第12話 神様の意地悪?

寄り道を重ねたため、自分の部屋へ帰り着いた頃には深夜になっていた。

それからシャワーを浴びると、疲れもあり直ぐに眠気が僕を襲ってきた。


思いがけず、出来事が重なって、ベッドに入ると今日起こったことがぐるぐると頭の中を駆け巡った。


小梢との関係が改善されそうなのは嬉しい誤算だった。もしかかしたら、また恋人同士に戻れるかも知れない。今度は本当の恋人として。


そうなったら、やはり気になるのは土門華子の事だ。

小梢を納得させる理由がないと、それは叶わないと分かっている。



そして、もう一つ。

恋音の事も気になっていた。彼女は高校へは進学しないと言っていた。

家庭の事情もあるのだろうが、高校は今や義務教育に等しい。


いくら経済的な事情があったとしても、行かないという選択はないと思った。

だが、僕が特定の生徒に肩入れするわけにもいかない。

それに、重大な事にも気づいてしまったのだから、更にややこしい状況でもある。



恋音は、おそらく僕に恋をしている。



どうして僕なんかが対象なのだろう? そう思ったが、今は分からない。

ただ、彼女の気持ちに気付いた以上、対応を間違えると大変な事になる。


徐々に薄れていく意識の中で、僕は、もう一つ大事な事があったような気になる。


(あれ? 何か忘れているような……)











スマホの着信音に、僕は深い睡眠から引き戻された。

時計を見るとお昼近くになっている。


>昨日はありがとう!

>私は部活が終わったから、これから帰るの

>ついでに買い物しちゃう

>明日、着ていくお洋服を新調しなきゃ

>さすがにデートでジャージは不味いからね 笑


メッセージの主は、海咲だった。


「しまった! 久保田先生と約束していたのを忘れていた!」

思わず僕は独り言を発する。

今、僕は小梢とよりを戻したいと思っている。

海咲とデートの約束はしたものの、僕には迷いがあった。



「どうしよう?」


またしても僕は独り言を口走ってしまう。

海咲は、明日のために服を新調すると言っていた。僕が想像する以上に楽しみにしているのかも知れない。


彼女は明日デートした後、その後の事も考えているのだろうか?

いや、単に出かけたいと思っているのかも知れない。


とりあえず、既読無視は良くない。一刻も早く返事を返さねばと僕は焦った。

迷っているうちに、次のメッセージが届いた。


>もしかして、イヤになった?

>断るんだったら、今だよ 笑


海咲はこのメッセージをどんな気持ちで送ってきたのだろうか?

昨日、僕の手を握った海咲の手は汗で濡れていた。

僕を誘う間、僕の方を見なかった。


いや、見れなかったのだろう。


ここで断るのは気の毒な気がした。それに、一度約束したものを反故にするのは人として許されるものではない。


>イヤだなんて、そんな事ありませんよ

>ただ、何もプランがなくて


とりあえず、僕は約束を守る事にした。

ただ、一緒に出掛けるだけだ。それ以上の何かをするわけではない。それで海咲との約束は守れるし、彼女に不快な思いをさせる事は避けられる。


僕にとっては『最適解』のはずだった。


>ありがとう!

>返事がなかったから、心配したんだ

>プランはあるの、悪いけど

>11:00に鳥取まで来てくれる?

>知ってる人に見られると困るでしょ


>分かりました

>現地で待ち合わせですね


>うん、ゴメンね遠くまで来てもらって


>いいえ、大丈夫です

>それでは、明日


>うん、楽しみにしてるね



それにしても不便だと思った。

僕たちの顔は生徒、一部の保護者、同僚の先生と多くの人に知られている。

もし、二人でいる所を見られたら噂になってしまうだろう。

海咲は前の学校で不倫していたと言っていた。

わざわざ遠くの場所を指定してきたのは、そんな経験によるものなのだろう。


地方だと人が集まる場所は限られている。隣県に移動したからと言って、知り合いに会わないとは言い切れないものがある。


もし、小梢とよりを戻したとしても、東京にいた時のように自由に振る舞えないだろう。


僕は、海咲とのデートを控えているというのに、小梢の事ばかりを考えていた。


しかし、あれこれと考えている暇もない。

昨日、帰宅してから済ませようと思っていたことを直ぐにやらないといけない。

仕事が残っているのだ。


僕は朝食兼昼ご飯を、昨夜買ったサンドイッチで済ませると、直ぐに作業にかかった。

昨日の授業の振り返りと、次の授業の予習。それに自分自身の勉強とやる事はたくさんある。


作業に取り掛かって、ようやく捗りだした頃にまたしてもメッセージが届く。


>起きた?


小梢からだった。


>うん、さっきね。

>今、仕事をしていたところ


>それなんだけど

>良かったら、協力してやらない?

>と言っても、わたしが助けてもらうばかりになると思う


思いがけず小梢からの誘いに、僕のテンションは一気に上がる。


>そんな事ないよ

>僕だって、小梢から学びたい


>ありがとう

>急だけど、明日はどう?



(うっ! これは、何かの嫌がらせか? 神様は僕に意地悪してるのか?)



どうしたものか。

明日は海咲と出かける約束をしている。たった今、再確認を行ったばかりだ。

今更、断る事なんてできなかった。


迷っていると、すかさず追い打ちをかけられる。


>やっぱり、急だからムリかな?


>いや、明日はちょっと用事があって、明後日じゃダメかな?


>分かった

>じゃあ、明後日ね

>あ、お母さんがお昼を食べて行ってって言ってるの

>大したおもてなしは出来ないけど


>ありがとう、気を使ってもらって


>ううん

>じゃあ、明後日のお昼頃に家に来て


>了解!



メッセージを送り終わって、僕は少し不安になった。

正直に海咲とデートする事を小梢に説明した方が良かっただろうか?

いや、もし聞かれたら正直に説明しよう。きっと小梢は分かってくれると思う。



僕の見立てが甘かったと気付くのは、後になってであった。





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