第13話 黒い影 ~中編~
「本日はどのようなご用件でいらっしゃったのですか?」
俺はテーブルを挟んんで座る男に尋ねた。
男は鎧を着た40歳くらいに見える口ひげがばっちり決まっているおっさんだ。
ナイスミドルとでもいうのだろうか。
今はおっさんに中に入ってもらい、とりあえず席に着いてもらった様な状況だ。
おっさんが何者なのか、どういった目的で俺の所に来たのかは分からないが、いちおう昨日の出来事を踏まえ、俺が話を聞くことにしたのである。
「うむ、突然の訪問申し訳ない。わしはこの国で騎士をしているボーリンと申す。本日は二つ用件があって参ったのだが、まず一つ目、宜しいか?」
宜しいか、と言われてもな。拒否ってもしょうがない。
「どうぞ」
「うむ。実はカルインデ公爵様の御子息であらせられるジキトラ様が、昨日から行方不明なのだ。貴殿においては、何かご存じではないかな?」
うお! ストレートに早速来たな。
だが、こういう時にどう回答するかは既にシミュレーション済みだ。
奴らは「お忍びで来た」とは言っていたが、あんな目立つ二人組が完全に姿を隠してこんな街中の宿までたどり着けるはずがない。
馬車を途中まで使っているだろうし、貴族が街中を歩いていれば嫌でも目立つだろう。
つまり、奴らが俺のところまで来た、という部分はむしろ事実として認めるべきだ。最初から知らないとシラを切りとおすのは後々矛盾が生じるだろう。
「ジキトラ様でしたら、私の所へ昨日の昼頃、確かにいらっしゃいました」
「おお! やはりそうか! それでジキトラ様とはどのような話をされたか聞かせてもらえぬか? それから、貴殿と話されてから、その後どこへ行かれましたか教えて下され」
ふむ、ボーリンさんのリアクションを見るに、俺が殺しちゃってると考えている訳ではなさそうだな。ならば・・・。
「はい。ジキトラ様は私に秘密の依頼がある、とのことで来られたのですが、私は魔術師として研鑽を積んでいる最中でして、話自体を聞かずにお断りしたのです・・・」
そんな風に返事をする。
そう、俺の話した内容は真実ではない。だが一方で完全に嘘というわけでもないという微妙な内容だ。こういう風に真実の中に若干の嘘を織り交ぜるのが、人をだます時のコツである。
「おお、なんと・・・。しかし、ジキトラ様の気性ではお怒りになられたのではないですかな?」
ボーリンさんの目が若干細められた。どうやら探りのつもりらしい。
ふん、前世で様々な他人からの干渉を断ち切り、怠惰道を極めた俺と腹の探り合いで勝負するとは、実に愚かな!
「はぁ・・・、いえ、その通りですよ。大層ご立腹されていました。それで、なんと部下100人を連れて報復に来るとおっしゃられ、そのまま立ち去られたのです」
「な、なんと・・・」
これも本当半分、でまかせ半分だ。
「ですが、申し訳ないのですがその後のことは分かりません。私としてはただの脅しだと思っているのですが・・・」
俺の言葉にボーリンさんは何かを考え込んでいるようだ。ただ、時折チラチラと俺の顔色を窺っているな・・・。ふむ、まだ信じ切ってはいないみたいだ。
よし・・・ちょっとブラフを混ぜておくか・・・。
「ええっと、どうかされましたか?」
俺はあえてオドオドとした仕草で、チラリと奥の部屋を気にする素振りを見せながらボーリンさんに問い掛ける。
そう、丸で奥の部屋に何かマズイものがそこにあるかの様にだ。
ま、素人丸出しの演技ではあるのだが、人間というのは信じたいものを信じるものだ。
ボーリンさんにとって、それは俺がジキトラ失踪の犯人である”かもしれない”、ということである。だから、その気持ちをくすぐってやる仕草さえすれば、行動をコントロールしてやることは赤子の手をひねるよりもたやすい。
「ふむ・・・もし宜しければ奥の部屋を見せて頂いても宜しいかな?」
「ええっ!?」
俺はわざと大げさに驚く。
すると、ボーリンさんの目が鋭く光った!
「何か見せられない理由でもあるのですかな?」
「い、いえ、そういう訳でもないのですが・・・」
更にオドオドとしたリアクションをとる。うーむ、演技とはいえ、何だか恥ずかしいな!
「なら、宜しいですな!」
「ああ! ま、待ってください!」
俺が焦りながら制止する声を無視して、ボーリンさんが奥の部屋につながる扉を勢いよく開けた。
そして、扉は呆気無く開かれ、その奥にあったのは・・・。
「きゃ、きゃああああああああああああああ」
ちょうど服を脱ぎかけようとしているラナさんの姿であった。
「へ、変態!!!」
「な、なななななな、も、申し訳ない、わ、わしは決して覗きなどするつもりでは!!!!」
「早く出て行って!!!!!!」
バタンっ!!!
ボーリンさんが扉を閉め、はぁはぁと荒い息を吐いている。
・・・うん、念のため仕込んでおいて良かった。
あ、もちろん下着もおっぱいも見えないくらいにしておいたけどね。
ラナさんは全部俺のなんで他人に大事なところを一部たりとも見せるつもりはないのだ。
さて、ここで一気に追い込みだ。
「す、すいませんボーリンさん。魔術の修行などと言いながら、奴隷の女性とよろしくやっている事を知られたくなかったもので・・・」
俺は面目なさそうに顔を伏せる。
「ただ、彼女とは運命的な出会いでして。その、ゆくゆくは妻にしたいと思っているんですよ? ですから、嘘をついてジキトラ様の依頼を断ったことは、見逃して頂けるとありがたいのですが・・・」
「い、いや、わしが勝手に押しかけて、勝手に勘違いしただけなのでな・・・。こちらこそ申し訳ない」
うし、いっちょ上がりだ。
自分の直感に自信がある人間ほど、それが外れた時の反動は大きいもんだからな。もはや俺を疑う様なことはないだろう。死体だって塵一つ残さず消去してるから、証拠だって出ないわけだしな。
「ええ、誰にでも勘違いはあるものですから、仕方ありませんよ。では・・・」
速やかにお帰り願うとするか。
そう考えた俺であったが、ボーリンさんが用件は二つある、と言っていたことをすっかり忘れてしまっていた。
「すまんがもう一つ用件があるのだ。これはミキヒコ殿を腕利きの魔術師として頼みたい」
な、なんだと? 腕利きの魔術師として、だと?
「俺の知り合いの奴隷商に聞いたんだが、盗賊団を一瞬で壊滅させたそうではないか。その時に病気がちだった奴隷を一人引き取ったことも聞いていたが・・・あの女がそうだな? しかしまさか結婚まで考えているとは・・・見上げたものではないか!」
わっはっはっは、とおっさんは笑う。
・・・あの奴隷商、口軽すぎじゃね?
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