第13話 森と嵐の前の静けさ

 店内の長椅子に座って思案に耽っていると死にそうな顔でこちらへ歩いてくる少年が通路の奥から姿を現した。


「あ、心廻!」


 今後の予定を考えすぎて、すっかり護衛対象のことを忘れていた。


「釜無さん……!!」

「いやホントごめん」


 怒りを滲ませながら自分を呼ぶ声に、釜無はばつが悪いので開口一番謝罪の言葉を口にする。わざと囮にしたことは別に反省してないが、普通に存在を忘れて放置までしてたら流石に自分のやらかしなので申し訳なくなってくる。長椅子の横に座らせて息を落ち着かせるとしばらくして心廻は口を開く。


「臓腐クロエに会いました」

「君も…いや、この場合『私も』か。私もついさっき、あの『死霊遣いしりょうつかい』に会った」

「!?大丈夫でしたか!?」

「多少争ったが特に怪我もない………が、仕留めきれなかった私の負けだな。言い訳のつもりはないが、足止め含め連戦で消耗しすぎた。もう戦えん」

「大丈夫じゃないですか………」


 心廻は自分はともかく釜無も遭遇したとは思わなかったらしく、彼は驚いて釜無が何処か怪我をしていないか何度も確認してきた。

 やめろ、その善意は今の私に少し効く。


「なに、次策はある。心廻、君は臓腐クロエに何かしら聞いているだろ?」


 良心の呵責に耐えられないので、話題を変える。切り出すのはクロエが去り際に言っていた事だ。自分に起きた事を当てられ驚いた心廻は、おずおずとポケットから今どき珍しい蝋封がされていた便箋を差し出す。


「………クロエ本人から聞いたんですか?」

「まぁね………招待状ってことは、察するにうるさい蝿は一纏めに一網打尽って魂胆かな?」

「あからさまな罠ですね」

「皆まで言うな。逆に考えれば今まで姿を隠してた奴があっちから顔を出してくれるってことだ。乗る以外ないね」


 釜無は受け取った便箋を片手でひらひら靡かせながら不敵に笑う。既に敗北の感傷など頭の中にはない。ふと改めて周囲に目を向ける。『神秘』の人避けは完全に効力を失い、ショッピングモール内は元の喧騒を取り戻していた。

 これこそが自分が守るべき景色、人の営みなのだ。釜無は改めてこれが自分の原初いきるいみなのだと胸に刻む。

 そんな様子に心廻は気づかぬまま中身の文書を読み、封筒の内容を伝えてきた。


「指定された日時なんですけど……明日です」

「平日だぞ!?」

「時間的に放課後なので大丈夫です」

「そ、そう………」


 クロエもその辺り気を遣ってきたのだろうか、……いや昼間では明るすぎるのか。

 あのアルビノ肌を思い出すと二月の冬とはいえ直射日光はきついのかもしれない。

 仇敵の生活が垣間見える、いまいち緩いやりとりに気が抜ける。


「あと、釜無さん……」

「ん、何だ?」


 だからだろうか、



 普段なら絶対応じない頼みを安易に引き受けてしまったのは。


 ───


「デートをしましょう」


 翌日の月曜日の放課後、校門前で伊豆ナズナがこちらの事を待っていた。彼女の突拍子のない発言に帰路に着く他の生徒達は、一瞬こちらを振り向くが足を止めるには至らなかったのか、すぐ前を向いて帰っていってしまった。


「……俺はそういうのが嫌いなのは知ってるだろう?」


 遠回しに否定の言葉を吐く。両想いか片思いかはどうあれ、仲の良い幼馴染として居心地の良い関係を失うことは嫌だというある意味で保守的、日和見主義な心廻じぶんの考えにナズナは百も承知の筈だ。6年前の事件の手前、人と深い関係になる事を怖がっているのは、彼女もある程度察して気を遣ってくれている。だがその気遣いは今日はないらしい。


「これから死地に赴くようなもんだし、後顧の憂いは断ち切っておきたくない?」

「それは……そうかもしれないけど」

「後生だからぁ~」

「死ぬ前提はやめなさい。いやほんと」


 そう、今から自分とナズナは、クロエが待ち構えているであろう場所へ赴く。駅とは遠く離れた街外れの邸宅、そこに彼女は居るという。その時手紙を一緒に読んだ釜無は現地で合流するとのことで今はいない。


「6年間仲良くというか、甲斐甲斐しく面倒見てあげてたわけじゃない?少しくらいご褒美があっても罰は当たらないと思わない?」

「…うぐッ」


 事実そうである。事件後の家族のいない孤独というトラウマは、立ち直った今でも思い出しただけで心が痛む。

 現在心廻は曲がりなりにも前を向いて生きていけるのは、ずっと傍で支えてくれたナズナのおかげだと言っても過言ではない。そんな彼女に何か恩返しするというのは至極当然なのかもしれないが……


、弱みに付け込んじゃったら、それはお互いを思い合う対等な恋人なんかじゃなくて、貸し借りの上でできた上下関係にしかならないよね」


 そう言うとナズナはあっさり引き下がった。自分が内心でわだかまっていた部分を完全に見透かしているのが分かる。分かったうえで引いてくれている。やはり彼女は良くできた人だ。自分にはもったいなく感じてしまう。それでも彼女は好意を示してくれている。ならば……


「うん、今はまだ駄目だ。でも好意自体は、そう言ってくれるのは嬉しいんだ。もし…もし俺が恩を返せたと思ったら、胸を張って対等だと言えるようになったら…」

。今はその時じゃない」


 折角の機会なので普段の感謝の気持ちを口にしようとした瞬間、急にナズナが真面目な口調で静止する。


「え?」

「言ってる事死亡フラグまんまだよ?最終決戦前にいつかの話をする奴なんて、呑気に自分は死なないと思ってる奴か、そのいつかが来ないと思っている奴ぐらいだよ」


 その何げない言葉は、誰にも言っていない心廻の胸中を言い当てていた。……ナズナ本人も知らない筈だ。だが彼女の言葉はこちらを心中を見透かしているかのよう思えてしまった。


 ────


 初めに思ったのは、普段とは違う道を通るというのも悪くないなと思った。

 クロエに招待された場所は学校を挟んで自宅とは真反対の場所にあった。だからか見慣れない街道は何だか冒険しているみたいで心がくすぐられる。


 違う道というのでふと気になった事を心廻に聞いてみる。


「心廻はさ、過去に戻れるとして人生やり直してみたいと思った事ある?」


 人生というのは選択の連続というの俗説らしい。そして己の選択を後悔し、あの時別の選択をしていれば良かったと悔やむ。

 心廻もそうなのだろうか、彼は保身的な人間だ。そしてそうなった原因は十中八九6年前の事件が原因だろう。事件前に両親を救えるなら戻りたいというのだろうか。それともその仇をまだ取れていないからやり直したくないというのだろうか。

 ナズナは生粋の人間ではない、未だこの人生は選択の道半ば。今が人でもたかが数年で人間ヅラするほど面の皮は厚くない。だから興味を持った、自分が人間になる理由となった少年はどう思っているか。知りたい、少しでも彼の心を知りたい。それはまるで初恋をした少女の様に焦がれていく欲求。

 隣を歩く心廻が歩みを止めた。振り返ると彼は口を開いた。


「俺は己の未熟な選択は心底呪うけど、不条理に対して何かに縋ったりしないよ」


 その顔に浮かんでいたのは、どこか強がった笑みだった。


「だから俺は人生をやり直したくはない。……それに過去の出来事を肯定するわけじゃないけどさ、それでも俺達の6年間を否定したくはないだろ?」


 あぁ、そうやって今を大切にする、受け入れてしまう。幸も不幸も自分の選択は後悔しない。……あぁ素晴らしいよ心廻、君は私の心をときめかせてくれる。

 けれど、だからこそ君は、自分で抱えて受け入れてしまうから。

 私は心配になってしまう。倒れてしまうのではないかと。

 だから、私達は助けたくなる。守らなければならないと思ってしまう。

 それが彼の決意を無為にしてると分かっていても。


「……今回の『聖遺物』は願望機なんだ。──それは誰にとっても甘美なものなんだろうね」

「?」

「でも、少なくとも私は願わないよ」


 自然と笑みが溢れる。彼の言葉を聞いてこう思わずにはいられない。


「艱難辛苦を乗り越えて、君と歩むのが至上の願い」


 それはもう叶っているから。


「だからきっと私もやり直す必要なんてないんだろうね」


 ───


 目的地の邸宅に着くと、入り口の門は既に空いていた。既に門前待っていた釜無と合流し、敷地内に入る。


「案外早かったな。もう少しイチャイチャしてから来ると思ってたぞ」

「そういうのは私達には無粋なんだよ、釜無」


 歩きながら気安げにナズナに声を掛ける釜無を見て、心廻は改めて彼女達が友人関係なのだと実感する。一回会った事があるとはいえ友達の友達と一緒になったみたいで、何だか少し気まずい。


 敷地内は門から邸宅までの道は。石畳が敷かれており、脇には低木が植えられている。まるで金持ちの洋館じみているが、通り道以外は雑草が生い茂っており、荒れ果てていた。

 三人はそのまま奥に見える邸宅まで歩く。敵地に乗り込んでいるという状況に否が応でも緊張する。手の平にジワリと汗が滲む。そんな心廻とは対称的に横を歩くナズナは以前入る前と変わらず余裕を持って気楽そうにしていた。釜無も緊張せずとも油断せず、周囲に警戒を配っている。その様子からナズナは釜無を信頼しているのが見て取れた。

 招待状で招かれたのは三人、些か心細くはあったが『願望機』がクロエの手に渡っている以上、変に刺激しない方が得策とのことだ。これらは事前に昨日の内に決めていた。

 所々道を阻む様に伸びる雑草を避けながら歩ききると玄関口にまで辿り着いた。


「ここにアイツが、───臓腐クロエがいるのか」


 これまで遭遇する事はあれど、自分から会いに行くというのは初めてだった。

 目の前の建物を見上げると見た目はレンガ調の洋館で、風化具合から築何十年も経っているのは容易に想像できる。周囲の葉擦れ音しか聞こえない静けさから廃墟というよりは歴史ある建物という厳かな印象を感じる。


「やぁ、待ちくたびれたよ」


 不意に声を掛けられた。声のした方へ振り向くと通り道からは死角となるで場所で手入れされた前庭が見えた。三人は無言で合図し、慎重に近づく前庭に入る。

 そこには男女の二人が丸テーブルに座っていた。片手を挙げて声を掛けてきた人物に心廻は驚き、釜無は顏を顰めた。ナズナだけ初対面なので頭に疑問符を浮かべている。


「随分、いちゃいちゃしてから来たんだね」


 そこにはケイトとドミニクが優雅にティータイムと洒落込んでいた。


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