第10話 Don't shopholic .
翌日のお昼過ぎ、心廻は駅前の広場にいた。待ち合わせ場所のすぐ隣には本日の目的地であるショッピングモールがありそこから吹くビル風のせいか風が冷たく人通りが少なかった。余談だが前日に観た映画館もここの駅前モールにテナント併設されている。
「……落ち着かない」
この時の心廻の格好は暖房が付いているであろう屋内の買い物に備え、ラフな格好に邪魔にならない程度に厚いコートを羽織っていた。しかし完全防備ではないせいか少し肌寒く、今から会う人物に対する緊張も相まってか心なしか身体が震えていた。
「予定まで後少し……」
どうせなら屋内で待ち合わせたかったが本日の待ち合わせ人である
「おい、ナズナのお目掛け!」
そんなことを思っていたら、突然駅前ロータリーから声を掛けられた。声がした方に振り向くと車が停められており、運転席の車窓から1人の少女が顔を出していた。黒髪をローポニーテールに纏めて先日と同じパーカーを羽織っている。服装といい、言葉遣いといい、男勝りな性格な人間は思い当たるのは一人しかいない。
「悪い、待たせたな。昨日ぶりだが改めて、あたしが釜無、
声を掛けてきたのは待ち合わせ人兼伊豆ナズナが着けた護衛、釜無であった。
「どっどうも、こんにちは。僕は
未遂とはいえ初対面で殺されかけた心廻は、お目掛けという言葉にも反応できず、勢いに押されて普通に返事をしてしまった。そんな萎縮した心廻に構うことなく釜無は、助手席の方を指しながら要求する。
「ん、早速で悪いが乗ってくれるか」
「え、でもショッピングモールはすぐそこですよ?」
「駐車場が分からん」
「アッハイ」
普通、大きめなショッピングモールで駐車場が分からないなどあるだろうか?などと疑問に思うものの口には出せず、「土地勘なければそういう事もあるか」と心廻は自分を納得させ、そのまま流されるように助手席に乗ってしまった。
────
「あ、あの道こっちじゃないです」
異変にはすぐ気づいた。駅前ロータリーを出て、ショッピングモールの外周をぐるりと一周するのかと思ったが、車は向かう先を反対に曲がり、モールから背を向けて走り出してしまった。このままでは買い物どころではなくなってしまう。
「そうだな」
だが当の本人は何も問題ないかのように、運転し続けている。この時心廻は、今車の中は自分と釜無しかおらず、車内なので逃げ出すこともできない状態であると気づいてしまった。助手席から飛び降りようにも事故防止の為のロックが掛かっており、というか危険なのでそれは最終手段だとして、今心廻は生殺与奪を握られている事実に言い知れぬ恐怖心を募らせた。無音の車内に耐えきれず、思わず固まった思考で尋ねてしまう。
「ええと、最初に聞きたいんですけど、その釜無さんは前みたいな事をするつもりはないんですよね?」
「安心しな、お前はナズナのお目掛けみたいだからな、手を出して痛い目みるなんてこっちも願い下げだよ」
「そ、そうですか……」
伊豆ナズナのことを全て知っているなどと豪語するつもりは無いが、かといって心廻が知っている普段の姿から考えると、この手斧で軽々とゾンビを一刀両断した人物をして痛い目を見ると言われると、想像の埒外。元が付くとはいえ本当に『神様』として格の高い人間だと否応なく実感させられる。
安全が保障されたことにホッとしつつ、色眼鏡を掛けて友情に罅を入れないようにしようと肝に銘じた。だがそれはそれとして昨日の今日でなんだが遠い存在になってしまった幼馴染に寂しさを感じてしまう。
「あと、すぐ駐車場まで行っても良いんだが、今の時間はまずい。モールの昼過ぎなんてどっちみち混んでるだろうし手前勝手だがとりあえずドライブと雑談につき合ってくれないか?こっちには話したいことがあるしな」
釜無が言った「今の時間はまずい」といのは、ただの人間である心廻にはいまいち分からないながらも、別に急ぎの買い物でもないので了承する。そして別に知っておかなければならない事の方は、何となく察しがついたので先んじて言っておく。
「この街にある『聖遺物』の件と『神秘』のことなら多少ナズナから聞きましたけど……」
「その二つの件は、そうだろうよ。自衛の為に知っておくべきことだ。あたしらの事についてどこまで言ってるか知らんが、伊豆ナズナ自身の事については、話は別だ。アイツは身の上の話などしないだろ?」
「……いえ、『元神様』だとは聞いてます」
「ふむ、それは意外だな。あいつのお目掛けというのは本当らしい。いらぬお節介だったか」
ばつが悪そうにポリポリと頭を掻きながらハンドルを握る釜無の姿に昨日の覇気はなく、心廻には服装も相まってただの男勝りな女子大生に見えた。
「なら要らぬお節介のついでだ心廻。何故ナズナはその事をお前に教えたのか、その意味を考えとけ。後悔したくないならな」
まるで何てことないように言ったその言葉は、心廻には何てことないとはいかず、一瞬思考がフリーズする。それを言った
「それって、どういう意味で……」
「そのままさ」
それ以上彼女は何も言わなかった。さもそれはまだ語るべきことではないとでもいうように。
────
淡々と道路の車内は言葉一つ無く、その空間の中で心廻は悶々としていた。釜無に指摘されたナズナの言葉の意味。単純に考えるならそれは秘密の暴露だ。昨日、ナズナは自分と同じ人間ではなく、それは今までの大切だった心廻との友情を決定的に変えるかもしれない秘密で、それを告白したというのは……。そうだ、伊豆ナズナは『神秘』を告白した。『神』の『秘密』を告白した。6年間自分に気取られないようにひた隠し続けたかった心を。
だがそれは破られる。ゾンビによって、『聖遺物』を巡る事件によって。
だから伊豆ナズナは亥飼心廻を信じた。これまでの友情を、培ってきた6年間は失われることはないと。ならば信頼、そう信頼であって応えるべきなのだ。
心廻は両親の死をきっかけに、失う事を極度に恐れる保身主義の小心者だ。
だが友情を託されたならば、心廻も友情を、信頼を返さなければならない。例え、伊豆ナズナの友情を失う様な事が起きようとも、信じなければならない。これは友情だけでなく負債、借りでもある。釜無はこのことについて念を押したかったのか。
「俺は、ナズナに掛けた迷惑の対価を近いうちに払わないといけないんですね」
「……知ったからには事態が動く、お前の為にナズナが無茶をする。無茶には必ずしっぺ返しが来る」
「なら俺がっ、!」
「だからと言って自分が『聖遺物』を見つけ出そう。だなんてお前が無理をする必要はない。何が必用なのかは自ずと分かる」
釜無の忠告は、心廻の心に重く響く。沈んだ心に引きずられ視界が暗く落ち込む。自分は巻き込まれた側だ。しかし喪失に怯え甘んじてはならない。自分を救うために既に対価は払われた。ならば心廻も対価を払わなければならない。対等でなければ信頼そのものが失われる。だが、成すべきことなど分からない、分かるはずもない。
「そんな時は、来るでしょうか?」
「意外とすぐ来るもんさ。ほら」
いつの間にか、ショッピングモールの地下駐車場に着いていた。周りが暗く見えたのは、気分のせいだけではなかったらしい。普段は電車を利用している関係上、そうそう訪れるものではないので気が付くのが遅れた。
「さしずめ用事を済ませようじゃないか。明日を迎えるしても備えなければ、立ち行かない」
────
買い物はつつがなく終えられた。とりあえず緊急時何があるか怖いので保存食を気持ち多めに買っていた。
普段からナズナに何かと世話になってるのであまり実感が湧かないが、一応天蓋孤独の一人暮らしの身だ。料理はこの6年で覚えた。いや最初はナズナに教えて貰ったんだったか。
しかし今回は食材だけでなく買う物が多い。次は生活用品のコーナーかな?と店内を移動する。
「これだけで良いのか?」
「一人暮らしなので。それこそ釜無さんは何も買わないんですか?」
「基本外食か買い置きだな。料理ができん。捌くのはできるんだが、逆にそれ以外てんで駄目だな」
「そうなんですか。…………あっ」
この時には、既に心廻は道中の成り行きで釜無との緊張による壁が少しずつは解けてきていた。ぎこちないながらも話をしていると通りがかりにふと、何てことないペットショップが目に入る。
ペットショップの入り口には、通りに向かってショーケースが並べられており、その中に様々な種類の小動物が各々くつろいでいた。
心廻はその中である子犬が目に入った。想起されるは6年前の更に昔の記憶。毛色が似ていたせいか、かつて家族で飼っていた犬を思い出す。
……そう昔は親が居なくてもいつも一緒にいた家族がいて、何処に行くにも三人で遊んで……三人?自分と愛犬とアイツがいて……
懐古と共に目の前の子犬を通して、急に昨晩では思い出せなかった記憶がフラッシュバックした。チャンスだと擦れた記憶を掘り起こそうと縋る思いでそのままかの犬の最期を思い出そうとする。しかしそのフラッシュバックは一過性のものでそこに関しては昨晩と同じく、いくら辿っても思い出すことは叶わなかった。
気がつくといつの間にか少なくない時間を立ち止まっていた。黙って待っていた釜無に詫びねばと心廻は振り返って声を掛けた。
「急に待たせてすみまっ……なっ!?」
しかし振り返ると誰も居なかった。目を離したのは数秒の事だ。なのに置いてあった荷物はそのままに忽然と釜無の姿は消えていた。慌てて周りを伺うが、それらしき人影は見つからない。というより周りに人の気配がない。駅横の大型商店なので客が居ないというのは考えづらい。喧噪も無く店内放送がただただ鳴り響いているのが不気味で、心廻はこれはただ事ではないと感じるにはあまりある状況だった。
人がいない空間にデジャヴを感じる。そう具体的にはつい昨日の帰路でゾンビに襲われた時だ。あの時もどんなに走って助けを求めても人っ子一人いなかった。
「ハァッ、ハァッ……!」
目の前の非現実に、自然と呼吸が浅くなる。前回とは違いこれは『神秘』による異常事態なのは分かっている。ゾンビも見当たらない。ならば『聖遺物』と呼ばれるモノの諍いに関係している何かだ。落ち着け。まずは息を吸って落ち着かなければならない。
「…………ッ!!、……ァ!……ッ……!」
しかし意思とは反対に身体が言うことを聞かない。得体の知れない状況で今度こそ死ぬかもしれないという根源的恐怖は、トラウマを刺激し身動きが取れなくなってしまう。肺が僅かな酸素しか取り込めず、次第に酸欠で力が入らなくなる。とうとう膝をついて倒れそうになるのを手をつき四つん這いの姿勢で何とか耐える。余裕も無く無防備な事もお構いなしで何も考えず地面だけを見てじっとする。恐怖で体が動かないなら恐怖などないと現実逃避で体を無理矢理安心させる。
しばらくそうしていると誰かが近寄ってくる気配がする。少なくともそれは規則的な足音であり、ゾンビの特有の引きずる音ではなかった。孤独から解放された安心感からいくらか体が活力を取り戻す。
「大丈夫?」
近づいた何者かは、此方を心配するような声音で訊ねた。ほら見ろ、人はいた。さっきのはタイミングが悪かっただけだと思いながら、最初よりはマシになって取り戻した活力を使い、顔を上げる。
「良かった、助かっ……!?」
いくらかマシになった身体が今度は違う意味で固まる。
「やぁ、こんなところで会うなんて奇遇だね」
そこには、長く白い髪に赤い瞳で自分より幼い容姿の少女が立っていた。否、そこに立っていたのは臓腐クロエであった。
「!!?」
「随分顔色が悪いね。真っ白過ぎて私の髪色といい勝負できそう……なんていうのは流石に言い過ぎかな?」
絶句した。彼女とは一回親しく話した程度だが、その本質は『神秘』を操る『遺人』にして死者を操る『
瞬間、憎悪で死に体だった体が熱くなる。他に聞くことがあるのに、血が上った頭で碌に考えもせず、開口一番で本題に入る。
「君が……いや、お前が俺の両親を殺したのか」
これは、心廻にとって最優先に知らねばならない事だった。自身を形成する部分が歪んだ原因、6年前の事件を。最愛を奪われた少年が、失う事を恐れ変化に怯える様になった原因を。伝聞ではなく本人から問いたださなければならなかった。
「そうだよ、君の両親は私が殺した」
この時、亥飼心廻は臓腐クロエを復讐すべき敵だと判断した。
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