第8話 remember又は物思い

 臓腐クロエ、名も知らない唯少し仲良くなった行きずりの少女。白い髪と赤い目が印象的なアルビノの少女。彼女が、


「父さんと母さんを……殺した犯人……」

「心廻どうしたの……心廻っ!?」


 何故?という疑問と共に間髪入れず視界が揺れる。思考が撓む。脈がどんどん速くなり、息が苦しくなっていくのを感じる。失われた筈の記憶が止めろと必死に警鐘を鳴らす。後悔するぞと覚えのないトラウマが刺激され吐き気を催す。

 どんな事実でも知りたいと堂々啖呵を切って、いざ記憶が呼び起こされかけたら、この醜態ザマで情けなくなってくる。ある程度覚悟していた意志が、現実という牙に容易く砕かれていく。


「落ち……て、心廻っ!…貴方…!息……ない…!!……ッ………吸……!」


 まともに肺が酸素を取り込めず段々と気が遠くなる。酸欠で薄れゆく視界にナズナの声が何処か遠くに感じる。ナズナ本人にも聞きたい事が沢山あるのに、元神がどうとか、『聖遺物』の事とか……しかし視界は暗くなっていく。それよりもまず思い出す事があるはずだろう?と迫られる。

 耐えようとする意思に反して身体は限界を迎え、無情にも俺の意識は途切れた。


 ───



 朧げな意識は夢へと誘われていく。目の当たりにした現実から逃げる為か、もしくは埋もれた真実を思い出す為に。



 夢を見ている。両親が生きていて、幸せだったと思い出せる数少ない幼少の記憶。だが今回は様子がおかしい。

 倒れた身体が動かない。それに周りで何かが争うような音も聞こえ、ただならぬ様子が伺い知れる。どうやら今はかつて両親と暮らしていた家のリビングにいることは把握できた。

 第三者の視点から見る夢をそう分析しながら自身に意識を向けると、夢の中の心廻は目が覚めたばかりの様で、霞む視界の中、必死に物音がする方に目を向けていた。しかし一向に力が入らない身体と奮闘し、しばらく時間を食ってしまう。いつしかぼやけた視界が収まったのを気付いた頃には、物音も収まっていた。焦りながらも心廻は必死に首を巡らせ周りの光景を遅れて目にする。



 それは幸福な夢とは真反対の光景だった。



 両親が血塗れになって倒れている。引き裂かれたカーテンや倒れた家具の散らかり具合からして争った様子が見て取れる。

 二人の無残な姿に悲鳴を上げる事すらできない。それだけでなく血だまりの中で立つ何者かがいた。当時とは違い、夢と理解し客観的な視点で見ている心廻には、その手には人を殺すには十分な長さと切れ味を持つナイフの様な凶器が握られているのが見て取れた。そしてその刃と手はこの惨事を引き起こした犯人を知らしめるかのように血で赤く濡れている。

 そしてその何者は少女の姿をしていた。更には、その少女は身体中が返り血に塗れてなお真っ白という言葉が真っ先に浮かぶほど髪は長く白い見た目をしており、血に染まってもなお濃い赤い瞳の姿は、場違いにも神秘的にも見えてしまう。この光景の前に、不覚にも夢の中の心廻は当時と同じように一瞬目を奪われてしまった。

 その反応は、つい先日出会った少女と同じもので。この時、ようやく心廻は心の底からナズナの言葉受け入れた。紛れもなく彼女こそ臓腐クロエなのだと。


 これを夢と理解している心廻は、呆然とする。これは失った事件の記憶だ。自分の過去だと本能的に感じ取ってしまう。

 だがそれでも見た光景以上の事は分からない。何故両親が殺されているのか、何故自分だけは生きているのか、何故臓腐クロエがあの惨状を生んだのか。

 それら一切が思い出せる気配がしない。この後に起こった事を、無理に思い出そうとすると頭が霞がかかってしまう。纏まらない思考に引っ張られて段々と意識がぼやけていく。夢の終わりが近づきつつあった。

 クロエは倒れているこちらに気づくと何かを喋りながらナイフを持った手をそのままに近寄ってくる。


「や…、…き…?…ッ……し…よ…。……ん」


 朦朧とした意識では何と言っているか聞き取れない。せめて視覚的な手掛かりだけでもと心廻は部屋の中を観察する。

 そして一つ気づいてしまった。倒れた父と母の死体はそれぞれ左胸を中心に赤く染まっており、そしてその足元には生々しい拳大の臓器がそれぞれ一つずつ落ちていた。思い出される先刻のナズナの言葉。


『ゾンビは総じて心臓が無いの。製造工程であえて抜かれる。何故か?あるべき心臓を求める亡骸の念こそがゾンビの原動力だから』

『臓腐クロエ、ゾンビにも精通するとされる『遺人』、現存する希代の『死霊使いネクロマンサー』」


 ナズナの言葉と夢の内容をそれらを合わせていく。そしてある一つの答えにたどり着く。

 そうして心廻は、行き場のない義憤の念を抱きながら、失われた記憶の夢の時を終えた。


 ────


「んんっ、」

「あ、起きた?良かったぁ……うなされてたから心配したよ」

「あぁ、ずっと見ててくれたのか?……ありがとう」


 起き抜けに自分の顔覗き込むナズナの顔が見えた。どうやら気絶した自分を休ませてくれたらしい。ご丁寧に毛布までかけてくれている。彼女の些か過剰にも思える手厚い看病は、それだけ自分が不安定な状態で心配をかけてしまったのだと分かってしまった。こちらを気遣って向けられた表情が、自分の情けなさを自覚させ、少し心が痛い。だがそんなことではいけない、言わねばならない事があるだろうと無理矢理身体を起こす。


「六年前の記憶、一部だけど戻ったよ」


 ちゃんと心配をかけさせない為に、ナズナの目を逸らさないように話す。


「……いったい、何を思い出したの?」


 ────


「……6年前の記憶に、臓腐クロエが……」


 ナズナに大まかに夢で見たものを話しているうちに、あの光景についてある程度頭の中で整理され納得した事があった。

 それは何となくクロエに惹かれたのも、その瞳に懐かしさを覚えたのも、ゾンビに生理的嫌悪を持つのも己の中で腑に落ちていく。そしてある一つの考えが心廻の中に浮かんでくる。


「死者は死者でなくてはならない」


 覆す事などあってはならない。辱められた魂無き伽藍の人形ゾンビの存在が許せない。自分の両親をゾンビに改造されていた光景を見て、忘れていた憎悪が胸の中から吹き出してくる。


「なぁ……ナズナ、全てのゾンビはすべからく殺すべきだと思うんだ」

「あるべきものはあるべき場所に帰るのが当然なんだ。それを覆すなら、ゾンビも、それを作る『死霊遣い』は土に還るべきだと思う。奪われたものが奪われたままなんて許しちゃいけない」


 奪われたのならば取り返さなければ。それが無理なら代償を払わせる。そう改めて心廻は覚悟を決める。そんな心廻の言葉を聞いたナズナの薄く微笑みながら応えた。


「そっか、私もそう思うよ」


 その表情はどこか悲痛さをはらんでいた。

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