第25話 スライムさん

「あいつがスライムだな?」


「そう、スライムだよ、ふつー、のね?」


私はほくそ笑みながらミキヒコへ答えた。


もちろん、私とは人間の少女へと姿を変えた、私こと魔王4軍のうち1軍を預かる魔将軍クワリンパのことである。


私は部下のゲラゲロを倒した人間へとまんまと接近し、こうして罠にはめることに成功したのだ。


そう、今、目の前にいるのは、ただのスライムなどではない。


『キラースライム』というスライム系の最強種なのだ。


その力は王国の騎士団が束になってかかっても勝てないとされ、しかも触れた相手を強い酸の力で溶かしてしまうという極悪ぶりなのである。


剣も弓も効かない。近づかれればそれで試合終了という反則級モンスター。それがキラースライムなのだ。


そして、この魔の森とは、そういった極悪モンスターがわんさか出る、絶対に人間が出入りしてはいけないとされる場所なのである。


(ふっふっふ、これでミキヒコは少なからず消耗するだろう)


いかにゲラゲロを倒した魔術師とは言え、無傷でキラースライムを撃破することは不可能だ。


その弱ったタイミングで私が正体を明かし、力をもって服従を迫る! というわけだ。


ラナとかいう女を人質にとっても良いだろう。


もしも従わない場合は・・・かわいそうだが奴隷にでもなってもらうとしよう。


そんなことを考えている内に、紫色の巨大スライムがミキヒコを見つけて、急激に迫って来た。


ミキヒコの方は驚いているのか何もせずに立ち尽くしている。


えっ、何もしないのか!? それは想定外だぞ!!


「ミキヒコ危ない!」


殺すつもりはなかったから本気で焦って声を出してしまう。


くそ、これじゃあ本当に仲間みたいじゃないか。


だが、私が声を上げたその瞬間・・・


ビチャッ!!


という何か水の入った袋が破裂したような音がして、たちまち空から紫色の雨が降り注いだ。


「うわっ、くさっ! なんだこりゃ!!!」


私は肌についた液体のネバネバしているのと、それから発せられる異臭に思わず叫ぶ。ミキヒコの方を見ると、アイツはちゃっかりとラナをお姫様だっこして木の傘の下に隠れてやがる。


くそっ、うらやましい・・・じゃない、じゃない、私ったら人間相手に何を考えてるんだ。


だが、私は次の瞬間、更に驚愕することになった。


なぜなら、この紫色の雨の原因・・・。


そう、キラースライムの破裂した跡・・・残骸がまさにミキヒコがいた手前にしっかりと残されていたからである。



◆◇◇◆



「こ、これ、ミキヒコがやったのかい?」


「ん? まあな。しかし本当に弱かったな・・・所詮はスライムってことか。とんだ見掛け倒しだ。あ、それよりすまなかったな、あんなふうに中身が降り注ぐとは予想してなかったんだ。後ろにいたラナさんは木陰に逃がすことができたんだが」


俺が謝ると、クワリンは微妙な顔をした。


そりゃそうだろう。紫色の液体はなんとも生臭い匂いを放っている。こんなものをぶっ掛けられて笑っていられる人間がいるはずもない。


まあしかし起こってしまったものは仕方ない。


何はともあれコレで仮登録から本登録へ移ることが出来るだろう。


スライムの指定部位とかいうものを拾って帰るとしよう。


「じゃあ帰ろうか」


「そうですね。クワリンさんの汚れも落とさないといけませんし」


だが、俺とラナさんがそう提案すると、急にクワリンは微妙な表情から一転、焦った表情になった。


「ん? どうしたんだ?」


「えっと、もう帰るの?」


おかしなことを言う奴だな?


「ミッションは完了しただろう? スライムの指定部位・・・どこが指定部位かよく知らないんだが、それを持ち帰ればクエスト完了なんじゃないのか?」


俺が頭に疑問符を浮かべて問いかけると、少女は口をパクパクとしだした。


「えっと、その、あー、うーん」


一体どうしたんだ?


「あら、まさか討伐対象のモンスターじゃなかったのかしら? もしくは指定部位を残すように倒さないといけないとか・・・」


ラナさんの言葉にクワリンがパッと表情を輝かせて顔を上げた。


「そ、そうなんですよ! ラナ姉さんの言うとおりなんです!」


ラナ姉さんって何だよ。


あ、でもラナさんはまんざらでもなさそうだな。なら良し。


それよりも、その通りってのは、どういうことなんだ?


「申し訳ありません。今のはスライムだと思っていたんですが、それよりも遥かに弱い、ライトスライムでした。弱すぎて討伐モンスターの対象になっていないんです」


げっ、まじかよ。


確かに弱かったけど。


くそ~、それにしても俺ともあろう者が不必要な労働をしてしまうとは何たる失態・・・。


早くラナさんの胸の中で反省したい。


「本当にすみません。もしかするとこの近くにはフツーのスライムはいないのかもしれません」


「えっ、じゃあどうするんだ?」


無駄足だけは嫌だぞ? 俺は大いなる犠牲の元、労働するという恥辱に耐えているんだからな。


「いえ、ご安心ください。この森にはスライム以外にも、それと同等のモンスターがたくさんいます。そいつらを狩りに行きましょう」


クワリンがそう言って先導するように歩き出した。


しょうがないか。


俺とラナさんも歩き出す。


と、ラナさんが俺の肩をツンツンとつついた。


なんだなんだ?


ラナさんがシーっ、と人差し指ですると、前を歩くクワリンに気づかれないようにこっそりと俺にキスをしてきた。


突然のことに俺が驚いていると小さな声で、


「また先ほど助けて頂きました。私の王子様」


そう耳打ちした後に、もう一回深いキスをしてきたのであった。


おいおい、クワリンがいるってのに・・・。


まぁ、気づかれないとは思うが。


あ、クワリンが木の枝にオデコを思いっきりぶつけた。

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