第9話 Don't look yet.
私と心廻は改まって話をする事にした。まずは私が神様だったことをお茶を注ぎながら話す。心廻が気絶してた時間は短かったので湯呑から湯気が立つぐらいには温かかった。
「元神様って言っても実際には何やってたの?」
「社会の歯車ならぬ神秘の歯車をやってたよ……」
神として執り行っていたことについてはあまり話したくないので、何をしていたかについては、あえてぼかして話す。伝えなくていい事だし、心廻は余計な悩み事を増やしたくない。
「私の正体は、神様だったのが人の身に堕ちたというか、任期満了で神様辞めて晴れて自由の身で人に成ったというか……」
「……神様って任期制なんだ。というか仕事なんだ……恒久的使命とかじゃないんだ……」
「働かないといけないのどこの世も同じなの。だから今はある種休暇ね、人の人生を送る。それが私が選んだやりたいこと」
「人生がやりたいこと?えらく抽象的だけど具体的にはなんだよ」
その質問にドキリとする。話を逸らすことに頭がいっぱいで「恋をした」という最大の秘密を当人に聞かれてしまう。人の身になって遅くなった自分の思考能力の迂闊さを嘆きたくなる。一瞬が固まってしまったが湯呑に残った茶を啜って誤魔化す。一息入れて心廻を見ると不審がる様子はなくお茶をちびちび飲んでいる。
「全身全霊に生きる。神の使命とか責任とか『遺人』とも関係なく、ただの人として自分の意思で選んで恋をして働いて死ぬ。私は私として生きたい」
「……ふーん」
……噓は言ってない。私は私として生きるに、「心廻に恋をしたから、好きだから」とは言わない。まだその時ではないから。
そんなことを考えてると顔が赤くなってないかドギマギする。誤魔化すようにお茶を一気に飲んで熱がるふりをする。しかし此方の内心にはちっとも気付かなかったようで、心廻は神妙な顔で聞いている。
「あれ?でも俺が
「腐っても元神だからね、人の身だけど『神秘』の使い方は覚えてるから、身体に負担が掛かって頻発はできないけど緊急時には無茶を通せるよ」
「そういうものなんだ…あとついでだから聞くけど、その『神秘』ってやつ俺にも使えないの?」
「使えるから『遺人』と呼ばれてるの。『人に非ず』という意味でね」
そういう意味では、そう私は本当の意味で人に成れてない。いざという時、神秘に縋ってしまう今の自分は、あくまで人のふりをした人もどきなのだろう。人の人生など片腹痛い、しょせん私など滑稽なままごとにすぎ……
「なるほど、免許証持ってないけど、運転の仕方は覚えてるって感じか」
「……その例え、まるで私が無免許運転してるみたいに聞こえるからやめて!」
流石に酷すぎたのでツッコんだ。
────
「そういえば犬のゾンビとかはいないのな」
「出来はするけど、今時衛生面の問題で火葬でしょ?ペットもそう。野良犬ならいざ知らず。わざわざ探すくらいなら、土葬が残ったこの街で人の墓を荒らした方が割に合うんじゃない?ただの予想だけれど」
ナズナの説明を聞きながら心廻は何故か臓腐クロエ、彼女の姿を見た時、事件が起きる前、家族で飼っていた犬を思い出した。だが何故それを思い出したかは分からない。失われた記憶の中にその姿があったのだろうか。そういえば名前は何だっただろうか、かなりの老犬だったから事件とは関係なかった筈なのだが。
ただ何故だろうか……その犬の事を考えるとひどく悲しい気持ちになった。
(きっと大切だったのに名前も思い出せなくなってるからかな)
正体不明の悲しみを心廻はそんな理由で自分を納得させる為にナズナに入れて貰ったお茶を一気に飲み干す。喉の熱い痛みを我慢しつつ急須の中身を除くとまだ残っていたのでお代わりを注ぐ。すると考え込んでいたナズナは何か思いついたのか顔を上げる。
「……そうだ、土葬というのは本来死体が腐ったりしてよろしくないから自然に、少なくとも日本では淘汰された筈。けれどこの街でわずかでさえ土葬の文化が残っていたのは、衛生的に土葬しても問題ない方法が開発された土壌あってこそ。なら逆説的には、その死体を使わないとクロエ本人もこの街の人間の死体以外迂闊に触れない……と思う。あくまで一般的な考えだけど」
犬から想起した自分の思い付きに対して、ナズナは真剣に推測していた。その姿になんだか申し訳なさを感じたので、心廻は『神秘』に対してド素人ながらも一つ疑問が浮かんだのでとりあえず聞いてみる。
「『死霊遣い』なら死体を扱う以上、病原体との扱いに長けててそれこそ影響を受けないとかじゃないの?」
「『神秘』で人を殺せるプロだからって、逆に人を生き返らせられるという訳じゃないの。『死霊遣い』でいうならゾンビを作れても、元となった死体そのものの悪影響を受けないというのは無い……はず」
「やたら推測が多いね」
「希代って言った通り、本当に稀な存在なのよ。能力は知ってても、それがどれだけ磨かれているのか当人に寄るところもあるし」
『神秘』というのは現代の科学では証明できない超常現象だと言う。その数少ない世紀のオカルトの中の更に希少な存在……希少を重ねすぎてマトリョシカみたいになってるな。
(というか何故ナズナは人殺しに例えたのだろう?)
この時はまだ心廻は気づいていなかった。それはナズナにとって最も慣れ親しんだ行為であり、とっさに浮かんでしまった悪しき経験則だということを。
伊豆ナズナの神としての権能は『人殺し』、人生の任期が終わった人間を殺す役割を担った神である。
人は死ぬ、死ななければいけない。そうしなければ存在が終わらない。死は人としての存在の終着点、区切りを意味する。ならば死ななければどうなるか?簡単だ。死なない人間は人間ではない。死ねなければ人としての存在が歪んでいき、人間性は消える。そうなったら文字通り消滅する。科学の発展で監視社会となった現代でも未だ行方が知れぬ者が出続けるのにはこういう原因があった。だが稀に消滅しない者も存在する。それが『遺人』だ。ごく僅かでも『神秘』を備えた人間はその『神秘』ゆえに、人として死なない奇跡を起こし『遺人』となってしまう。
それを取り締まるのが「神」と呼称される『神秘』。人殺しの管理機構。超常を阻止するため超常をもって骸と成す。それが伊豆ナズナが賜った権能、
(まぁ、俺も免許もってないのに無免許運転で例えたから似たようなもんか……)
そんなことを話してるうちに、いつの間にか減っていたのか湯呑をあおっても、中身は空だった。
────
「そういえば明日はまだ休みだけどどうするの?私としては、できれば大人しくしてて欲しいのだけれど」
当初『死霊遣い』の話だったのにだらだら続けているとどんどん話が脱線し、他愛もない話題が続いた頃、思い出したかのようにナズナは言った。そういえば一回家に帰った時、食材とか生活用品無かったな……なら、
「買い物に行こうかと、ゾンビと釜無の件で今日行けなかったし」
「……代わりに行ってこようか?」
「流石に悪いよ」
その言葉にナズナは、露骨に嫌そうな、というか「大人しく言うこと聞いてくれねえかな」という感じで顔をしかめる。
「宿題とかは?結構あったと思うけど」
「もう終わってるよ」
「ですよね……」
悪いが学校の課題ってなんだか負債みたいで嫌だから出来るだけ早めにやる性分なんだ。まぁ、ナズナにも言ったことあるし粗方予想してただろうけど。
「……しょうがない、明日
「……え?」
ここにきて予想外の人物の名前が挙がる。
「今日殺されそうになった人と一緒に買い物に行けと?心配ならナズナじゃ駄目なのか?」
「私は準備があるから無理」
準備とは何の事だろうか?……まぁおそらく俺という被害者が出た以上『聖遺物』の所在を一刻も早く見つけたいのだろう。何か問題があるのなら根本的要因から解決に向かうことは、別におかしなことじゃないし。しかし……
「大丈夫、彼女は強いし気の良い子だよ。仲良くなれるって」
ナズナは笑いながら簡単そうに言う。こっちの気も知らずに。言いたいことは分かるけどさぁ、分かるけどさぁ!
「殺されかけたんだって!そんなの明日絶対気まずいじゃん!」
殺し殺されかけた男女がほぼ初対面で一緒に買い物に行く。想像するだけで地獄である。だがどうにか回避しようとどんなにアレコレ熱弁してもナズナはカラコロと笑うだけである。
「フフッ、でも分からないよ?もしかしたら惚れちゃったりして?」
「無いね」
「だろうね。けど多分、というか確実に明日も何かあるから我慢して」
直前までの笑顔の雰囲気など欠片も無い真剣な表情で、強めの語気でそう警告されてしまう。「明日何かある」、こちらが我儘を言ってる手前、そう断言されては何も言えなかった。
「分かったよ」
そうして長い食後の団欒は終わり、すっかり冷えてしまった茶器を片付けお開きとなった心廻はすぐお隣である家に帰り、手早く準備を済ませ床に就いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます