第11話 恋する瞳
小梢の家を出て暫くすると、スマホがメッセージの着信を知らせた。
>バカ! お母さんがいるのに!
小梢からだった。
4年ぶりにメッセージが届いたかと思うと、いきなり『バカ』だった。
僕も久しぶりにメッセージを返す。
>ごめん……、つい
>その『ごめん』は、キスしたこと? それとも、あの場でしたこと?
>後者かな。お母さんに気づかれたかな?
>大丈夫だと思う
>その、小梢に話したいことがいっぱいあるんだ
>それは、今度ゆっくり聞くわ
>それに、わたしも話したいことがある
>今日はありがとう。おやすみなさい
>おやすみなさい
相変わらず素気ないやり取りではあったが、再び小梢と繋がりが出来た事がうれしかった。
アレコレ悩むより、行動を起こした方が良いのかもしれない。
連休明けに学校へ行くのが楽しみになるとともに、三日も小梢に会えない事が辛く感じられた。
(コンビニで何か買っていくか……)
冷蔵庫が空だった事を思い出した僕は、寄り道をしてコンビニで買い物をすることにした。
都会と違って、コンビニも駅の近くや幹線道路沿いにしかない。僕は駅を経由して遠回りして帰ることにした。
既に終電も出てしまったのか、駅は静まり返り、人通りもまばらだった。
とりあえず、明日の朝食と飲み物があれば良い、そう思って入ったコンビニに見知っている人物がいる。
「有村さん?」
「圭先生?」
「何やっているんだ、こんな夜更けに。
一人なの?
それに、その髪型、まるでキャバクラのお姉さんみたいじゃないか」
「先生こそ、何してるの?
あれ? 顔が赤い。 もしかしてお酒飲んでる?」
「あ、ああ。ちょっと飲み会があって」
「そうなんだ。
もしかして女の人と飲んでた?」
「な、君に関係ないだろ、僕が誰と一緒だったかなんて」
「それが、あるんだな~」
「どういう関係だ?」
僕の問いかけに、恋音はヤレヤレと言った表情でため息をついた。
「あのね、ワタシ、ずっと圭先生にサインを送っているんだけど、気づかない?」
「なんのサインだ?」
「圭先生って、ホント女の子の気持ちが分かってない」
それは、今までにも散々言われてきたことだ。しかしJCに言われて僕は少しムッとする。
「お、女の子の気持ちと言っても、星の数ほどある……だろ」
「そうじゃなくて、女の子が知ってほしいキモチは一つだよ。
気づいてほしいのはね」
「何に気づくんだ?」
僕の言葉に恋音は、これ以上ないくらいに目を見開き、口をあんぐりと開けた。
「も、もういいや、今のでドッと疲れが出た 笑」
そうは言ったが、恋音と話していると僕の方が疲れる。彼女は何時も謎々を仕掛けてくるのだから。
「そんな事より、買い物なのか?
お家の人には言って出てきたの?」
「たまに、息抜きに漫画を立ち読みしに来るの。
もう帰るから放っておいて」
僕は時計を確認した。『放っておけ』と言われて素直に応じられる時間ではない。
「そうは行かないよ。
帰るんなら、送っていくよ。子供が出歩くような時間じゃないだろ。
警察に見つかったら補導されるぞ」
「た、逮捕されるのはマズイ……」
(いや、逮捕じゃなく、補導なんだけど……)
「じゃあ、分かった。送ってもらう。
でも……、嫌だな……」
「ん? 何がだ?」
「家を見られるの……」
「あはは。別に、家に入ろうってんじゃないさ」
「そうじゃなくて……。
まあ、良いか。圭先生なら心配なさそう」
恋音が何を心配しているのか、僕には分からなかったが、深夜にJCを一人で返す訳にはいかない。僕は、またしても寄り道をして帰る事になった。
コンビニを出ると、すっかり街の灯りは少なくなり、夜空の星が一層目立つようになっていた。
「こっちよ」
恋音が示す方へ、二人で歩き出す。
「今日は、星が一段と綺麗だな」
「なに、それ 笑
いつもこんなものよ。圭先生、夜って出歩かないでしょ?」
「まあ、そうだな。
就職してから、夜は出歩かなくなった……
って、君はいつも出歩いているのか?」
「あ~、お説教はノーサンキューです。でも……」
「ん?」
「一人で見るより、誰かと一緒に見る星空は、いつもより綺麗に見える気がする」
そう言うと、夜空を見上げていた恋音は、不意に僕の方を向き直った。
その瞳が、何処かで見覚えのある瞳だったので、僕は少し動揺した。
この瞳は、おそらく恋をしている女の子の瞳だ。
(え? まさか? いや、まさかな……)
「そ、そういや~、どうして有村さんは遅刻したりサボったりするんだ?
君は学校の成績も良いし、それがなければ内申も良くなると思うんだけど」
僕は、動揺を隠すために話題を変える。
「知ってどうするの? そんな事。
もしかして、ワタシに興味があるとか?」
(くっ。裏目ってしまった!)
「いや、教師としてだな、せっかく成績が良いのに勿体ないなと思ってだな」
「ワタシね、両親が居ないんだ」
「え?」
「で、今はお祖父ちゃんとお祖母ちゃんと住んでるの。
でね、お祖父ちゃんが少し介護が必要で……、お祖母ちゃんだけだと大変だから、ワタシがたまに面倒を見てるの」
「そ、それは……、だったら、学校に事情を説明すれば良いのに。
無暗に自分の評価を落とす必要ないよ。
そうだ、僕が担任の井川先生に説明するよ」
「ヤメテ!」
そう叫んだかと思うと、恋音は口を真一文字に結んで僕を睨みつけた。
そうだ、さっきの瞳といい、有無を言わせぬ頑なさ。
恋音は、どことなく小梢に似ているのだと、僕は気づいた。
「そんな事したからって、どうなるの?
ワタシ、高校へは行かないし!
あ、ここなの家。
ありがとう、圭先生。
怒鳴ってゴメンね。おやすみなさい」
そう言うと、恋音は走り出した。
彼女の向かった先には古い団地が数棟、佇んでいた。
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