第3話 懐かしい匂い
「森岡先生! ちょっと、どういうつもりです?」
「へ?」
職員室に入り、席に着くなり教頭の
「あの……、なにか?」
「何かじゃないですよ、森岡先生。
今朝女子生徒と手をつないで登校してたらしいじゃないですか!」
まったく、どこで誰が見ているか分かったものじゃない。早くも告げ口した者がいるのだ。
「あ、あれは違うんです。」
「なにが違うんです。ということは、やはり身に覚えがあるんですね?」
なんとも苦しい状況ではある、事情はあるにせよ女子生徒と手を繋いだことは事実なのだ。
「教頭先生、誤解です」
「雪村先生?」
「わたしは、その現場に居ましたが相手の女子生徒は庄司緑彩、森岡先生の従妹です。それに手を繋いだというより庄司さんが森岡先生の手を掴んでいたという表現の方が正しいかと思います」
(現場⁉ 僕は犯人かよ?)
小梢のフォローはありがたいが、少し棘のある言い回しが気になった。
「森岡先生、ほんとうですか?」
「はい、すみません。緑彩は小さいころから僕に懐いていて、なかなか今までの習慣が抜けないんです」
「分かりました。今回は不問としましょう。でも、いくら親戚だからと言って節度は保ってくだい」
「はい、重々気を付けます」
僕は教頭へ頭を下げたが、まだ教頭は納得していないみたいだった。
とりあえず、一難去ったという安ど感から、僕は椅子へ座ると背もたれに体重を預けた。
「あ、雪村先生。ありがとうございました。
おかげで助かりました」
「森岡先生は不用心なんです。もっと自覚してもらわないと困ります。
今朝だって久保田先生と浮ついた会話をするし……」
まだ今朝の海咲とのやり取りを怒っているのだと、改めて気づかされる。
どうも小梢は根に持つタイプのようだ。
「なに~、また二人とも喧嘩してるんですか?」
職員室の席は、僕を挟んで小梢と海咲が両隣に座っている。
事の成り行きを見ていた海咲が早速冷やかしを入れてきた。
「せっかく新任の教師が二人もいるんだから、もっと仲良くしなきゃ。
私なんか同期はおろか、この学校に赴任するまで自分より年下の先生なんていなかったんですから」
学校の先生は定期的に異動が発生する。
海咲は、他所の学校からこの学校へ赴任してきた。
「僕は幸運だと思ってます。
同期の雪村先生や歳の近い久保田先生が一緒だと心強いです」
「ありがとう~、森岡先生。
私みたいなアラサーに歳が近いだなんて言ってくれて。
仲良くしましょうね」
そういうと海咲は僕の手を握って大げさに上下に振った。
アラサーとは言ったが、海咲はどこか子供っぽいところがある。
そんな僕たちを他所に、小梢は授業前のチェックを始めていた。
教科書を確認しながら、自分のノートになにやらメモをしている。
小梢は一年生の国語を担当している。ちなみに僕は二年生の英語だ。
「森岡先生、良いんですか?
久保田先生とイチャイチャしてて。授業のチェックは?」
小梢の声は少し冷ややかな感じだった。確かに、僕も余裕があるわけじゃない。授業の前にチェックすべきことはたくさんあるのだ。
まだクラス担任を任されていない分、入念に準備しなくてはいけない。
「そ、そうですね……もう時間がない、急がなきゃ」
「いっけない! 私も、準備しなきゃ~ 今日は1限目、体育館だった!」
そういうと海咲は早歩きで職員室を出て行った。
(慌ただしい人だな…… 笑)
姿や顔立ちは愛梨に似ているけど、性格は全く違う。いつも騒々しいところが海咲にはある。僕は海咲の後ろ姿を追って心の中で笑った。
「さて……と」
教師だって授業前には予習をする。生徒に教える前に自分が教科書の中身を理解していないと重要な部分が伝わらなかったりする。
もちろん教師用の指導書もあるが、それだけでは授業は組み立てられない。だから、僕たち教師もノートを用意し、その日の授業で話すポイントであったり、授業で気づいた事等をメモしているのだ。
ところが……、
ふと隣を見ると、小梢は何冊もノートを広げて確認をしている。
以前から気になっていたのだが、僕を避けている感じだったので敢えて口出ししなかった。
でも、今日は少し話せたので意を決して話しかけてみた。
「あの……、雪村先生。
もしかして、そのノートって授業用のですか?」
「そうですけど何か?」
少し目が吊り上がっている。『今、忙しいんだから話しかけないでよ!』と言っているようだった。
「気になっていたんですが、もしかして担当しているクラス毎に作ってます?」
「え、ええ……、それが何か?
だって、クラス毎に進捗が違うし、生徒の理解度も違うでしょ。
だから、クラス毎に分けて細かく指導内容を変えてるんです」
僕は、唖然とした。
授業用のノートを一つ作成するのにも大変な労力だというのに、それを担当クラス毎に作成して指導内容にまで変化をつけているというのか。
そんな事をしていたら、時間がいくらあっても足りない。
「そんなことしてたら、時間がいくらあっても足りませんよ。
ノートは一つで良いんです。
あ、もちろん、僕のやり方が正しいかというと、そう言い切れないです。
でも、ただでさえ教師の仕事は多いんですから、効率よくやらないと身体が持ちませんよ」
「ど、どうすれば良いんです?」
「ちょっと僕のノートを見てください」
小梢が身体を寄せて僕のノートをのぞき込む。
懐かしい匂いが僕の鼻をついた。
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