不倫研究サークル ~教師編~

むかいぬこ

第1話 知ってる瞳

「圭ちゃん~! おはよう~」


「こら! 『森岡先生と呼べ』と言ってるだろ」


「だって~、呼び辛いよ。それに、圭ちゃんって全然先生らしくないし 笑」



僕は森岡圭もりおかけい。四月から、かつて通っていた中学校で教鞭をとる事になった新米教師だ。

赴任した頃、通学途中にちらほら見えていたピンクの花びらも散ってしまい、今ではすっかり新緑に覆われている。

あっという間に季節はゴールデンウィークを迎えようとしていた。


先生である僕に向かって『圭ちゃん』と馴れ馴れしく呼ぶ女の子は、本庄緑彩ほんじょうつかさ、僕の母の妹の娘、つまりは従妹だ。


僕が東京の大学へ進学する前までは定期的に顔を合わせていたのだが、その頃から僕の事を『圭ちゃん』と呼んで懐いていてくれていた。

その名残で、今でも教師である僕に向かって『ちゃん付け』で呼んでいるという訳だ。


「それにしても、圭ちゃんってさ、

昔から影が薄いと思っていたけど、ホントついてないよね 笑」


「何がだよ?」


「だってさ、若い先生って人気なのに、

よりによって、雪村先生みたいな超絶人気者と一緒に赴任してくるんだもん。

昼間に出てくる月よりも存在が薄いよ」


緑彩の言う『雪村先生』とは、雪村小梢ゆきむらこずえ

彼女は僕と同じ中学の出身で、同じく新卒で赴任してきた女教師だ。

大学一年生の時に再会し、少しだけ恋人として付き合っていた。



僕の初体験の相手でもある。



彼女は僕と別れた後、二年生に進級するのを機に地元の大学に編入した。

その後会うこともなかったのだが、それが赴任先の学校で再会したのだ。もちろん、僕たちの関係を知る者はいない。


「うるさいな~。

僕は人気者になりたくって教師になったんじゃないんだ。

それに、今さら注目されようなんて思ってないよ」


「なんだか……、卑屈ぅ~

そんなんじゃ、何時まで経っても恋人なんてできないぞ。

いったい、何歳まで恋人いない歴を更新するのよ?

お母さんも心配してるよぉ」


そう言って緑彩は馬鹿にするけど、実は僕は大学時代、それなりの経験を積んでいる。

大学では『不倫研究会』というサークルに入っていた事もあり、人妻との合コンも何度も経験しているし、三年生からはサークルの幹事も任せられていた。


バイトは家庭教師をしていたが、そこで教え子の母親とも不倫関係に陥ったこともある。女性経験は、それなりにあるのだ。


「恋人と僕が不人気なのは関係ないだろ。

とにかく、僕は自分の仕事に集中するだけだ」


「あ~あ~、無理しちゃって。

まあ、でも。

いざとなったら、わたしがお嫁さんになってあげるよ。

あと三年我慢してね 笑」


緑彩は中学三年生だ。確かにあと三年もすれば成人だけど、僕にとって緑彩は妹みたいなものだ。とても彼女と付き合うなんて想像できない。


「緑彩に面倒見てもらうくらいなら、一生独身で良いよ 笑」


「なんかムカつく~。

(カノジョを作るために東京の大学に進学したくせに 笑)

もしかして、実は雪村先生を狙ってたりして?」



「ば、ばか! 雪村先生は同期なんだ。

めったな事を言うんじゃない。

それに、ちゃんと聞こえたぞ。恋人作るために東京に行ったんじゃないんだ、僕は」


「な、なによぅ~。そんなにムキになって、冗談なのに。

そもそも、圭ちゃんって雪村先生から避けられてるじゃない。

いくら圭ちゃんがその気でも、相手にされないわよ」


小梢は、せっかく再会したというのに、明らかに僕を避けているようだった。

しかし、それも仕方ない事だと分かっている。

小梢が僕に近づいたのも、僕から離れていったのも、別れた時に理由を聞いて知っている。


「あ、ほら。

噂をすれば、雪村先生だよ~」


緑彩が指さした先には多くの女子生徒に囲まれながら登校する小梢の姿があった。

大学時代の美少女から大人の女性として輝きを増した小梢は、誰もが唸る程の美女へと進化していた。


お洒落に敏感な女子中学生が身近な見本となる小梢を放っておく訳がない。

もちろん、少しませてきた男子中学生にとっても憧れの的である。

小梢は今や学校のアイドルと言っても過言ではなかった。



「雪村先生! おはようございます~」


「あ、こら!」


緑彩は突如駆け出したのは良いが、何故か僕の手をとって駆け出すのだから堪らない。僕は彼女に小梢の前へと引きずり出される格好となった。



「あはは、ゆ、雪村先生、おはようございます」


なんともバツが悪いのだが、とりあえず小梢へ挨拶する。

だが、友好的な僕とは打って変わって、小梢は冷ややかな視線を僕に向けた。


「おはようございます。森岡先生。

その……。言いにくいんですけど、教師が女子生徒と手を繋ぐって、どういうことなんです?」


「あ! こ、これは。

こら、緑彩、手をはなせよ」


「あはは、ごめん、ゴメン。つい 笑

あ、雪村先生、圭ちゃん……じゃなかった、森岡先生はわたしの従兄なんです、だからつい……。

森岡先生を怒らないでください」


小梢の予想外に厳しい態度に困惑したのか、緑彩は珍しくしょげた感じで弁明した。

なんだかんだ言って、緑彩はまだ子供なのだ。


「そう、でも本庄さん、学校では遠慮してね。

森岡先生が特定の女子生徒と仲良くしていると、嫉妬する子も出て来るでしょ」


「あはは! ありませんよぉ 笑

圭ちゃんのこと好をきになる女子なんて居るわけないです 笑」



「本庄さん、また。

従兄でも、学校では先生として接して頂戴。

それに、その人を好きな人がいないなんて……、決めつけられるものじゃないでしょ」


そう言うと、小梢は僕を見つめた。



この瞳を僕は知っている……。


そうだ、はじめて大学で会った時、小梢は瞳を潤ませていた。




あの時と、同じ瞳だ。





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