第6話 ナマ二つ大きい方

待ち合わせの場所に、すでに小梢は待っていた。

僕と小梢は、一旦自宅に帰って荷物を置いてから駅へ向かう事にし、ここで落ち合う事にしていた。


帰宅途中のサラリーマンが小梢の方をチラチラ見ながら通り過ぎていく。

小梢はブラウスにカーディガン、下はジーンズに履き替えてラフな格好だったが、それでも人目を引きつけるには十分なオーラを漂わせていた。


テレビに出てくるアイドルや女子アナウンサーにも負けない程の美人なのだから仕方ない。



僕もジーンズにロングのシャツ、ジャケットを羽織ってラフな格好になっていた。


「早いですね雪村先生。久保田先生は……、まだです……ね」


「まだ少し早いから、待ってましょう。

そうだ、これ」

そう言うと小梢は小さな瓶を僕に渡した。瓶のラベルには”ウコン”と書いてある。


「これは、なんです? って、ウコンだとは分かるんですけど」


「森岡先生って、お酒に弱いでしょ。だから悪酔いしないようにと思って」


「あ、なるほど。

ありがとうございます。お金は?」


「良いわよ。私が勝手にやってるんだから。

それから、仕事は終わったんだから、そんなに畏まらなくて良いわよ」


今更気づいたのだが、小梢の話し方が学生時代に戻っていた。少しだけ以前の小梢に触れられて僕は嬉しくなる。


「そ、そうだね。小梢もラフな格好だし、放課後までお堅い言葉遣いじゃ疲れてしまうしね」


「その呼び方で、呼ばないで……。

私が、そう呼んでって言っておきながら勝手なお願いなんだけど、久保田先生が聞いたら、どうなるか」


「あ、悪い! つい……」


そこまで言って、二人でまた顔を赤くして俯いてしまう。


せっかく二人きりになれたというのに、何を話してよいのか分からずに微妙な沈黙が僕たちを襲った。


時間が長く感じる……。



「あ、あの」

「あの!」


考えている事は同じか、二人同時に声をかけてしまう。


「こ、いや雪村先生からどうぞ」

「森岡先生から」


そして、またもや同時に「どうぞ」を言い合ってしまった。



「ごめ~~ん。遅れちゃった? 待った?」


その時、海咲が走ってきた。学校に居た時と同じジャージ姿で、しかも何故か体育の授業用の笛までぶら下げている。

「い、いえ。時間どおりです……が、その恰好で飲みに行くんですか?」


「そうよ、何か変? あら、二人とも着替えて来たのね。

私は電車通勤だから着替える訳にもいかなくて。

まあ、畏まる場でもないし、良いでしょ?」


(ジャージで電車通勤なのか?)


「はあ、僕はいっこうに構いませんが……。

で、お店はどうしましょう?」



「私の行きつけのお店があるのよ!

安くて美味しいんだ。で、予約もしてあるから」


手際の良さに僕は内心舌を巻いた。そういえば、海咲は歓迎会の時に体育会系のノリでしこたまお酒を飲んでいた事を思い出す。



余程お酒が好きなのだろう。



海咲に連れられて、向かったのは駅から少し離れた繁華街の外れにある小さな居酒屋だった。

中は、カウンターとテーブルが三席あるだけで、既にお店は満席に近い状態だ。


「おう! みっちゃん。いらっしゃい。

ゴメンね、カウンターしか空いてなくて」


「ううん、良いの。急なお願いだったし。いつもカウンターに座ってるから、その方が落ち着くわ。

あ、こちらは私の同僚で森岡先生と雪村先生」


「へ~、こちらが美人で有名な先生か、学校の保護者の方もうちには来店されるんですけどね、噂でもちきりですよ。凄い美人だって。

こんなむさ苦しい店に来ていただいて、嬉しいな~。

いや~、本当に噂通りの美人だ」


お店の亭主は上機嫌だった。どうやら美人は大歓迎のようだ。


「ささ、二人とも座って。……と、座り方は学校と同じで良いわね」


海咲に促され、僕を挟んで左に小梢、右に海咲が座る。


「雪村先生は、生ビールで良いでしょ?

森岡先生は? サワーにしておく?」


「僕も最初はビールで、中でお願いします」


「じゃあ、マスター!

大ナマ二つに、中ナマ一つね!」


(お、大きいほうかよ……)

予想通り、最初から全力で飲むつもりだ。


二人とも……。



「はい! おまち!」


注文するやいなや、直ぐにカウンター越しにジョッキが運ばれ、海咲が乾杯の音頭を取った。


「それじゃ~~、未来の日本を背負って立つ子供たちに~~

乾杯!!」


意味不明な乾杯の音頭であったが、とりあえず僕たちはグラスを鳴らす。


「か~~、仕事帰りの一杯は五臓六腑に染み渡るわ~~」


最初の一口でジョッキの1/3を飲み干した海咲が口に泡の髭を作って呻った。

左を見ると、小梢も同じ量を飲んでいる。


「久保田先生は、このお店にはよくいらしてるんですか?」

僕を挟んで小梢が海咲に声をかけた。


「うん、いつも一人でね。

いつも寂しかったから今日は嬉しいの。ジャンジャン飲んで!

今日は私の奢りだから」


「そんな、悪いですよ、僕たちも払います。割り勘で良いですよ」


「そうです。わたし達だって社会人なんですから」


「良いの、良いの

二人は初任給貰ったばかりでしょ。私は知ってるのよ、最初のお給料って少ないでしょ。教師ってブラックだからね~~ 笑」


「じゃあ、今回はお言葉に甘えさせてもらいます。

でも、わたしは遠慮しませんよ」


「お~~、嬉しいね~~」



これは……、二人のペースに巻き込まれないようにしないと。





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