第14話 黒い影 ~後編~

とりあえず公爵家のバカ息子ジキトラの失踪事件の容疑者からは外れたようであるが、二つ目の用件とやらをボーリンさんが話始めた。


俺としてはさっさとラナさんとイチャつきながら怠惰な時間を過ごしたいのでさっさと帰って欲しいのだが、とりあえず聞き終わらない内は帰ってくれなさそうだ。


そんな訳で俺は再び席に着いた。


「実はな、隣国バルメとこの国エギザリスの境にあるベーリング山脈に最近、凶悪なモンスターが住み着いたのだ」


モンスターか。いい歳のおっさんからそういう単語を聞くと、いよいよ異世界って感じだな。


・・・いや、俺はこの世界にモンスターがいることを既に知ってるな・・・。


凶悪なモンスターの存在・・・さて、この話はどこで聞いたんだったかな?


「黒き巨躯に翼を生やしたモンスターで人語を解するとのことだ。恐るべき怪力と俊足を持ち、人間をためらいなく殺傷する。我が公国としてはコレを放っておくわけにもいかん。・・・だが、騎士団を動かすには色々と煩雑な手続きが必要でな。少し時間が掛かる。そこで、われわれ騎士団が出兵するまでの間、友軍として戦ってくれる冒険者を募っているところなのだ」


あ、思い出した。


この異世界に来て盗賊たちと遭遇した際に、確かそんなことを言っていたはずだ。


なるほど、結構大事おおごとだったんだな。


「そこで偶然ではあるが、信頼できる筋・・・つまり、公国御用達の奴隷商人から腕利きの魔術師がいるという話を耳にしてな。こうして討伐の依頼をしに来たというわけだ。どうだ、やってくれるか?」


「お断りします」


「な・・・っ!?」


愕然とした表情をしてボーリンさんが俺を見た。


いやいや、あたり前だろう?


なぜに俺がそんな凶悪なモンスターと戦わなくてはならないのか?


しかも、自分で恐るべき敵だと言っていたじゃないか。よくそんな死地に他人を簡単に向かわせることが出来るな。ふっつーに外道の極みじゃねーか。


・・・それこそ、例えどういう理由があろうとも、こういう時にこそ、騎士団とか言う普段偉ぶってたり正義感を振りかざしてる奴らが、独力で何とかすべきなんじゃないかね?


「そ、そこを何とかお願いすることはできんか? 今は少しでも戦力が必要なのだ。ああ、もちろん成功した暁には報酬は弾むぞ?」


「え・・・お断りしますけど・・・」


成功報酬って・・・。なめてんのか? なにかのジョークなのか?


それって、もしも討伐に失敗したら無償ってことだよな?


あまりに公国側に有利な条件じゃないか。そんな条件で人が動くと思ってんのかね。


ま、俺としては必要経費出されても受けるつもりはないんだけどな。


「むむむ、だが、われわれ騎士団が動くにはどうしても、もうしばらくの時間が掛かるのだ。あと10日もすれば王国からの許可も下りるだろう。公国が無許可で兵を動かせば、王国との紛争の火種になる・・・。だからどうしても時間を稼ぐことが必要なのだ!」


力説されてもな。申し訳ないが、許可がどうこうとかは俺には全然関係ないんだよなあ。


それは公国の責任であって、俺とは何の関係もない。筋違いも良いところだ。


そもそも論点がずれてるし。


ここははっきりと断ったほうが良さそうだな。


「ボーリンさん、単刀直入に言いますが、俺はその話に全く興味がありません。俺には俺の使命があるんです。魔術師としてのね」


もちろん、その魔術師としての使命とは、怠惰を極めダラダラと過ごす。そして、やるべきことをやらずに人生をさぼって生きることである。


だが、勘違いしないでほしい。


充電式の俺には、それが最も最強に近づく手段なのだ。


だから、けっして他人にとやかく言われる筋合いのものではないのである。


「ぐぐぐ・・・ふん、所詮は魔術師ということか・・・。正義や義侠心とは無縁のようだな」


おや、都合が悪くなったら、レッテル張りを始めたか。


・・・ま、事実ではあるんだけな。


でも、事実だからってそれを言って良い訳ではないぞ?


まあ、慣れっこなので問題ない。問題ないが、言われっぱなしも癪(しゃく)なので、こっちも真実を伝えてやろう。


それで精々悔しがってお帰りください。


「話はそれだけですか? ちなみに勘違いしてるようですから教えて差し上げましょう。良いですか? そもそもコレはこういう話です。普段、民草が汗水たらして得た収入で、貴方たち騎士団は養われているんです。それが今動けないというのは無駄飯食らい以外の何者でもありません。だから、これを機会に解散された方が、公国の民の暮らしは良くなるでしょうね」


「なんだと!! 貴様、それ以上言えば許さんぞ!!」


「まあ、幾ら僕を恫喝しようと、王国から許可が取れないのは、貴方たちの無能が責任です。そこをもう一度、冷静に真剣に考えて頂きたいですね?」


「ぐぐぐぐぐぐ、き、貴様ぁぁぁ・・・」


おっと、少し事実を言っただけなのに、ボーリンさんは立ち上がり、顔を真っ赤にして今にも腰に差した剣を抜きそうな勢いだ。


ううむ、怒らせるつもりは毛頭なかったのだが・・・。


これだから普段、常識人ぶってるやつは信用できないのだ。


自分が正しいと思い込んでいるから、平気で人の生活に土足で踏み込んで来る。


正義という名のもとに、他人があたかも自分たちに協力しなくてはならないと思い込んでいるのだ。


実にたちが悪い。


それは普段から給料をもらっている騎士団にすべて責任があるのだ。


さて、おっさんさんは剣を抜くかな? 抜けば俺も容赦するつもりはないが・・・。


だが、しばらくすると、おっさんは俺の事を睨みつつも、大きなため息を吐いた。


「ふん、争いをしに来たのではないわ! 今はお前のような卑怯者に時間を割いている時ではない!!」


そう言って立ち上がると、どすどすと大きな足音を立てて出て行こうとする。


「貴方たちの無能のせいで、有能な冒険者たちが無駄に死なないことを祈ります」


「くっ!?」


おっさんは少し動きを止める。


だが、何も言わずに扉を開けて出て行ってしまった。

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