第5話 揺れる感情

「ふ~~、終わった……」


6時間目の授業が終わると、クラスを担任している教師が終わりの会を済ませた後の16時から、職員の夕会は始まる。


そこで教師間の意見交換や注意事項の周知、翌日の引継ぎ事項の確認等が行われる。

他所の学校では、朝会を行っているところもあるが、僕の赴任している学校では夕方行われるのだ。


普段は30分程度で終わるのだが、明日からGWが始まり、前半の三連休が控えていることもあり、いつもより長い時間を要することとなった。


ようやく会議が終わったのは17時だった。


「は~~、疲れましたね。

会議が長引くと、本当に疲れます。私はこれから部活があるというのに……

ホント、教師ってブラックだわ~~」


海咲は夕会が終わると机に伏して嘆いた。

僕もこれから今日の授業の反省を帰宅してからやらなければならない。その前に戻ってきたプリントの確認、小テストの採点と学校でしかできない仕事を済ませる必要がある。


帰れるのは18時過ぎ、下手をすると19時を過ぎることもある。


「ねえ、森岡先生。

明日からお休みでしょ。今日、どうです?

飲みに行きませんか?」


「え、久保田先生と二人でですか?」


「違うわよ~~

雪村先生と三人で、若手独身教師同士で、たまには行きましょうよ

それとも、二人っきりの方が良いですか? 笑」


「あ、いや。

でも、久保田先生は部活があるのでは?」


海咲は女子体操部の顧問をしている。部活の顧問をしていると毎日遅くまで練習に付き合うことになり、その分、余計に帰りが遅くなるのだ。


「部活は、今日は早めに切り上げるんですよ。

明日から三連休でしょ、だから今日は早めに切り上げて明日は少し多めに練習するんです。

あ、その後は二連休ですけど」


少しくらいなら付き合うのも悪くない。しかし、小梢はどうなのだろうか?


「どうです~~

雪村先生、そういえば、雪村先生ってお酒が好きでしたよね。

行きましょうよ~~、たまには」


「え?

すみません、ちょっと集中してて、聞いてなかったです。

何です?」


どうやら、小梢は授業ノートの整理に集中していたみたいで、僕たちの会話を聞いていなかったようだ。


「うふふ、本当に雪村先生って真面目なんですね。

それに、何かに没頭すると周りが見えなくなるんだもの 笑」


「す、すみません……」


「森岡先生と私と三人で飲みに行きましょうって誘ってるんです。

ね、行きましょう~~」


小梢はチラリと僕の方を見ると、少し考えているようだった。やはり、仕事以外で僕と関わるのを避けているのだろうか?


「そ、そうですね。たまには良いかも……

でも、他の先生方を誘わなくても良いんですか?」


「ダメダメ、私たち以外は皆さん家族持ちだし、明日からの三連休で家族連れで遊びに行きますって。飲みに行ってる場合じゃないですよ。

もっとも、雪村先生がダメなら、私は森岡先生と二人っきりになれるから有難いんですけどね~~ 笑」


そう言うと、海咲は僕の方を見て目配せした。彼女はどこか子供じみたところがある。



「やっぱり、急だし、日を改めてにしませんか、久保田先生」

海咲の意図は分からないが、やはり急に誘われて小梢は困っているのだろう。ならば、僕は小梢の味方をするしかない。


「え~~、せっかく今日は飲みたい気分だったのに。

じゃあ、良いわ。独りで飲みに行くから!」


まるで駄々子のように口をとがらせる海咲に、僕と小梢は目を合わせてヤレヤレといった表情をする。


「分かりました。あまり遅くならなければ、お付き合いします。

森岡先生は、大丈夫ですか?」


「え、ええ。僕は大丈夫です」


「ありがとう~~

でも、遅くならなければって、もしかして次の日デートだ……とか?」



「ち、違います! 仕事です」


「うふふ、ホント、仕事熱心ね、雪村先生って 笑

じゃあ、19時に駅前に集合ってことで良いですか?」


「久保田先生、僕たちは構わないですけど、部活があるのに間に合うんですか?」


「大丈夫、大丈夫! 部活終わったら走って行くから!

じゃあ、私は部活があるから、後でよろしくお願いします」


言うだけ言うと、海咲はスキップしながら職員室を出ていった。

本当に慌ただしい人だと思いながら、僕は海咲の後姿を見送った。



「また見てる……」


「へ?」


「森岡先生、今朝も久保田先生の後姿をじっと見てたじゃないですか。

もしかして、わたしはお邪魔でしたか?」


「は? な、何を言ってるんです?」



「案外、まんざらでもないのかなと思って……

久保田先生の事……」


「え? もしかして朝の事を気にしてますか?

冗談ですよ、久保田先生もそのつもりですよ」


僕が呆れた顔で釈明すると、小梢は驚いたような表情で目を見開いていた。


「わ、分かってます!

ただ、あまりにお二人がしつこいから、つい」



「僕は……」


まだ君が好きなのだとは口が裂けても言えない。そうすることで小梢を苦しめてしまうのは目に見えているからだ。

小梢に少しでも僕に対する気持ちが残っていたとしても、僕と付き合う事はないだろう。



それは、彼女自身が自らに科した罰なのだから。




「ご、ごめんなさい。

わたしに、お二人の事に干渉する資格なんてないのに」



もどかしい。せめて、小梢の気持ちが聞きたい。


だからと言って、僕はどうしたいのだろう?



僕は、激しく揺れ動く自分自身の感情を持て余していた。





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