第26話 魔の森の終わり
「な、な、な、な、な、な・・・」
「なぁ、もういいだろう? これだけ倒したんだから、ギルドだってクエスト一回分にカウントしてくれるだろう?」
「あ、ご主人様、これギルドで見せてもらったサンプルと同じ草ですよ! 薬草です!!」
「おお! さすがラナさん! これなら文句なしだな!」
私こと魔族クワリンパは愕然とした表情で周囲を見つめていた。
いや、正確には辺りに広がった惨状を、だ。
周囲には
キラースライム、デッドエンドゴブリン、死神、レッドアルラウネといったAランク冒険者が苦戦を強いられるようなモンスターたちが死屍累々と転がっているのだ。
遥かな昔、前魔王を倒した勇者は凄まじい強さを誇り、強力なモンスターを一撃のもと屠ったという眉唾な伝説が残っているが、この光景はまさに勇者の再来を思わせるものであった。
そう、敵をちぎっては投げちぎっては投げするミキヒコは、本当にかっこよかったのだ・・・。力強くて、雄々しくて、横顔を見てるだけで、なんだか鼻の奥がツンとしてきて・・・って、いやいや、何を考えてるんだ私は!
首をブンブンと振って、思考を正常に戻した。
なんだったんだ今のは・・・。
ごほん・・・恐らくこの森にいる超強力なモンスターは、この数時間で一掃されてしまっただろう。
ミキヒコ・・・この男は後々、魔王軍の驚異になりかねない人間だ。
危険、あまりに危険である。
長年、魔王軍の一つを率いた私の直感が告げている。
すぐに殺すべきだろう。今は戦いを終えたところで無防備だ。
それにラナ姉さん・・・じゃなくて、ラナとかいう女を狙えば、ミキヒコに防戦を強いることが出来る。
そうすれば圧倒的に優勢に戦うことが出来るだろう。
そうだ、今がチャンスだ!
「なあ、クワリン」
「えっ、あっ、はい! 何でしょうかミキヒコさん!」
・・・・・・・・・何だ、今の声は?
丸で村娘が白馬の王子様に声を掛けられた時のように浮かれた声じゃないか。
しかも知らないうちに”さん”付けしてるし・・・。
その上、
「ん?どうしたんだ? 顔が真っ赤だぞ? 熱があるなら治癒術を使ってもいいが・・・」
「だ、大丈夫・・・です。ひゃっ!」
彼は私の額に軽く手を置いてきた。
私の口からはこれまで出したことが無い様な声が出る。
優しい彼はきっと私のことを心配して熱を計ってくれているのだろう。
自分の額の体温としきりに比べている。
その度に私の額に彼の少し冷たい手が触れる。
・・・って、だめだ、早く振りほどかなくては!
「うーん、大丈夫みたいだが・・・気分はどうなんだ?」
「気分は・・・ひんやりしてて気持ちいいです・・・」
だーっ!
だめだ、全然考えることと言動が一致しない。
私の目はなぜか知らないが彼の指の動きを追ってしまう。
思ったよりも長い指をしていた。
あの指が先ほどたくさんのモンスターを倒したのだ。
そのギャップが何だか私の頬をカーっと熱くさせた。
・・・それにしても、それが今は私の額に触れているのだ。もしもこの指で頬や耳なんかに触れてくれたら気持ちいいだろうだなぁ。
そんなことを自然と考えた。
・・・・・・・・・って、一体私は何を考えているのだ!
今までだって私に不埒な事をしようとした男どもは全員焼き殺して来たというのに!
早くこの気安く触れている手を払いのけなければ。
「あの、その手・・・」
「ああ、すまない。嫌だったか?」
「・・・いえ! まさか、全然!」
くそっ、だめだ! なんだこれは!?
もしや何か魔法をかけられているのか!?
「も、もう大丈夫ですから。ちょっと立ちくらみしただけです」
「そうか? 気をつけろよ?」
何とかそれだけ言うと、彼はあっさりと手を離した。それがなぜかひどく私に喪失感を抱かせる。
くそ、ほんとに何なんだ。
だが、一つわかったことがある。
彼を・・・じゃない、コイツを殺すことは何となくできそうにない。
ラナ姉さん・・・じゃなくて、あの女を殺すのも何だか気が引ける。
・・・あ、そうか別に殺さなくても良いじゃないか!
私は天啓を得たように内心で手を叩く。
そもそも当初の予定では彼らが弱ったところを遅い、屈服させて部下にする手はずだったのだ。
確かにこの森のモンスターは、彼にほとんどダメージを与えられなかった。
だが、屈服させるという手段がないわけではない。
そう、私が魔族としての本性を現し、彼らを生かしたまま打ち勝てば良いのだ。
私はなぜかとてもホッとする。
そして私は喜々として、自らの正体を明かしたのであった。
「お、おい! 二人共! こっちを見るんだ! はぁああああああ!!!」
私は人間への擬態を解いて、隠していた非人間たる証・・・夜を支配する翼と、魔族の象徴たる黒い尻尾を見せつけた。
「あーはっはっはっは! 驚いたか!」
「・・・」
「あらあら」
「どうだ! 魔王第4軍の指揮官、魔族クワリンパだ! 怖いだろう! 降参しろ! 部下になれ!!」
私は成功を確信して、意気揚々と告げる。
魔王軍の将、しかも恐るべき魔族を目の前にして恐れない人間はいないだろう。
ミキヒコが口を開く。
さあ、私に服従の意思を伝えるのだ!!
「えーっと、なりません。ごめんなさい」
・・・・・・・・・え?
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