最終話 流れ星のイタズラ
今日は平日だと言うのに、ショッピングモールは溢れんばかりの人でごった返していた。
「なんか、いかにもクリスマスって感じだな」
建物の壁や柱、植え込みにイルミネーションが飾られ、多くの店の店先にはセール開催中と宣伝するポスターが張られている。店員がトナカイの角のカチューシャやサンタの帽子を身に着けている店もいくつか見える。
そして、なによりもカップルが多い。ぱっと見た感じでは俺の周りにいる人の半数近くがカップルだ。
そんな状態だから、イルミネーションとクリスマス独特の雰囲気を楽しみながら歩いているだけで、自然とカップルの話し声が耳に入ってきた。
『ねぇ、壮くん。次はあの店を見に行こうよ!』
『それ重くない? 俺が持つよ』
『はい。これは美穂へのプレゼント』
たまにそのカップルの様子が気になって、彼らの様子を見てみたけど、皆手を繋いで、相手の顔を愛おしそうに見つめながら話していた。
――くそっ、羨ましいなぁ。
好きな人にあんな表情で見つめられたら堪らなく嬉しいし、相手のことをもっと好きになってしまう。人目さえなかったらキスしたいとも思うかもしれない。
これぞまさに彼氏・彼女の特権。
杏奈も今頃ああいう風に比嘉を見つめているんだろうな――。
「はぁ……」
つい溜息が零れた。
俺自身が傷付いて、ネガティブになってしまうだけだから、杏奈のことを考えるのはもうやめたい。なのに、恋愛にまつわることを考えていると、いつの間にか杏奈のことを考えてしまっている。
気分転換にイルミネーションを見に来たというのに、これじゃ気分転換にならないじゃないか……。
気落ちしたまま5分ほど歩いていると、ショッピングモールの中心にある、大きな広場に辿り着いた。
ここはイルミネーションイベントのメイン会場で、最も飾り付けに力の入っている場所。
広場全体が青色にライトアップされ、中心に立つ1本の大きなクリスマスツリーは暖色の電球に加えてベルやガラスのボールといったオーナメントで飾り付けされている。
先ほどまでの陰鬱な気持ちは消え去り、俺は立ち止まって、この幻想的な光景にすっかり見入ってしまった。
「すげー綺麗」
写真では見たことがあるけど、実物を見るのはこれが初めて。写真より実物の方が断然綺麗だ。
しばらくの間目で見て楽しんでから、周りの人たちと同じようにスマホを取り出して、クリスマスツリーを写真に収めた。
「さてと、帰るか」
メイン会場のイルミネーションを見れたから、もう満足だ。それにこれ以上こんなデートスポットに居続けたら同級生カップルにばったり会ってしまうかもしれない。
スマホをジーンズのポケットに入れて、踵を返す。
「わ!」
「きゃっ!」
後ろを向いた瞬間、誰かがぶつかってきた。
「危ねーなぁ……って、え? 杏奈⁈」
「と、智也⁈」
目の前には、信じられないといった感じで口をぽかんと開けてこちらを見つめている杏奈の姿があった。
遠出するかもって前に言ってたけど、結局ここだったのか⁉ でも、それならどうして杏奈一人でいるんだ? 比嘉は用を足しにでも行ってるのか?
まさか杏奈に会うとは思っていなくて、俺は少しパニックに陥った。だから、杏奈の様子が変なことにすぐには気付けなかった。
「ともやぁ~」
「え、ちょっ!」
杏奈の目が赤らんでいることに俺が気付いたのと同時に、杏奈の目から大粒の涙が溢れ出した。そして、杏奈が俺の胸にしがみついてきた。
何があったのかは分からないが、少なくとも比嘉とデートをしにここへ来た訳ではなさそうだ。
「とりあえずどこか落ち着く場所に行こう」
杏奈の背中に手を添えて、俺は杏奈を人混みから連れ出した。
***
ショッピングモールの中はどこも人で一杯だったから、ショッピングモールを出て、そのすぐ傍の公園に来た。
「これ飲みなよ」
「ありがと」
公園内の自販機で温かいお茶を二本買って、片方をベンチに座って待たせていた杏奈に手渡し、それから杏奈の横に腰を下ろす。
公園には俺たちしかいなくて、ショッピングモール内で流れている音楽が少し漏れて聞こえていた。
「比嘉と何かあったのか?」
あれから少し時間が経って、杏奈はだいぶ落ち着きを取り戻していた。だから、杏奈がお茶を飲み終えるのを待って、事情を尋ねた。
だけど、杏奈はすぐには答えず、互いに無言の時間が生まれる。
――もしかしてこれ、俺から聞いちゃダメなやつだったか?
そうは言っても、こういう時どうしたらいいのか分からなかったんだ。
内心オロオロしていると、ようやく杏奈が口を開いた。
「……実は私、振られたの。駅で落ち合ってすぐに、別れて欲しいって言われた」
「え……?」
「前から同じ塾に通ってる他校の子のことが気になってたみたいなんだけど、その子には彼氏がいたから何も出来ずにいたんだって。で、そんな時に私から告白されて、私と付き合えばその子のことを忘れられるかもって思って告白を受け入れてくれたみたい。でも、先週その子が彼氏と別れたらしくて、それで……ッ……その子のことを諦め切れないから……ッ……別れて欲しいって……ッ……」
途中から杏奈はまた涙を流し始めて、最後の方はもはや言葉になっていなかった。
話を聞いていて、俺も胸が苦しくなった。
同じような立場だったから、比嘉の気持ちは痛いほどよく分かる。
それに、俺は杏奈の比嘉への想いをよく知っているし、普段はしないようなヘアアレンジをして、新調したと思われる、白いコートを着ているのを見れば、杏奈がどれだけ今日のデートを楽しみにしていたか容易に想像できて、それらがすべて裏切られたらどう思うかなんて考えるまでもない、というか考えたくもないくらいだ。
杏奈に何と言葉を掛けたらいいのか分からず、俺はただ杏奈を見つめることしかできない。それが悔しくて、ギュッと拳を握りしめた。
「ねぇ智也、私みたいに可愛くない子じゃダメだったのかな?」
不意に俺の目を見つめて、杏奈が呟いた。
弱っている杏奈に見つめられて、そんなことを言われたら、何かせずにはいられなくて、俺は杏奈の手を取った。
「そんなことない! 杏奈はすげー可愛いよ! 今日の髪型めっちゃ可愛いし、そのコートも似合ってる。てか、杏奈の笑顔、超可愛いって! うちの学校に杏奈より笑顔が可愛い奴なんていないでしょ! それに――」
一瞬躊躇った。だけど、今言わなかったら絶対後悔すると思い、俺は覚悟を決めた。
「俺、杏奈のことが好きなんだ。杏奈が一番可愛いって思ってるんだ。だから、そんな俺の前で可愛くないなんて言うなよ」
――ヤバイ、死ぬほど恥ずかしい。
言い切ってから俺は杏奈から視線を逸らした。
「え、嘘⁉ そうだったの?」
「こんな時に嘘つく訳ねーだろ! だからさ、比嘉じゃなくて俺と付き合ってくれよ」
言うべきことはすべて言った。だから後は杏奈の返事を待つのみ。
「……そんなすぐに気持ちを切り替えることはできないけど、それでもいい?」
「もちろん」
「分かった。智也と付き合ってあげる」
「マジで⁈」
反射的に杏奈の顔を見つめると、杏奈はもう泣き止んでいた。代わりに目と同じくらい顔が赤くなっていた。
「幼馴染だし、智也だったらまぁいいかなって。それよりも手……」
「え、ああごめん!」
告白のことで頭が一杯になっていて、杏奈の手を握っていたことをすっかり忘れていた。
俺は慌てて杏奈の手を放した。
「じゃあ、これからは恋人としてよろしくな」
「うん。こちらこそよろしく!」
そう言って杏奈と見つめ合い、互いに微笑んだ。
「なぁ、杏奈ってこの後空いてる?」
「もちろん空いてるよ」
「もう一度そこのイルミネーションを見に行かない? その……初デートとして」
「うん、行こ行こ!」
という訳で彼女との初デートが決まり、俺はベンチから立ち上がった。
すると杏奈も立ち上がって、それから何も言わずに左手で俺の右手を握ってきた。
「幼稚園の頃よくこうしてたでしょ? その真似」
「俺たちカップルなんだし、そんな照れ隠ししなくてもいいんだぜ」
「その言葉そっくり智也に返すよ」
こうして手を繋いで、俺たちは歩いていく。
「そういえば智也が言ってた、流れ星に願い事すると叶うっての、本当だったね」
途中でふと思い出したように杏奈が言った。
「でも、比嘉とはすぐに別れちゃったんだから、叶ったと言えるか微妙じゃね?」
「確かにそうだけど、そうじゃないの」
「どういうこと?」
「だってあの時、名前呼びした方がいいとも言ってたでしょ? それであの後すぐに名前呼びしていいか聞いて、名前呼びするようになってから願い事したんだもん。『ともやくんと付き合えますように』って。だから、友哉とは別れたけど、智也と付き合い始めたから、智也とすぐに別れたりしなければ、願い事が叶ったって言えるよ」
「そっか。そういや比嘉の下の名前、友哉だったな」
元々の願い事のことを考えると皮肉な気はするけれど。まぁ流れ星のイタズラといったところか。
そんなやり取りをしていると、ぱらぱらと雪が舞い始めた。
「あ、雪降って来た!」
「ほんとだ」
「雪が降る中でイルミネーション観るとか絶対エモいよ! 早く行こ!」
杏奈に引っ張られるようにして俺はデートスポット、ショッピングモールに今度はカップルとして足を踏み入れた。
流れ星のイタズラ 星村玲夜 @nan_8372
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