第2話 終わった関係

「雪村先生……、どうしたの?」


「え? なにが?」


小梢を取り囲んでいた女子生徒の一人が声をかけると、我に返ったかのように、小梢は目を瞬かせた。


「だって、今、森岡先生の事を見つめてたじゃないですか」



「そ、そんなことないわ。鈴木さんの気のせいでしょ」


「そうかな~、でも、いま一瞬二人の視線が合ってた気がしたんだけどな~」

鈴木と言われた女子生徒は、納得いかないと言った表情だった。

彼女に言われるまでもなく、僕と小梢は一瞬心が通っていた気がした。


「あ~~、もしかして、二人って好き同士だったりして~~」


別の女子生徒も突っ込みを入れるが、それを全否定する者がいた。緑彩だ。


「あはは! ない、ない 笑

圭ちゃん……じゃない、森岡先生って今まで彼女ができた事ないし、女子にモテた事もないんだから」


「え~~、そうなの?」

「そーー、彼女いない歴=年齢!」。

「じゃあ、もしかして童貞?」


緑彩と女子生徒のやり取りに、他の女子生徒達も一斉に笑い声をあげた。


しかし、小梢だけは違った反応を示した。



「どうしたの? 雪村先生。顔を真っ赤にして」

女子生徒の一人の突っ込みに、僕までも赤面してしまう。なんといっても僕の初体験の相手は小梢なのだから。


「こら、いい加減にしないか。

雪村先生も困ってるだろ、朝から変な事を言うもんじゃない」


慌ててフォローするが、奔放なJCが簡単に引き下がらないことは僕が一番よく知っている。


それは、家庭教師時代の教え子である磯村陽菜いそむらひなに散々振り回された経験によるものだ。陽菜も僕が教え始めたとき中学三年生だった。



「森岡先生、この際だから雪村先生に付き合ってもらったら?」


「そうだよ、せっかく身近に雪村先生みたいな美人が居るんだし、ダメ元って事もあるよ?」



「な! そんなの雪村先生に失礼だろ!

雪村先生にはちゃんと付き合っている人がいるかもしれないじゃないか」


「わ、わたし、いません!

そんな……、付き合っている人なんて、今は仕事が大切ですから」


(なんでここで、小梢まで動揺するんだよ?)


普段は落ち着いて凛としているのに、変なところで狼狽してしまう。そんなところが小梢にはあるように思えた。



「え~~と、先生たち、分かったよ。

二人ともその気がないって事が 笑」


またしてもJCに偉そうな態度をとられ、僕の教師としての威厳は木っ端みじんに砕かれてしまった。




「先生たち、いつまでもそんな所に立っていたら遅刻するよ~ 笑」

「ほらーー、圭ちゃん、置いてくよ! 世話が焼けるんだから!」


いつの間にか、生徒たちは少し前を歩いていた。

気が付くと僕は小梢と二人で歩いている。


ここで敢えて距離を取るのも不自然なため、そのまま二人で並んで歩くのだが、なんとも気まずい。


何を話せばよいのか分からず、二人とも黙ったまま歩を進めていた。

チラリと小梢を見ると、少しうつむいた顔はまだ微かに赤かった。


小梢は、僕の事をどう思っているのだろう?

今更ながら気になったのだが、聞けるわけもなかった。




「へ~、珍しいですね。

お二人そろって登校だなんて」


「久保田先生!」

「あ、おはようございます。久保田先生」


僕たち二人の間に割って入ったのは、久保田海咲くぼたみさき

体育の教師で年齢は今年28歳になる、僕たちより5歳年上だと聞いている。


ショートカットでサッパリした性格、通学もジャージで登校。僕は彼女がジャージ以外の姿だったのは始業式の時以外知らない。


少し狐目で細身。どことなくかつての恋人、小梢の後に付き合った川本愛莉かわもとあいりに似ている。



「そこで偶然一緒になっただけです。

一緒に登校していた訳じゃありません」


「またまたー。雪村先生って森岡先生の事が嫌いなんですか?

何か必要以上に避けてるみたいですけど 笑」


「そ、そんなことありません。わたしはただ、男の人が苦手なだけです」


「かーー! 私も言ってみたいわーー

『男の人なんて沢山よ』なんて 笑

私なんて彼氏が欲しくて欲しくて溜まらないのに、誰からも相手されないんですよ。

もう、何年も恋人がいなくって、何年だろ? 処女なのは 笑」


「く、久保田先生。

学校でそんな話するなんて、生徒に聞かれたらどうするんです!」


相変わらず小梢は堅物なのだと認識させられた。

海咲が冗談で言っているのは僕にだって分かるのに、その冗談を許せないでいる。


「だったら、僕が立候補しますよ。

僕もずっと童貞ですから 笑」


「森岡先生まで!」


少し悪ふざけが過ぎてしまったようで、今の発言に小梢は目を吊り上げて怒りの感情を露にする。


「す、すみません……、悪ふざけが過ぎました」


海咲をフォローするつもりでふざけたのだが、逆に火に油を注ぐ結果になり、僕は少し意気消沈した。東京暮らしで少しは場に合った冗談を言えるようになったかと思ったが、やはり僕は他人とのコミュニケーション能力は低いのだと気づかされる。


「まあ、まあ、雪村先生、怒らないで

でも……、今言ったことって、本気にして良いの?

森岡先生」



「久保田先生!」


「うふふ、冗談よ。

雪村先生 笑」


小梢は返事もせずに歩くスピードを上げた。完全に怒らせてしまったようだ。



少し取り残された僕と、海咲は目を合わせて肩をすくめた。



「ねえ、雪村先生って実は森岡先生に気があるんじゃないの?」

海咲が小梢に聞こえないように耳打ちした。


「いや~、そんな事ないでしょう」



そうだ。そんなはずはない。



僕たちは、とうの昔に終わった関係なのだから。





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