第35話 馬車に乗り込め
さて、俺はボーリンさんに「不干渉」と「ラナさんの同行」という2つの条件を飲ませた後、すぐさま彼が用意した馬車に乗り込んだ。
いや、乗り込まされた、というべきか。
ボーリンさんは俺が公爵様の謁見を了承した場合、すぐに城へ連れて行けるよう、毎回馬車を用意していたらしい。
いやはや、用意の良いことで。
ガタゴト、ガタゴト、ガタゴト・・・
そんな訳で俺とラナさんは今や馬上の人である。
そして「不干渉」の条件通り、この箱馬車には俺とラナさんだけだ。
御者はもちろんいるけど、客室には入ってこれない。
城までは5、6時間かかるらしいから、その間のんびりとしよう。
「でも、けっこう揺れるなあ」
道はそれなりに舗装されているが、車体にクッションがないからだろう。
「馬車酔いは大丈夫ですか、ご主人様?」
「大丈夫だよ。こうやってラナさんにくっついてる内は気持ち良いからね」
俺はラナさんの胸に顔を埋めながら口を開く。
ラナさんはクスリと笑って、俺の頭を撫でた。
うーむ、大きくて張りがあって柔らかい。本当に素晴らしい。
そして良い匂いがする。
何だかいつもと違い、少し香りが強いようだった。狭い密閉空間にいるからだろうか?
その事を言うとラナさんは凄く恥ずかしがった。
「や、いやです、ご主人様。匂いなんて嗅がないで・・・。馬車の中が熱いから少し汗をかいちゃってるんです。きっとご不快に思われます・・・」
いやいや、そんな訳がない。
ミルクっぽいような、砂糖のような、そんな甘い感じの匂いで、実に女性らしい香りである。
少なくとも俺はこの匂いが好きだなあ。
と、そのことも言うと、
「やあ・・・ご主人様・・・」
と切なさそうな声を上げてから、俺のことを「ぎゅーっ」と抱きしめた。
うぐ、息が出来ない・・・。少々からかいすぎたようだ。
しばらくして解放された俺は反省して大人しくしておくことにする。
なぜか先ほどよりもラナさんが強くおっぱいを押し付けてくるので、俺はその感触を堪能したり、キスされたりしながらまったりと過ごした。
ところで公爵様との謁見であるが、3日後くらいになるらしい。
色々と先約が詰まっているらしく、どうしても割り込ませることができないとのことだ。
つまり、今日中に城には到着することを考えると、3泊4日の小旅行になってしまう。
その辺りのことをボーリンさんは謝っていたが、俺としては逆にポイントが高い。
怠惰道の考え方の一つとして、目的のために無駄な時間をいかに浪費するか、ということがある。
要するに、俺は待機時間というのが大好きなのだ。
暇に耐えられない人種というのも多いが、俺は逆に何もしないことをするのが大の得意である。
「ご主人様、お尻は痛くはありませんか?」
俺がそんなことを考えていると、ラナさんが胸に埋まった俺の頭を撫でながら聞いて来た。
ああ、そういえば少し痛くなってきたかも。そろそろ1時間だからな。
「ちょっとだけな。まあ、椅子が木製で固いからしょうがない」
あと、車体にクッションがないから、衝撃がもろにくるんだよな。
これもしょうがないけど。
俺は痛くなってきた箇所に体重がかからないよう体勢をずらした。
「ご無理はなさらないで下さい。・・・抱っこ致しましょうか?」
「いや・・・、それはさすがに恥ずかしいというか・・・」
子供じゃあるまいし。
「そんな、ご遠慮なさらないでください。誰も見ておりませんし。さあ、どうぞ」
そう言ってラナさんは一度俺から少し離れると、女神のような微笑みを浮かべながら、ハグするように腕を広げた。
うーん、大天使。
「でも、それだと逆にラナさんがつらくない?」
「ご主人様の体重でしたら大したことありません。・・・それに正直に言いますと、私がご主人様を抱っこしたいんです。ですから、ね? お願いします」
確かにラナさんの方が身長は少し高いけど、体重から言えば俺のほうが重いと思うんだが・・・。
ああ、でも確かにラナさんの体力は高いな。魔の森のモンスター退治の時も、フツーについてきてたし。
俺がそんなことを考えていると、我慢できなくなったのかラナさんの方から俺に手を差し伸ばした。
そして俺を抱き寄せて、無理やり抱っこする。
時々彼女はこんなふうに強引だ。嫌じゃないので全然問題ないけど。
抱っこされて俺とラナさんの顔が正面に向き合うような形になる。
彼女はうっとりとした表情で俺を見ている。
俺の何がそんなにいいのかね・・・。
「本当に重くない?」
「はい、大丈夫です。それよりもご主人様は気持ち良いですか? お尻はもう痛くないですか?」
「大丈夫だよ。むしろ、ラナさんのおかげですごく気持ちいい」
「うふふ、嬉しい・・・。どうぞ私の粗末な体でよければ幾らでもお使い下さい」
そう言って更にピッタリと体をくっつけてきた。
・・・全世界の女性全てにケンカを売るようなセリフだな。
まあ、本人に自覚はないようだが。
それにしてもこれは近いな。ラナさんの美しい顔が本当に真正面にある。
唇がつやつやとしていて実に美味しそうだ。
「キスしてもいいかな?」
「!? は、はい、もちろんです!!」
なぜかラナさんは大きく目を見開いてすごく驚いた後、とても嬉しそうに微笑んだ。
おかしいな、さっきから一杯キスしてるはずだけど、なんで今回だけ・・・?
俺が少し考えていると、ラナさんが催促するように口を開いた。
「ご、ご主人様ぁ、は、早く下さい。ラナをいじめないで下さい・・・」
そう言って口をちょっとだけ開く。
目は潤んでいて、可愛い小さな舌が口の隙間から見えている。
丸で餌をねだる小鳥のようだ。
「本当にラナさんは可愛いなあ」
「そ、そんなこと・・・、んんっ!」
照れるラナさんに口づけすると、彼女の身体がビクリとしたのが分かった。
そして俺が少し舌を動かすたびに、ピクンピクンと律儀に反応する。
「そんなに気持ちいい?」
俺がキスしながらそう聞くと、彼女は息も絶え絶えといった様子で口を開く。
「ご主人様からして頂くと・・・何だか嬉しすぎて・・・身体が馬鹿になっちゃうんです・・・はしたない女ですみません・・・」
ああ、なるほど、確かにラナさんからしてもらうことが多くて、俺からすることはそんなに多くないかもしれない。
「じゃあ、今後はもっと俺からしてあげるね」
「!?」
俺がそう言いながら深いキスをすると、ラナさんの身体が驚くほど震えた。
「だ、だめです・・・ほ、本当に馬鹿に・・・」
彼女は何かを言いかけたが、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
俺が構わずにキスすると、がくがくと身体を震わせて、とてもまともにしゃべることができなくなったからである。
◆◇◇◆
ズガーン!!
その夜、異世界から来た男と、運良く救われた少女が宿泊する宿の一室が、何者かの手によって跡形もなく破壊された。
当の二人はその日の朝に、騎士団長ボーリンに連れられて、公爵の居城に向かったところであり不在であったため、被害を受けることはなかったのだが。
「ぐぐぐ・・・くそ、何処に行きやがった!」
宿を破壊した張本人は空中で逃げ惑う人々を見下ろしながら文句を言った。
それは魔王軍の将、クワリンパである。
漆黒の羽と尻尾が生えた姿は禍々しい魔族そのものであり、その姿をたまたま空中に発見した人間たちなどは、1週間前にあったモンスター襲撃の再来だと言って怯えたのだった。
「確かに昨日まではここにいたはずなのに・・・どこに行ったんだ」
ただ、今のクワリンパの頭には、ミキヒコへの憎しみしかない。
魔王より与えられた魔力の実のせいで、正気はすでに失われている。
必要な知識だけは過去の記憶から引き出せるが、感情や理性は精神の奥底に沈められているような状態だ。
「諦めないぞ、ミキヒコ! 必ず探し出して、お前を殺す!!」
クワリンパはそう言って大きく羽ばたく。
凄まじい風が周囲にほとばしり、土煙が巻き上がって人々の目を奪った。
そして、風がおさまり人々の視界が回復した時、すでにそこには魔族の姿はなかったのである。
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