第六話~海坊主、襲来(2)

5分後に、スマホの着信音が鳴った。尾関からの着信だ。


「村越先生すみませんでした、待ってもらっちゃって。今、高島夕菜先生から電話が入って」

待たされた茉莉花はむっとした。高島夕菜も、同じカルチャー常町で稼働しているが、自分とは曜日が違う。重要な話をしているのを遮られたような気が下した。


「それ、今関係あります?」

「大アリですよ!なんと、高島先生も鍵を返せって言われたんです、村越先生の言う”海坊主”に。昨日の話なんですが」


茉莉花は携帯を握り締めて、「ぐえっ」と喉から変な音を出した。被害者は自分だけではなかったということか。茉莉花は尾関から詳しい話を聞こうと思った。


 その後、尾関の話を茉莉花なりにまとめると、こういうことだった。


 茉莉花が出会った”海坊主”は、昨日もやってきて、講師の高島夕菜に対して「音楽教室との契約は切れている。早く鍵を返せ。今すぐ返せ」と迫ったのだということだ。

夕菜は「私は雇われてるだけでわかりませ~ん」で通したらしい。

茉莉花が今日、”海坊主”にされたのと全く同じだった。


 違ったのは、送迎の生徒の親が怯まなかったことだった。

 その日の生徒の親はたまたま地元の人間だった。気のいいあけっぴろげなオバチャンキャラの生徒のお母さんが、海坊主を睨んで「帰れ!」と一喝して事なきを得た。オバチャンに怒鳴りつけられて背中を丸めてすごすごと引き下がる海坊主の姿を見るのは爽快だったと夕菜は笑っていた。

 そのお母さんは自分は”海坊主”の同級生にあたり、奴は未だに頭が上がらないのだと言った。元ヤンキーなのかと尾関が尋ねると、「ヤンキー味は一ミリもない、名大医学部卒の女医さんよ。森内科ってあるでしょ、常町センターの近くの。そこの先生」と夕菜は笑った。ヤンキーの海坊主を顎で使っていたらしい。尾関は以前常町ビルの付近に住んでいて、森内科にかかったこともあったが、その時はおじいさんの先生だったと夕菜に尋ねると

「代替わりしたわよ」

と一蹴された。


 その後、夕菜が生徒の親から得た情報によると、海坊主は「カルチャー常町」が建っているビルの土地のオーナーの息子で、学生時代はかなりの悪事をやってきた問題児だった。そして今はよからぬ輩とつるみつつ、恐喝などをしていて問題になっていた。採算の上がらなくなってきた音楽教室は切り、もっと稼げるテナントを入れるために父親であるオーナーにも言わず勝手に妨害工作をしているようだった。父親は海坊主を抑えきれていないようだ。


尾関が気弱な声を出した。

「はあ…頭が痛い」

「あすも高島先生の担当だっけ」

「リトミックの大林先生と、古川先生が午前中に来ます」

 大柄な大林水琴と、大人しそうに見えて案外言う古川かのんの組み合わせ。最強だ。


「そのペアなら絶対言い返しそう・・・」

「ですよね。海坊主が怒らなければいいんですが。また森さんに来てもらうわけにもいかないでしょうし」

「尾関君は立ち会えないの?」

「立ち会えたらいいんですけどね。実は僕も転職活動をしてまして明日、面接が入っちゃったんです」

「やめるんだ、尾関君も」

 営業の人間は一応、書店の方に行くという方法もあるのだが、尾関は言った。

「音教がなくなったら、僕も行き場所はないですから。いくつか、楽器店に履歴書送ってます」

錦城堂書店の営業部は、音教ー音楽教室担当と、学販ー教科書や事務用品を扱い、学校に出入りする担当があった。西畑社長は学販担当者だけ残すと言っていた。両方を掛け持ちしている社員もいるが、尾関は音教担当だ。

「そうなんだ」

営業担当の中では比較的若い尾関は、若いだけによく動いてくれた。きっとどこかに決まるだろう。


自分は・・・?


もし、尾関も聞かされていないところで西畑社長とカルチャー常町の社長の間で話が進められていたとしたら、自分の行く場所はない。

「大林先生には、僕のほうからLINE送っておきます。多分今日は9時まで稼働だから」

「分かりました」


その晩、カルチャー常町担当の講師で作っているLINEグループ「つねっこ」で、高島夕菜の投稿があった。


<LINEグループ 「常町教室」つねっこの投稿があります>ーーーーーーーーーーーーーー【メンバー:ゆな(高嶋 夕菜)Miko(大林水琴)のんちゃん(沢田かのん)まりっか(村越茉莉花)】


ゆな:つねっこのみなさんこんばんわ


Miko:ばんわ。珍しいね、夕菜先生がこの時間に


ゆな:海坊主来襲した?


のんちゃん:お疲れ様です。海坊主ってなんですか


ゆな:常町ビルの家主の息子です。見た目どおり海坊主

   それ以外例えようがない

Miko:生徒の親から、変な坊主頭の男がうろついてるって聞いたけどそれかなぁ


まりっか:こんばんは。今日常町に海坊主来ました

     めちゃくちゃ怖かった

Miko:ばんわー。おつ(Suikaペンギンの”お疲れ様”スタンプ)


のんちゃん:えー(ブラウンのびっくりスタンプ)


ゆな:今日も来たんだ(あんさんぶるスターズ‼第一弾HiMERUの”呆れましたね”スタンプ)

まりっか:はい。常町の鍵を返せってしつこくて。

     グループの子どもが泣いて困りました

ゆな:明日も来るかもね


のんちゃん:やだーうざいー(楽天パンダの顔に縦線が入ったスタンプ)


Miko:常町の契約11月末のはずだよね。

のんちゃん:ですです

Miko:9月も終わってないのにくるんかーい

ゆな:来なくていい~~~

まりっか:警察呼んじゃったし、私じゃわかんないんで、とりあえず尾関くんに投げました

ゆな:おぜきっちで撃退できるんかいな

のんちゃん:やばすやばす

Miko:壁にはなるかな、とりあえず。明日私と沢田先生が担当だから様子見


のんちゃん:ええ~~~~

ゆな:がんばれのん

のんちゃん:やだーまじ卍

Miko:そこで使うかそれ

ゆな:っていうか、「まじ卍」って何

まりっか:突っ込むとこそこですか?

     万が一の時は警察を呼んでくれって言われました

Miko:りょうか~い

のんちゃん:ではまた~

(投稿ここまで)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


LINEグループのやり取りを見ても、問題は解決したとは言えなかった。

尾関を通じて西畑社長に、「海坊主」について伝えた大林先生は、とりあえず社長がとりなしてくれることになった、と連絡をしてきた。

 だが、西畑社長が常町ビルの家主に掛け合ったあとも、海坊主は単独で勝手に妨害を繰り返し、結局怖がった幼児クラスの生徒の親が一斉にやめる、などのトラブルも続いた。


 そして。 

年内で撤退、という話は、「海坊主」の件もあって、2ヶ月早まることになった。

同情してくれる保護者もいたが、茉莉花の行き先まで世話してくれるわけではない。ピアノだけ教えて来た自分にどんな仕事ができるのかもわからず、フリーペーパーの就職情報誌を読み漁り、結局茉莉花は分からず放り投げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る