第34話 何回目ですか

「何とかならんか? な、この通りじゃ」


俺はうんざりとしながら、その男の言葉を右から左へ聞き流していた。


誰かと言えば、騎士のボーリンさんである。


彼はテーブルを挟んで椅子に座る俺に頭を深く下げた。


ちなみに俺の隣にはラナさんが座っている。


別に意味はないがテーブルの下で手を握っていたりする。


「もう1週間ですよ。よくこれだけ断られて毎日来れますね?」


俺は呆れた調子で言うが、ボーリンさんは反対に当然だとでもいう様に大きく頷いた。


「もちろんじゃよ。街を救ってくれたミキヒコ殿には借りがあるからのう。カルインデ公爵様もいたく興味を示されておるのじゃ。だから、いい加減諦めて城まで来てくれんか?」


そう言って期待の眼差しで俺の方を見る。


はぁ~、と俺は大きくため息を吐く。


俺は1週間ほど前に、このシュヴィンの街を襲ったダークオークを撃退した。


その時に、いちおう形としては騎士団が倒したかのように見えるよう細工をしたのだ。


怠惰をむさぼりたい俺は目立ちたくなかったからな。


また、ちょうど戦闘の際に泊まっていた宿が半壊したので、姿をしばらく隠すために新しい宿に移ったのである。


・・・だが、実はその翌日には、どこから嗅ぎつけたのかボーリンさんが新しい宿までやって来て、こう言ったのである。


「これまでの無礼を許してほしい。ところで、公爵様が街を救った英雄と会いたいとおっしゃっておる。ついては、居城まで付いて来られたい」


な、なんでそうなった・・・。


俺はその時、こう問いただした。


「モンスターを倒したのは騎士団、ってことにしなかったんですか・・・?」


騎士団にはメンツがあったはずだ。


街に大きな被害をもたらしたモンスターを倒すのは、騎士団でなければならない。


そうでなければ存在意義を問われかねないからだ。


そう言う意味では、けして俺みたいなぽっと出が倒して良い場面ではなかったと思うのだが・・・。


だが、俺の思惑などどこ吹く風という風にボーリンさんはあっけらかんと言った。


「いやいや、わしらが反撃した際には既にモンスターはこと切れておったよ。ミキヒコ殿が倒したということじゃな。いやはや、我ら騎士団もまだまだ精進が足りんわい!」


そう言って大きな声で笑ったのだった。


そんな一週間前のことを思いだして、俺は頭を抱える。


「要するに正義感が服を着て歩いてるような人なんだなあ」


今ならば分かる。


結局のところボーリンさんという人は、正義を貫く極端な善人なのである。


ゆえに、それが悪く出れば一方的な善意の押し売りになり、良く出れば正義の味方となるというわけだ。


俺のようなサボリ魔とは真逆の存在だな。


いやはや、気持ち悪い。気が合わない訳だ。


ま、そんなことは良いとして、何にしても俺は公爵様なんかに会いたくない。


さっさとラナさんのおっぱいを枕に二度寝したいのだ。


時間はまだ昼前なのである。こんな時間から起床するなど怠惰道に反する。


「とにかく、俺みたいな胡散臭い魔術師なんかが公爵様に会う訳には行きませんよ。それに正直言って俺自身も別に会いたくありませんからね」


俺はこの1週間繰り返して来た言葉を紡ぐ。


後半の言葉は本音だが挑発する意味もあった。


相手が激高して、俺に呆れて二度とここに来なくなる事を期待しているのである。


だが、ボーリンさんはあっさりと頷くと、冷静にいつもと同じ返事をした。


「ふうむ、そうか・・・。だが、じゃがわしは諦めんぞ? ではまた明日、同じ時間に来るからの?」


そう言って席を立つのであった。くっそー、面倒くせー!!


「ああ、今回も駄目だったよ・・・」


「あ、あの、ご主人様?」


と、俺がげんなりとしていると、ラナさんが耳打ちしてきた。


「何だ?」


「その・・・差し出がましいようですが、一度公爵様にお会いになるのも良いかもしれません・・・」


おいおい、何を言い出すんだ?


「申し訳ございません。ただ・・・、本日で7回目の面談だった訳ですが、一回の会話につき1時間程度かかっているんです。つまり、この調子で行きますと半月後には丸一日無駄にする計算になります」


「そんなに続ける気はないんだが・・・」


「ただ、ボーリン様ならご主人様が応じるまで、1か月でも1年でも続けるような気がします。まあ、それは極端な話かもしれませんが、とにかく一度謁見してしまった方が事は早いのではないかと思いまして」


彼女はそれだけ言うと、俺の耳を「かぷっ」と少しだけ甘噛みしてから口を離した。


うお、ぞくっとした。


ラナさんの方を見るとニコニコと笑っている。


時々ラナさんはこういうイタズラをするのだ。


まあ、それはともかくとして、頼りになるお姉さんの言葉について考えてみる。


彼女の言うことは一理ある。


俺としては誰かの対応のためにベッドから出ると言うこと自体が億劫なのだ。


はっきり言って、ラナさんがいてダラダラできれば俺としては人生バラ色である。


・・・ふむ、なるほど。


だとすれば条件によっては公爵様の居城とやらに赴いても良いかもしれない。


「ボーリンさん」


俺は今まさに帰ろうとしてた男を呼び止めた。


「幾つか条件があるんですが?」


俺の言葉に、ボーリンさんはキラリと目を光らせた。


「公爵様からは、出来るだけミキヒコ殿の要望に沿う様に言付(ことづ)かっておる。何なりと言うがよいぞ?」


俺はその言葉を聞くと、2つだけ条件を口にしたのである。


俺が付きつけた条件はある意味簡単なものだった。


一つは、公爵様との謁見まで、ボーリンさんから俺たちに基本的に不干渉とすること。


そしてもう一つが、ラナさんの同行であった。

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