第10話 四年ぶりのキス

「酷い母親でしょ?」


「い……いえ……」


「小梢が自殺を図った事は……、知ってるのよね?」



「はい……」



「あの子は、ずいぶん前から死にたいと考えていたみたいだったけど、その引き金を引いたのは私なの」


小梢は、自殺サイトで知り合った男性と一緒に死のうとしたが死にきれずに一命をとりとめていた。


「あの子が病院に運ばれたとき、私は自分がどんなに愚かだったか、後悔したわ。

あの子は死ぬほど苦しんでいたのに、それを理解できないばかりか、さらに追い込むようなことをして……。


幸い軽傷だったので直ぐに退院できる状態だったのだけど、あの子が私と会いたがらないというので、暫く落ち着くまで入院させたの。

その時よ、たしか山根先生と言ったかしら、当時の担任の。

その先生から、土門さんの遺書と日記を渡されて、それから、あの子は変わったの」


僕は小梢と別れた日に、遺書を読み、日記を受け取っている。

土門華子の遺書には、小梢に自分の代わりに僕を探してほしいという内容が書いてあり、日記には僕への想いが綴られていた。


「退院すると、人が変わったように猛勉強を初めて、『転校しても良いのよ』って言っても『わたしは、逃げたりしない』って。

もともと頑固な性格ではあったけど、さらに磨きがかかったって感じね 笑」



「もとから頑固だったんですね」


「うーーん、そうだけど、筋金入りの頑固者になったのは、あの時からかしら 笑

だから、不思議なのよね」


「なにがです?」



「たしかに、もりおか君に会うという目的は果たしたのだろうけど、どうして地元に帰ってきたのか?」


「そ、それは……」


「もしかして、もりおか君と関係あるんじゃない?」


(う、鋭い!)


「東京で何かあったとしても、逃げ出すような子じゃないし、せっかく一流大学に入ったのに、それをアッサリ捨てるんだもの、不自然なのよね。


ね、関係ないにしても、何か知ってるんじゃない?」


どうしたものか。小梢の母に、嘘の関係とは言え小梢と僕が付き合っていた事を言うべきだろうか?

そして、おそらく小梢が東京から去ったのは、僕を好きになったことが原因だということを。


「その様子じゃ、五分五分ってところかしら、『知ってる、知らない』が。

まあ、良いわ。今さら過去の事だし、それより……、

ね、小梢の事、どう?」


「は?」


「頑固者だし、可愛げないし、家事はできないけど容姿だけは人並み以上だと思うし、頭も悪くないじゃない?」


「はぁ……、あと少し『S』が入ってるかもしれません」


「あはははは! そうね 笑

なんだ、もりおか君って冗談も言えるんだ 笑」


(半分、本気なんですけど……)


「で、どうかな?

あの子も、恋人ができたら少しは女の子らしくなるんじゃないかって思っているの。

それなのに、全然、男っ気がないんですもの。


ね、もりおか君、付き合っている子とかいる?

いないんだったら、小梢とどう?」


それができないから、僕と小梢の関係はややこしくなっているのだが……。

僕は返答に困ってしまう。

僕だって、小梢の事は忘れられない存在だし、今だって好きだ。


ただ、すんなりと付き合えない事情があるのだ。



「いい加減にして! お母さん。

ちょっと目を離したら、油断も隙も無い」


いつの間にか目を覚ましたのか、小梢はソファーから起き上がり、テーブルの方へ戻り、椅子に座った。


「あら、起きたの?」


「話声がうるさくて、寝れやしない。

森岡先生、もう帰って。

お母さんの与太話にこれ以上付き合う必要ないわ」


「そ、そうだね。

長居しちゃったし、今日はこれで失礼します。

コーヒー、ごちそうさまでした」


「ええーー、もう帰っちゃうの?

私もっと、もりおか君と話したかったのにーー」


母親の言葉に一瞥すると、小梢はそれ以上は構わずに玄関の方へと向かった。

僕も慌てて追いかける。


「それじゃあ、失礼します。おやすみなさい」


「おやすみなさい。もりおか君。

また遊びに来てね」



リビングのドアを開け、玄関へと通じる廊下へ出ると、小梢は申し訳なさそうに言った。


「ごめんなさいね。お母さんが余計な事を言って」


「そんな事ないよ。色々聞かされて、小梢に聞いただけでは分からなかった事も知る事ができたし。

想像以上に大変だったんだね。

お母さんも後悔してたよ」


「う……ん」


「小梢?」


「わたし、皆が思っている程、強くないの。

今でも流されそうな自分を、必死で繋ぎとめている」


時折見せる、小梢の弱い部分。

僕は、この小梢を見ると、言いようも無い感情が沸き上がってくる。


そして今、その感情は抑えきれない程、膨れ上がっていた。



「小梢」


「あっ」



僕は、その場で小梢を抱きしめてしまった。



懐かしい感触。柔らかくて、儚くて、脆くて、この人を守りたい。

初めて僕の中に生まれた感情は、今もまだハッキリと僕の中に残っていた。


「やだ……、お母さんに気づかれちゃう」


そう言いながら、小梢も僕の背中に手を回す。

4年ぶりの抱擁だった。


そして、僕は感じ取っていた。


小梢が求めていることを。



そっと唇を合わせ、これも4年ぶりとなるキスを交わした。



すぐ隣の部屋に、小梢の母がいるのに……。



「?」


唇を話すと、小梢が怪訝な表情を見せた。


「どうしたの?」


「なんだか、抱き方が上手。

それに……、キスも」



「そ、そうかな?」



「小梢ーー、どうしたの?

まだそこにいるの?」



「お母さんは来ないで!」




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