましょうか。お腹空いちゃった」

そう言うと、海咲は腕を絡めてきた。


「やっぱり……、こうやって腕を組んでも、何ともないのね。

私は凄い勇気を出したんだけど」


「そんな事ないです。僕だってドキドキしてます。でも、大丈夫ですか?

知り合いに見られたりしたら」


「うふふ、迷惑?」


何と答えれば良いのだろう? 迷惑ではないが、できるだけ距離は保ちたいと思っている。だが、それを言えば海咲に悪いような気もする。


「迷惑なんだ?」


僕が答えに詰まっていると、海咲の絡めていた手に力がこもるのが分かった。


「いえ、そんな事ありません。

行きましょうか」


ショッピングモールの中には、服飾、雑貨、ドラッグストア、コンビニなどの店舗が入居しており、中にはブランド品の売り場もあった。


「うわ~~、これ、可愛い!」


ご飯を食べに行くはずが、海咲は洋服を見るなり、お店に吸い込まれていった。


「ね、これ、どうかな? 似合う?」


普段はジャージ姿なのに、やはり海咲もお洒落には興味あるのだと認識した。

だが、僕に聞くのは野暮だ。僕はお洒落とは無縁の男なのだから。

それでも、大学時代に培ったスキルを発揮する。


「久保田先生は、ボーイッシュだけど、そういうフェミ系の服が凄く良く似合うと思います。少女っぽくて、とてもフレッシュですよ」


大学時代、所属していたサークル『不倫研究会』で多くの人妻から教わった奥義がある。




『とにかく褒めろ』




褒められて悪い気がしない女は居ない。それが人妻たちの共通した意見だ。



「あ、ありがとう!

そんな事言われたの初めて。私、ちゃんと男の人と付き合ったことないし、買い物に付き合ってもらったのも初めてだから、森岡先生みたいに言ってもらったのって初めてなの」


「あ、いえ……、僕は、素直な意見を言っただけで……」


「なんで、今さら照れるのよ~~


このっ!」


そう言うと、海咲は絡めていた腕に更に力を込めて密着してきた。

それだけではない、僕の肩に頭を乗せて甘えた仕草をする。


「く、久保田先生……、近いです」


「私ね、こうやって男の人に甘えてみたかったの。

だって、前付きあっていた人は妻帯者だから密会しかできなかったし、その前だって……、ロクな恋愛してないの」


「たしか久保田先生は、体操の選手として有望視されていたんですよね。

やっぱり、恋愛どころじゃなかったんじゃないですか?

僕なんて、中学高校、これと言って取り柄もなかったのに、恋愛どころじゃなかったです 笑」


「その割に女慣れしているのは何故かな~~?」


「大学に入って2~3人付き合えることができたけど、久保田先生が思っているほど女慣れなんてしてませんよ」


「ふ~~ん、ま、良いわ。私は過去は気にしないから 笑

あ、時間があまりない!

レンタカーを借りに行かなきゃ。ここでランチを済ませようか?」


適当に見つけたお店に入り、海の近くらしく海鮮ものを頼んで、その間に、海咲の学生時代の話を聞かされた。



「私が有望視されていたのは高校生まで。

その後、伸び悩んで……、やっと大学には入れたけど、やっぱり思うような成績が残せなくてね。


あ、もう出てきた。食べよう~~」



「森岡先生、私の事ばかり聞く。

自分の事は話したがらないのね」



「そんなことないです。でも、僕は本当に平凡な人生しか送ってないので、話すことがなくて」


箸を進めながらも、海咲との会話は続く。

出来るなら、僕の東京での生活に話題を集中させたくなかった。



なにせ、最初の恋人は、いま学校で同僚として教鞭を振るっている小梢なのだから。

そして、その後に付き合った愛莉は元カレの子を妊娠。

家庭教師の教え子の母親とは不倫、その教え子とも一瞬付き合っている。



とても話せる内容ではなかった。




「私も都会の大学に行きたかったな~~

あ、私は熊本の大学に行ったの。で、高校は京都。京都の高校は体操の強豪だったのよ。成績が良ければ、都会の有名な大学に行けたのにな~~


森岡先生は凄いわ。自力で試験を突破して有名大学に合格したんだもの

やっぱり、志が違うのね、きっと」



「そ、そんな……

志だなんて」



僕は、都会の大学に行って、洗練された都会の女の子と楽しいキャンパスライフを送りたかっただけなのだ。


志だなんて、とんでもない。



動機は不純だったのだ。





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