第4話 問題児
(こ、小梢の匂いだ……)
僕たちが付き合っていたのは一ケ月ほどだったが、僕にとっては初めての彼女だった。そして初体験の相手でもある。
彼女から別れを告げられた後、他の女の子とも付き合ったが、やはり僕にとっては忘れられない女性だ。
小梢にへの想いが膨らんでいくのを鎮めるように、僕はノートに集中した。
「いいですか?
このように見開きで、左側に授業で伝えたいことをまとめるんです。
僕の場合、英語が担当ですから単語の意味とか例文を書きます。
指導書から特に重要な部分を書き写したり、ちょっとしたエピソードをメモしたり、だいたい授業一コマ分を1ページにまとめるんです。
「1ページで足りますか?」
「1ページにまとまるように書くんです。
本当に必要な部分を主にして、そして各クラスに同じ内容を教えます。
で、右側は空白にして、ここに付箋で各クラス毎の理解度とか気にすべき点、その日の授業であったことをメモして貼り付けます。
あ、付箋の色はクラス毎に分けると整理しやすいです」
僕が長々と説明していると、小梢はメモを取り始めた。
それを見て、僕はまたも唖然とする。
どうやら、小梢は要領が悪いのかもしれない……。
「わたしは、森岡先生みたいに頭が良くないから。
時間をかけるしかないんです。
大学受験でも馬鹿みたいにガリ勉して、やっと合格できたんですから……」
僕の反応を読み取ったのか、小梢は憮然とした表情でポツリと漏らした。
小梢が猛勉強して僕と同じ大学に合格したのは知っている。
彼女がそうせざるを得なかった経緯もだ。
どこまでも頑固で愚直なほど目標にまい進する。そして強い意志を持っている。
小梢は、ただ美人なだけではない。
またしても頭をもたげてくる強い想いを、僕は必死に打ち消し、今はただの同僚として、彼女の役に立つのだと自分に言い聞かせた。
「あ、ありがとうございます。
教えていただいたことは活かしたいと思います。
わたしは、授業があるので失礼します」
小梢は立ち上がってチョコンと頭を下げると急いで職員室を出て行った。
やはり、僕と長い時間は話したくないようであった。
「いっけねー!」
ぼんやりと考え事をしていたが、僕は自分も授業を控えていることを思い出し、慌てて用意をして教室へと向かった。
小梢に偉そうに指導したが、僕自身まだ新米教師なのだ。
「少し急ぐか……」
僕が赴任した母校でもある中学校は、4階建てで1階に職員室や校長室といった職員用の部屋や理科室調理室と言った設備室があり、2階が1年生、3階が2年生、4階が3年生と学年ごとに階が分けてある。
もちろんエレベーターなんてないから階段を一日に何度も上り下りすることになる。
長時間労働に、階段の上り下り、通勤は徒歩と体力も使うのが教師の仕事だ。
もともと運動が苦手で、大学時代はまともに運動したことがなかったため、少し階段を急いだだけで、僕は息切れしてしまった。
「少し息を整えてから行こう」
既に授業が始まっているクラスもあり、廊下はシーンとしていた。
「何やってるの? 圭先生」
「うわ!」
深呼吸をしていると突如、後ろから声をかけられて、僕はビクンと反応してしまう。まったく気配を感じなかったのに声をかけられたからだ。
「有村さん」
振り返ると、そこには2年生の
恋音は問題児として要注意生徒のリストにリストアップされている。
これから1限目が始まろうとしているのに、堂々と遅刻してきたようだ。
それに、セーラー服のスカートはパンツが見えるのではないかと思われるほど短く、髪は一応お下げにしているが、毛先を巻き毛にしているようだった。
しかも変な化粧をしているのが分かる。
家庭教師時代の教え子だった陽菜に負けないくらいの美少女だが、それを下手くそな化粧で台無しにしている。しかし、それがおしゃれだと、このくらいの年齢の子は信じているのだろう。
「有村さん、ダメじゃないか遅刻して。
担任の井川先生には連絡してるの? まあ、それは井川先生に任せるとして、これから授業だから、一緒に来なさい」
「あはは、圭先生って全然、先生らしくないから怒られてる気がしないね」
(くっ、気にしてることをズバリと言う)
確かに僕はまだ教師としては頼りないところがあるのは自覚している。
「ほっといてくれ。
それより、どうして君は遅刻したりサボったりするんだ?
学校が楽しくないのか?」
「学校の何が楽しいの?
圭先生は、中学生の時に学校が楽しかった?」
「うっ⁉」
あらためて聞かれると答えに詰まってしまう。確かに僕にとって高校までは、学校が楽しいとは思えなかった。
「その様子じゃ、暗い青春時代を送ったんだね、圭先生 笑
もしかして、圭先生って女の人と付き合ったことないんじゃない?
恋人いない歴=年齢でしょ」
「そ、それと学校と関係ないだろ。
僕のプライベートなことだし、君にとやかく言われる筋合いはない」
「それが、あるんだな~」
「どんな関係なんだ?」
「ワタシね、普段は学校さぼってばかりだし、朝は弱いの。
でも、1時間目から来たのはなんでだと思う?」
「う~ん、なんでだ?」
「おしえな~い 笑」
「なっ!」
「ほら、チャイム鳴ったよ、急ごう!」
なんだろう、この感じ。どうも僕は恋音に翻弄されている気がする。
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