第12話 Fight! & Tight Time !
このメモを見ている貴方は、事件の中で私の身に何かあって託したか、それとも
用意周到な私なので、この事件について大体の事は書いてあります。知り得た事を好きに利用しても構いませんが、ただ先に一点。
────私の邪魔はするな
この一点において故意でも過失でも、私は全身全霊全機能をもって排除すると宣言しておく。全機能は全機能だ。邪魔をした瞬間、その日をもって貴方の命日とさせてもらう。
さて前置きが長くなりましたが、この『願望機』と呼ばれる『聖遺物』を巡る事件について話そうと思います。
雑多な事は文末に箇条書きで残しているので、大事な事だけ先に。
この騒動の犯人、そして『願望機』の所持者は恐らく、というかほぼ確実に「臓腐クロエ」、彼女の仕業です。臓腐クロエ個人についての詳しい情報は私の事情で話せません、邪魔をするなとはこのことも含まれます。悪しからず。
ただ、これだけだとこのメモの意味がないので、一つ彼女に挑もうと考えるなら忠告ぐらいはしておきましょう。
彼女は戦闘面においてかなり強い。倒せるとしたら『鎌持ち』の『死神』か……万全な私の友達がワンチャンスあるかぐらいです。
────ともかく臓腐クロエへ挑めても勝機は極めて低い。『願望機』が欲しいかもしれませんが諦めてくれると嬉しいです。貴方も彼女も無駄に不利益を被らずに済むはずです。
────
先日、伊豆ナズナから受け取った(正確にはスマホで撮った)メモを思い起こす。
端の方に走り書きで「椎可へ」と後から書き加えられていたが、忠告が主な内容的に、元々自分に渡すつもりだったのかもしれない。
「……もう私一人じゃ倒せないだろうな。予想以上に消耗した」
釜無は今しがた倒した二人の間を抜け、ボタンを押してエレベーターホールを後にしながら一人呟く。
「……足止めとはいえ、二人掛かりで負けた相手として、評価が『予想以上に消耗』程度とは、こちらの立つ瀬がないな」
ボロボロで指一本動かせないのか、大の字で倒れたままケイトが悪態をつく。付近のガラスや石タイルは割れ、荒れ果てた状態となっていた。少し離れた所ではドミニクが横たわっており、こちらは完全に気絶している。服はズタズタになるほど切り裂かれており、至る所で血が滲んでいた。
「しかし疑問だな。君は彼女等のような少女たるものではあるまい?ならばここまで骨身を削る動機が気になってくる」
「…………」
二人きりの少女達、姦しさを感じるには些か荒れ果てたエントランスホールが静寂で包まれる。
「………人の世の乱れは正さなければならない。誰が何と言おうと、願おうと」
返事を待たずに釜無は到着したエレベーターに乗り込んでいく。すぐに扉は閉じられ、静まり返ったホールで少女は一人となる。ケイトは天井を見つめたまま独りごちる。
「…………ハハッ。難儀な奴だ、今時にしては生真面目すぎる」
人でなしが人助けとは甚だ可笑しかった。
「まぁ馬鹿にはしないさ、笑わせてはもらうけど」
そんな事を思いながらケイトは
────
エントランスホールにて少女が二人向かい合っていた。
片や一人は長く真っ直ぐな黒髪をローポニーテールで纏め、大きめなシャツにパーカーを羽織り、モデルのような長い足にタイトジーンズとブーツがよく映える、外見年齢二十歳行くか行くまいかに見える大人びた少女。
片やもう一人は黒髪を対比するかのようにウェーブがかった長く白い髪、煌々と燃える炎のような瞳と同色の赤い長袖ワンピースにブラウスを羽織り、すぐに手折れてしまいそうな儚さと共にどこか浮世離れな印象を持たせる外見年齢十代前半に見えるあどけない少女。
人気が無く静寂が場を支配する中、少女達は相対する。お互いに初対面、しかし正体など尋ねずともその身に纏う『神秘』が雄弁に語る。
先に口を開いたのは黒髪の少女、釜無椎可は目の前の人物、白髪の少女、臓腐クロエへ邂逅改め、開口一番に宣言する。
「この『聖遺物事件』の犯人とお見受けする。恨みはないが、人の世に『願望機』の妖光は過ぎたるもの。人々を狂わせる『聖遺物』を即刻破棄させてもらう。それが木端な鎌無しの死神なれど、正しい行いであると信じるが故に。それでは改めて名乗らせてもらおう。釜無椎可改め鎌無しの
手斧を前に突き出し宣戦布告をする釜無に合わせ、クロエもまた名乗りを上げる。
「驕りの毒を捨てきれず、傲慢の果てに腐り落ちた我が名は臓腐、
────二人は告げる、容赦なく。
────二人は告げる、躊躇いなく。
────殺す為の祝詞をあげる。互いに敵だと認識した相手を排除するために。
両者はほぼ同時に動きだした。釜無は手斧を振りかぶり、クロエは己の影からゾンビを呼び出す。影から這い出てきたゾンビ達は、斬撃の行く手を阻む。盾となった一人のゾンビが容赦なく叩き潰された。
だが意思のないゾンビは怯まない。主の命に従い釜無へ襲い掛かる。釜無は仕方がないので、クロエへの接近を諦めて切り返しで他のゾンビ達を突き飛ばす。叩きつけられた手斧の衝撃でゾンビ達の人の痕跡であった肉片が周辺へはじけ飛ぶ。
釜無は表情を変えず、そのまま何度か切りかかる。しかしその度にゾンビの肉片は弾け飛ぶ。ついにはエレベーターの扉にまで飛び散り、血の跡を僅かに残し地面に落ちた。割り切っているとはいえ故人の尊厳を踏みにじる光景に釜無は顔を顰める。その様子にクロエは声を掛ける。
「容赦がないね、余裕がないから?────それとも不快かい?私も嫌いだよ。生者も同じくらい嫌いだけどね」
「そんなこと言っても『
「死者が駄目なら生者を弄べば良かったかな?私はそれこそ人の生に不誠実だと思うけどね」
そのままクロエが指揮者の如く腕を振るうと、倒れ伏した死体が再び動き出す。糸に釣られた人形のように、折れた骨をそのままにして釜無へ襲いかかった。数秒前と同じ光景が繰り返される。釜無は躊躇なくそのまま手斧を振り下ろした。
「生者は嫌いなんだろ?どっちみち無理だろ」
「それが案外そうでもないんだ。好きじゃなくても一緒に居られるし、嫌いでも世話を焼いてあげたり」
「……心廻の事か?」
釜無は「『
思えば謎であった。何故心廻なのか?人を弄び、死者を操る
───
───『遺人』である事を知られた口封じの為?……否、それでは心廻が生き残っている理由がない。
――─なら殺せない理由が、もしくは最初から心廻が目的だった?……仮説の域を出ないが、それならば辻褄が合う。心廻には隠された秘密がある?
「……殺し合い中に考え事?生きた心地がしなさそうね」
一瞬、真実を辿り着きかけた疑問符は、耳元で囁くクロエの声に中断された。釜無が何度も復活するゾンビを倒す中、思考に意識が引っ張られた一瞬の隙を突き、クロエは釜無のすぐ目の前に接近していた。反射的に腕を引き戻し、強引に手斧を振りかぶる。襲い掛かる斬撃をクロエは数歩だけ下がり、ことも無さげに避けてみせた。
「悪いがそうでもないな、死神は死ぬ心地をよく知ってるからな」
釜無は危なかったと内心冷や汗をかくが、表には微塵に出さず余裕ぶる。
油断が過ぎたと、すぐに余計な思考は排除し目の前の戦闘に集中する。今必要なのはクロエをどう倒すか、ただ一点にのみだ。
この戦いはお互い予想外の状況だ。連戦で消耗しているとはいえ、こちらは奇襲に近いかたちで戦えてる。
ケイトが使った『
お互いそれを把握しており、釜無は
次の一手で勝負を決める。互いに同じ結論へ達した瞬間、同時に動き出す。
「死すべし!」
「死なないね!」
殺意を乗せ釜無は手斧を振り上げ襲い掛かる。それに対してクロエはゾンビ達を再び復活させ、物量で応じる構えをとる。
「ッ!?」
クロエにとって予想外の事が起こった。使役しているゾンビが動かない。驚愕する少女に目を向けたまま釜無は薄い笑みを浮かべる。阻むものはなく、刃はそのままクロエに柔肌目掛けて鋭い刃が叩きつけられた。
切り札によって振り下ろされた手斧の肉を断つ感触が武器越しに感じる。しかし途中で肉を断つ感触が唐突に消えた。抵抗するものが無くなり、まるで空振りしたかのように斬撃は空しく空を切る。
「なっ!?」
今度は釜無が驚愕する番だった。目の前にいたクロエが消えている。さながら瞬間移動をしたかのように。いや事実として本当に瞬間移動をしていた。
渾身の一撃だった。『
『遺人』は『神秘』を備えていても、肉体的にはただの人だ。
本当は、釜無自身の『
そこまでは良い、良くはないが読み合いは
だがその躱し方が問題だった。
『神秘』において「瞬間移動」の定義とは言葉通り「瞬時に間隙を縫い移相へ動く」、物質を分解、移送、再構築を一瞬で行うことだ。存在の核を肉体に帰依せず、『神秘』そのものに宿していないと実現できない最上級の超常現象。
同じく人を転移させるケイトの『
「瞬間移動」は、準備を擁さず効果減衰もしない。加えて肉体の連続性、周囲との相対性も保持されない。つまりは「どこにもいてどこにもいない」あやふやな存在になる事を意味する。
それはまるで人々が存在を信じても実存を証明できない神のような規格外と同義だ。
臓腐クロエは『神』の存在定義を満たしかけている。
「……馬脚を露したな。こんな芸当できるなら『願望機』を持っているのは確定だ。どんな願いを願ったか知らないけど、碌でもなさそうのは確かだな」
「『馬脚を露した』って、……ゲホッ、さっきも聞いたなそれ」
クロエは元居た場所から数メートル離れた位置で膝をついていた。肩口から胸にかけて切り裂かれており、それを反対側の手で押さえている。釜無の攻撃を途中で避けたとはいえ、息を荒くし苦しそうに顔を歪める。神がかりな能力だが、まだ肉体への負担が大きいらしい。瞬間移動の芸当ができたのに、傷の治癒はせず裂かれた肌はそのままで最低限止血のみされていた。
追撃しても良かったが釜無は念の為、瞬間移動による不意打ちを警戒して迂闊に近づかず観察に徹する。
お互いが静止し沈黙するの中、遠くから人々の喧騒が聞こえてきた。人払いの効果が完全に消え、慌てたスタッフや混乱した一般客が集まって来ているようだ。
「確かに碌でもないかもね……でも、だからといって貴女に殺されてたまるもんか」
クロエは膝をついたまま、釜無を睨む。その姿と敵意に釜無は儚げな目の前の少女が油断ならない手負いの獣に見えた。
「………まさか、まだ続ける気なのか?」
「……いや潮時だね、こんなの私からしたら不毛だもん」
クロエは敵意を向けていた視線を外し、ふらつきながらも立ち上がる。そして釜無に背を向けながら歩きだす。
「それでも……それでもこれを続けたいなら心廻と来なよ。私は逃げも隠れもするけど自分から招待したなら、ちゃんと出迎えるからさ」
じゃあねと最後に別れの言葉を口にすると、次の瞬間クロエの姿は消えていた。ゾンビ達もいつのまにか飛び散った血肉共々消え去っていた。
そして残ったのは釜無自身が付けた傷跡だらけのホールだけだった。
────
今回の遭遇戦は釜無にとってほぼ負けとも言える、痛み分けといった内容だった。こちらは連戦で消耗し、クロエも隠していた願望機の所在が露呈させてしまった。しかし同時に神クラスへと存在が押し上げられたクロエとこのまま戦っても負けは必至だっただろう。
ナズナの言っていた事が分かった。
死神は不死に対してのマストカウンターだ。それ故、志願したとはいえ上から自分は派遣された。たとえ神クラスでも本来なら打倒しうるぐらいには有利な相手だったのだ。
しかし死の神として鎌持ちの称号を得ていない
それに連戦でかなり消耗してしまった。
『神秘』の回復には時間がかかるため、もう次からは勝負になるまい。
不死にとどめを刺すだけの余力はあるが先ほどの大立ち回りはもう無理だろう。
────まぁ、いいか。
釜無は自身の敗北をすぐに割り切る。余力が無いなら無いで次策を考えるまでだ。
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