第8話 ピロートークとは言わない

「御主人様は魔術師様ということで良かったのですよね?」


俺の頭の上から声が聞こえてくる。


ラナさんのふんわりとした声だ。


まあ、俺の頭は今、もっとフカフカなラナさんの胸の中に埋もれているのだが。ちなみに別に裸というわけではない。


俺は食事を終えて、お昼までラナさんを抱き枕に二度寝中なのである。


「うん、まあそんなところ」


「すごいですね。やはり御高名な師匠についていらっしゃったんでしょうね」


俺の頭を撫でながら質問してくるラナさんの言葉に、俺はどう答えようか迷う。


まさか神様に転生させられて、怠惰ポイントを貯めると能力が使える体質になってしまいました、など打ち明ける訳にもいかない。


まあ、ラナさんなら信じてくれるかもしれないが、俺の自己満足以上のものではないだろう。


ここはうまく誤魔化しておくべきだ。


「ま、そんなところだ。ただ、師匠とは恐らく二度と会えないし、師匠の名前も軽く口にできるものじゃないんだ。すまないな」


うん、まあ嘘ではない。恐らくあの駄神(だしん)とは二度と会わないだろうし、名前も知らないので、実際その名前を呼ぶことも出来ない。


「もっ、もちろんです。魔術師の世界は秘密の多い世界だと聞きました。私のような奴隷が口にするべき内容ではなかったですね。申し訳ありません」


ラナさんの真面目な答えに、逆に俺が申し訳ない気持ちになる。いや、俺の方こそ色々適当ですみません。


が、あまり堅苦しいのも嫌だな。ここはフォローしておくことにしよう。


「何を質問してくれてもかまわないさ。秘密にしておかないといけないことは、答えられないとちゃんと言うからな。俺たちはパートナーなんだ。可能な範囲で情報は共有しよう」


そうしないと俺がどんなふうにダラダラしたいか伝えられないからな。


「はっ、はい!」


ラナさんはそう答えると、なぜか俺をぎゅーっと強く抱きしめた。い、いきなりどうしたんだ? 心なしか声も弾んでいるような気もする。


まあ、何でもいいか。


そうだ、一つだけ先に良い訳をしておこう。


「ああ、それからラナさん。俺の魔術の極意を一つだけ教えておこう。これをしないと俺は魔術が使えなくなるんだ。だから、俺の身の回りの世話をするときは常に気を配って欲しい」


「わ、分かりました。大事そうな内容ですね。どういったことですか?」


ラナさんの真剣な声が聞こえて来た。


うん、そんなに真面目に返さなくていいですよ。


これから言う内容を考えると、何だか申し訳ない気持ちになってしまうから。


「えーっとだな、俺の魔術は無心になることが大事なんだ。だから俗世の事に手を染めてはいけない。出来るだけ食べては眠る、こうしてラナさんみたいな美人とイチャつく、そういった行動を繰り返し行い、精神を無の極致へと導くことが修行であり、俺の魔術・・・”無心流魔術”には重要なんだ。だから、俺は基本的にはこの宿でダラダラとしている・・・いや、一見ダラダラとしているかもしれないが、重要な修行をしているんだ。そういうことなんで、あの、その辺りをよく理解してくれるとありがたい」


うん、途中から自分で何を言っているか分からなかったな。


何だよ”無心流魔術”って。


それに、さすがにダラダラしているのを魔術の修行だとか詐欺も良いところじゃないか?


嘘ばかりという訳ではないが、真実とは程遠いし・・・優しいラナさんでもさすがに呆れてしまったかな?


俺がそう思ってオッパイから顔を上げると、ラナさんと目が合った。そしてラナさんは真剣な表情で口を開いた。


「奴隷である私にそのような重要な極意を打ち明けて頂けるなんて・・・。承知しました。出来るだけご主人様がダラダラできるよう全力を尽くします!」


うわ、めっちゃ信じてくれてるよ!


まあ、その方がお互いにとって都合が良いだろうから、構わないんだけどね。


それにしてもラナさん良い人過ぎて悪い人にだまされたりしないか心配だわ。


・・・さて、いちおう言っておくべきことは言ったし、ちょっと俺はラナさんを抱き枕に考え事をするとしよう。


ちょっと確認しておきたいことがあったのだ。


ズバリ、怠惰ポイントを消費してどういった技(スキル)が使用できるのか、ということである。


今のところ俺の発動したスキルとしては、「絶対防御」と「極大攻勢防御」、それから「完全治癒」に「生活魔法1”浄化”」の4つだ。


これらは俺が発動しようとして任意に発動させた訳ではなく、俺の無意識に追随し、自動的に発動したものだ。


なので俺としては、出来れば自動的に発動を待つのではなく、あらかじめどういったスキルを所持しているのか知っておきたいと思う。


そうすることで計画的に充電ができるからな。


計画なきダラダラはこの世に存在しない。


己を知り敵を知らば百戦怠けられるのである。


さて、そんな確信に基づき、俺はどんなスキルがあるのか確認しようと思考を巡らせる。


えーっと、確か怠惰ポイントの残量はそれを知りたいと、ある程度明確に思えばアナウンスが流れたな。とすると、スキルも同じかな?


俺は、怠惰ポイントを消費して使用できるスキルは? と思考してみる。


『怠惰スキルの一覧を表示します』


お、アナウンス来た来た!


声が流れた瞬間、俺の頭の中にズラリとスキルの一覧が現れた。


・・・いや、何だこれ?


読めるのは全部で9個だけで、そのうちの4つはこれまでつかった事があるスキルだ。いちおう全部に説明が付いてるな。うん、今まで使った奴は思った通りの解説ばかりだな。うん? なんか暗殺用っぽい攻撃もあるな。”魔人の波動”か・・・。物騒過ぎるな。恐らく使う機会はないだろう。


で、他にも一杯あるのは分かるんだが、全部ぼやけていて読めないぞ。どういうことだ?


俺が疑問に首を傾げていると、ご丁寧にもアナウンスが補足してくれた。


『怠惰レベルが上がると、使用できる怠惰スキルが増えます。現在、ミキヒコ様はレベル1です』


ふむ、盗賊たちを跡形もなく消し飛ばすスキルが使用できたが、あれはまだレベル1のスキルだったのか・・・。


確かにあのスキル、強力そうではあるが弱点もある。消費ポイントが多すぎて、すぐに打ち止めになる、ということだ。


出来ればそういった弱点を補う様なスキルが増えてくれると嬉しい。


たとえば、小さいポイント消費で発動できる強い攻撃などだ。


ああ、そう言えばそもそも怠惰レベルはどうすれば上がるのだろうか?


そう疑問を持つと、すぐにアナウンスが答えてくれた。


「決まった方法はありません。人として様々な怠惰(カルマ)を経験することでレベルがアップ致します」


なんじゃそりゃ!


・・・まあいいか。俺は別にゲーマーという訳でも無いので、特に深く探求しようとは思わない。


レベルを上げるために何か努力しなければならないとすれば問題だが、聞いたところ、とりあえず今のような自堕落な生活を続けていれば良いようだ。


それでその内レベルアップするだろう。


オッケー、だいたいわかった。スキルも今まで使用した4つ以外も書いてあるようだけど・・・、また今度ちゃんと読むことにしよう。


正直、今読むやる気は出ない。


努力は出来る時にはしない。追い詰められたギリギリの瀬戸際で行うのだ。これが俺の生き方である。


うーん、至言だな。


俺がスキル一覧を解除して、柔らかいラナさんの体を抱き寄せる。するとラナさんの方もしっかりと抱き返してくれた。うーん幸せ。


そして、深い深いまどろみにもう一度落ちて行く。


だが、そんな心地良い怠惰なる至福の時間を打ち砕く悪魔が、この時現れたのである。


「おい! ここに魔術師ミキヒコの泊まっているだろう!! 開けろ! カルインデ公爵様の息子、ジキトラ様が直々に用があって参られた」


そんな声とともに扉が激しくノックされたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る