第11話 魔人の波動
『魔人の波動を発動しました。怠惰ポイントから145ポイントが差し引かれます。怠惰ポイントの充電は残り90ポイントです。怠惰ポイントの充電をしてください』
『魔人の波動』は怠惰レベル1で使えるスキルの一つだ。
一覧では暗殺用の攻撃と説明されており、音もなく相手の体を溶かし、跡形もなく消去する死属性のスキルとされている。
俺はためらいなくその能力を使用した。
俺がダラダラと幸せに惰眠をむさぼることを邪魔する奴に対し、かける情けなど無いのだ。
スキルは問題なく発動したようで、無機質な機械音が俺の頭の中で響くのと同時に、俺の振り下ろした手から黒と紫色の何かが空間を引き裂くように伸びた。
すると、情けない泣き顔をさらす貴族のバカ息子の体が、その波動に触れた瞬間、丸でアイスが溶けるかのようにぐずぐずと溶けだしたのである。
「うわ、グロ・・・。ラナさんは見ない方がいいぞ?」
「い、いいえ、ご主人様を傷つけようとした人の末路を見届けるのも奴隷の務めですから・・・」
「いや、うちはそんな務めを強制するブラック企業じゃないから・・・あまり無理するな」
そう言うとラナさんは俺の手をそっと握って来た。
やっぱ怯えてるみたいだな。震えている。俺も握り返しておいた。
ううむ、それにしてもこの『魔人の波動』、本当に暗殺用なんだなあ。
バカ息子が必死に口をパクパクして悲鳴を上げて叫んでいるのだが、不思議とこちらまでは聞こえてこないのだ。
・・・もしかすると、あの黒と紫の裂け目が、声すらも溶かしているのかもしれないな。
と、そんな風に俺がやや引いている間にも、その黒と紫の波動はバカ息子をほぼ溶かし終え、今度は角度を変えて、気絶している部下のおっさんの方へと向かう。
ああ、そう言えばいたんだった。
「危ない危ない。貴族のボンボンを始末したとしても、部下がそのことを報告したら、どっちにしても俺に追手が掛かるからな」
俺よりも賢いな、この魔人の波動。いや、波動さん。
黒と紫の波動さんはすぐにおっさんへと到達すると、その体を溶かし始めた。と、おっさんが驚いた様子で飛び起きた。恐らく相当な激痛に襲われているのだろう。
その場から立ち上がろうとするが、既に足が溶け始めていて動けず、ただただ口をパクパクと動かして、驚愕の目で自分の崩れていく体を見つめている。
だが、すぐに原型をとどめないほど溶けて行ってしまった。
そして、最後はボンボンと同様、跡形を残さずに消え去ってしまったのであった。
後に残ったのは最初から存在した古びた木の廊下だけだ。
さっきまでそこに貴族のバカ息子とその部下のおっさんがいたとはとても信じられない。
いや、ちょっと引くわぁ・・・。
まさかこんなにグロいスキルだとは思ってなかった。
・・・ま、まあ、とりあえず俺がやったという証拠は消すことができたな。
多分、前世の地球の様に科学捜査が発展していないこの異世界では、俺を犯人と特定することは難しいだろうし、それに確か2人はお忍びで来ていたとも言っていたし。
とりあえず、俺たちとしては何か聞かれたとしても、知らぬ存ぜぬを通しておけば多分大丈夫だろう。
それにしても、俺って今、人をフツーに闇に葬(ほうむ)ったわけだが、罪悪感とかは特に感じないな・・・。そういえば盗賊の時もなかったし、俺ってそういうタイプだったのかあ。ま、幸いながら、というべきかもしれない。
こんな世界だしな。
・・・いや、こんな人の命が日常的にやりとりされる異世界に適正があるっていう方が異常なのかもしれない。
ま、結果オーライってやつだ。
「結構便利だな、魔人の波動・・・」
かなりグロいとはいえ、こういう便利なスキルがあると色々と助かるな。
ただ、残念ながら俺の怠惰レベル1で使用できるスキルは残り1つだけなんだが。
それに、その残り1つのスキルも使用ポイントが400と大きすぎる技なんだよな。だから、おそらくこの先も使うことは無さそうだ。
「あ、あのう、ご主人様」
そう言ってラナさんが涙を浮かべた顔で俺の方を見ていた。心なしか手も震えている。
あっ、しまった。そりゃそうだよな。こんな光景を見せれば怯えられるに決まっている。
きっと俺のことを恐ろしい魔術師だと怖くなっちゃっただろう。
まあ、それも仕方ないかもしれないな。あんな残酷な魔法を見せられちゃあ・・・。
「すごく・・・すごく、かっこよかったです!!」
・・・・・・・・・へ?
「やっぱりご主人様は凄い魔法使いなんですね! あんな見た事も聞いた事もない魔法で、悪い貴族とその部下をパパッとやっつけちゃうんですから! 私、感動しました!!」
そう言ってグスグスと鼻をすすった。
ええー? 感動して泣いてたってこと? 手が震えてたのも感極まったから? まじで?
「えっと、俺の使った魔術が残酷過ぎて、俺のことが怖くなったりとかしないの?」
「何をおっしゃっているのですか? 恐ろしいのは盗賊や無法を働く貴族です。もしも、御主人様がいらっしゃらなかったら、私は酷い目にあっていたでしょう」
うーん、そうなのか? なかなか肝っ玉の大きいお姉さんだなあ。
・・・いや、異世界ではこれくらいの考え方が普通なのかもしれない。何せ一つ間違ったら命を落とすような世界だ。
残酷だ何だと言う方が平和ボケしているのだろう。
「そうか、まあ嫌われていなくて良かったよ。できればラナさんには一緒にいてほしいと思っているからな」
俺がそう言うと、お姉さんは少しキョトンとした表情をした後、なぜかジトっとした目になって俺を見つめた。
い、いきなりどうしたんだ?
「ご主人様は、あれくらいの事で私がミキヒコ様を嫌いになるかも、なんて思われた訳ですか?」
「え? うーん、そうだなあ。だって、あんな光景を見せられたら誰だって引くだろう?」
俺が素直にそう言うと、ラナさんはなぜか、
「はぁ~~~~~~~~~~~~~」
と長い長い溜息をついた。
な、なぜだ・・・、そんなに呆れさせることを言っただろうか?
だが、ラナさんは今度は決意に満ちた表情で口を開いた。
「アレだけすれば、私の気持ちにも気付いて貰えていると思っていましたが・・・どうやら甘かったようですね!」
「へ?」
ど、どういうことだ?
「わ、私も初めてですが、ちゃんと気持ちを知って貰うには、実力行使しかありませんね! ええ、他の子に譲るつもりはありませんから!」
えっと、いきなり俺の手を掴んでどうしたんだ? そして、なぜ寝室に引っ張って行こうとする?
などと疑問に思っている内に、俺はラナさんにベッドに押し倒された。
こ、これは・・・。
「ご主人様、覚悟して下さいね?」
えっと、これはそういうことだよな?
ま、まずい、俺はもちろん童貞だし、どうしていいか全然分からんぞ!!
「えーっと、そのだな・・・」
困ったな、まず、なんて言ったら良いもんなんだ?
だが、困惑している様子を見て、俺が嫌がっていると勘違いしたらしく・・・、
「あの、私なんかとするのは嫌かもしれません。ですが、私は本当にご主人様のことが・・・」
あ、ラナさん泣きそうな顔してる。そうじゃないって。あー、いい加減覚悟を決めよう。男の子だしな。
「いや、実は俺も初めてだから緊張してるんだ。多分、下手かもしれない。でも優しくするから・・・」
たどたどしく、それだけ言う。うーん童貞臭のする酷いセリフだなあ。
だが、ラナさんは俺の言葉に泣きそうな顔から一転して、優しい微笑みを浮かべると、
「はい! 愛していますミヒキコ様!!」
そう言って俺に口づけしてくるのであった。
・・・その後、俺は結局、深夜に至るまで一睡もすることは出来なかったのだが、代わりにラナさんとの仲はかなり深まったと思う。
あと、俺の認識は、ラナさん=美人なお姉さんから、ラナさん=天使なお姉さんに変わった。
うーん、天使ってのは実在するんだなあ。
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