第7話 言わぬが花又は乙女の秘密

 時は少し遡り夕暮れ、カフェテリアで会計を済ませ心廻と別れたドミニクとケイトは、車が行き交う大通りの横の歩道をのんびりと並び歩いている。土地勘の無い旅行者である二人は、夜も更ける前に早めに取っておいたホテルに戻ろうとしている所だった。故郷とは別種の冷たい風に首をすくめながら歩いていると、若干不満げな顔でケイトが口を開いた。


「なぁドミニク、やはりおかしいとは思わんかね」

「何がだよ」

「私達は6年前、紛失した聖遺物を探してる筈だね?」

「そうだな」

「そしてそれがこの町にあると聞いて、訪れた」

「ああ」

「だが来てみたらどうだ、『聖遺物』の秘匿性は失われ、噂は蔓延り、それらを狙う輩が現れ、遂にはゾンビが溢れ返る群雄割拠の有り様だ。これをおかしいと言わず何とする?」

「おっしゃる通りで」

「まぁこの惨状は、噂が此方に届いた時点で大方予想がついていたが」

「なら何がおかしい」


 この上げて落とす問答は、ケイトが頭を整理したい時に良くする方法だった。疑問を言語化し、問題の洗い出しをするには、本人曰く会話しながらが良いらしい。この事実確認の為の一人語りにはドミニクも慣れたものなので適当に相槌を打ちつつ、耳を傾ける。


「動機だよ、動機だけが分からない、現況を形作った元凶の意図が。買取主である私達を釣り出す為なら、不確定要素で他の収集家共を集める必要がない。獲物を狙う警戒対象を増やすだけだ。事実、他の収集家達に紛れてここまで私達は何の問題もなく、この街に来れてしまった」

「なら逆だろ、。そしてそもそも俺達の事は眼中に無いってことでもある。居てもいなくてもいい存在」


 ドミニクは最後に「甚だ不服だけどな」と付け加える。こちらとしては高い金を払って買った商品を奪われ、いざ取り返しに来たら奪った奴の事なんか気にも留めてないという訳だ。その商品が、正確には自分の金で買ったものでないとはいえ、当時買い落としを手伝ったドミニクとしては、やはり不服に感じられた。だがケイトはドミニクの答えは予想していたようで、そのまま次の疑問を提示する。


「やはり君もそう思うか、なら人を集めてやりたい事といえば?」

「大事なお宝を奪われない為に、お宝を奪いたい奴等を一網打尽したいってところか?」

「だがそもそも私達を欺いて、聖遺物を六年秘匿できているんだ。何故今更公開するのか?秘密にし続ければいいだろうに」


 何かを秘密にしたいというのなら、基本的に一番難しいのは最初だ。初動が証拠を残しやすく、痕跡を残し隠蔽に向かない。そして逆に初動を乗り切ってしまえばこの情報化社会で痕跡は急速に風化し、加速度的に増える情報によって精査が難しくなっていく。当時六年前に見つけられなかった時点で二人は少なからず見つかる事は絶望視していた。

 そう、噂を聞きつけるまでは。ならば何故今になって姿を現したのか?ドミニクは思いついた推測を挙げる。


「……秘密にできなくなる限界が、ないしは問題が起きたとか?」

「『聖遺物』に耐久年数なぞない。……ならば残る選択肢はその所有者に問題が発生したに違いない。ふふ、段々絞れてきたな」

「わざわざ俺と話さなくとも、お前なら、すぐここまで考えついてるだろ」

「いやいやそう毎度寂しい事を言わないでくれ、君と知恵を捻るのは楽しくて好きなんだ。それに情報の共有は大切だろ?」

「こっちとしては毎回自分の頭が足りないのを分からされて複雑だよ」


 ここまでの会話はやはり茶番だ。言葉通り、自分の頭ではケイトの考えに到底追いつけない。

 なのでわざわざこうやってケイトは情報の整理を兼ねて、ドミニクに認識を共有してくれる。だがやはりドミニク当人にとっては、親愛と劣等感を同時に植え付けられるのと同義なので胸中複雑であった。


「さて、噂をすれば影がさすってね。犯人御本人様の登場だ」


 ケイトの急な言葉でドミニクはいつの間にか目の前に、白髪赤目が特徴的な少女が立ち塞がっているのに気づく。少女はその人形のように整った神秘的な顔立ちとは対称的に、表情は物憂げなものであった。しかし瞳だけは秘めた激情を映し出したかの様に爛々と赤く燃えて見える。

 丁度同時刻、心廻がゾンビに襲われていた頃、その少女こそがゾンビたちの首領にして『死霊使いネクロマンサー』。

 「臓腐クロエ」その人であった。



 ───



 二人は駅の大通りを抜け、予約したホテルも抜け、住宅街の外れにある邸宅を訪れていた。

 ケイトから見て、少しとはいえ自然に囲まれてるせいかその外観は廃墟と言われても違和感がない。屋敷内は現在はクロエが使っていると思しき部屋以外、人が生活した痕跡が見受けられず、部屋を持て余しているのが察せられる。

 通された客間は幾つかの調度品と豪奢なソファが脚の低いテーブルを挟んで置いてあり、途中で見かけた使われていない部屋と違い掃除が行き届いている。その中でクロエとナズナの二人は向かい合って座っていた。

 ドミニクは(当人には悪いが)席を外してもらい、今は部屋の外の廊下で待機して貰っている。万が一の時、逃げ道を確保する為、仕方のない措置だった。

 お互いしかいない密会となった部屋の中、先に口を開いたのはクロエだった。


「先に白状すると、私が『犯人』で『聖遺物』を利用する為に、この状態を引き起こした。他は言わなくともいいかな?」

「随分と素直じゃないか、招待までするから何かと思えば、些か肩透かしだよ」

「貴女だって言ったでしょ?動機だけが分からないって、


 道中でのドミニクとの会話は盗み聞きされていたようだった。『死霊遣い』と呼ばれている以上、そこらで小動物の死骸を使役すれば、ゾンビを通して盗み聞きなんて訳無いのだろう。


「……そうだね、犯人も分かった。何をやろうとしているのかも分かった。

「だから貴女は何もできないし、私も何もしない。よかったね、動機の方も当たってるよ。私ったら乙女の秘密を全部丸裸にされちゃって恥ずかしいわ」


 わざとらしくおどけてみせるクロエに、ケイトは態度を崩さずそのまま自身の言葉を続ける。


「いいや、分かったのは。六年前の動機の方は何一つ分からない。……だからこそ、こちらから言えるのはただ一つ、私は聖遺物を買い取っただけだ。それが何を変えうるか、どう影響を齎したのか、何一つ知らない。だから六年前君が不利益を被ったとしても謝罪はできない」


 口では謝罪ではないと言っているが、ケイトは言葉の節々から謝辞の念が漏れ出ていた。だがそれでも決して口にはしない。


「上辺だけの謝罪は意味がないからね。代わりに誠意として今回私達は一切邪魔をしないと誓おう。人手が足らないなら手を貸すのも吝かじゃない。……これでどうんだろうか?」


 それは、何かに対する贖罪、罪滅ぼしの提案だった。あくまで『聖遺物』を奪われたのはケイトの方だというのに、悪いのは此方の方だと言わんばかりだった。それまで黙って聞いていたクロエの方も些か毒気を抜かれたのか、先程より本音が垣間見える言葉で返す。


「……正直恨みが無いといえば嘘になるけど、そうね貴女は悪くない。いつかの運の悪い誰かが貴女だったってだけ。いえ……もしかして貧乏くじ誰にも引かせない為に、自分から引いたのかしら?全額前払いでトンズラされたら普通は騙されたと思って諦めるものなのに、貴女は六年経ってもまだ律儀に探すくらいだもの。随分真面目なんだね」

「神秘の回収こそが私の使命なれば」

「大層傲慢な使命だね」

「なに、執念深いんだ私は」

「……分かった。そこまで言うなら少し……お願いしようかな」


 こうして二人にしかわからない確執は解かれ、二人しか知らない密約は結ばれた。

 だが全容を知る者達は決定的な事は何も語らなかった。刻々と近づく告白は、今はまだその時を迎えてはいないが故に。



 ───



 すっかり日が暮れて辺りが暗い中、ケイトとドミニクは改まって予約しているホテルへの帰路に着いていた。


「今度から待たせるなら廊下以外にしてくれ、寒くてかなわん」

「すまないね、かなり待たせてしまった」

「いやいいよ、俺は腹芸ができないからな。それぐらいわかってる」

「フフッ確かに、顔にすぐ出るからね君は」

「言わなくていい」


 しばらく歓談に興じ、和やかな表情をしていたケイトだったが、話題を切り替えて真面目な顔で次の予定をドミニクに伝達する。


「これからの予定だが、臓腐クロエが猪飼心廻と伊豆ナズナに接触するからその時我々は大人しく待機。ただし、第三者の邪魔が入りそうなら援護に回る。『聖遺物』の回収はその後でいい」


 それはドミニクからしたら予想外の提案だった。何事もなくクロエ宅を後にすることができたのは僥倖だが、よりにもよってやっと見つけた件の犯人を野放し、さらには手を貸すとまで言ったのだ。密会の内容を知らないドミニクからしたら訳が分からない事この上ない。

 普段、秘密事が苦手なドミニクは必要最低限の情報のみに留め、大体の事はケイトに任せていた。しかし今回ばかりは不可解故、納得できずつい問わずにはいられなかった。


「何でクロエ嬢と組むことになってる?『聖遺物』は彼女が持ってるんだろ?回収は急がなくていいのか?」

「問題ないとも。なに、そう恐れずともそう大きな被害は出ないさ」


 半ば確信した様子のケイトに思わずドミニクは疑問を口に出す。


「何でそう言い切れる。臓腐クロエと何を話した」

「少女たるもの乙女の秘密は漏らさない、鉄則だろ?」


 そう言ってケイトは人差し指を口に当て、実際はともかく二十歳かそこらの外見に似合わない少し妖しげな笑みを浮かべる。それは黙秘権を行使すると暗に主張する微笑みだった。普段の悪戯好きが浮かべる様な笑顔とは違った笑みで、いつもとは違う『神秘』を重んずるケイトの側面を覗かせる。ドミニクには理解し得ない領域、現実だと突きつけられてはこちらとしても、もう何も言えない。

 ……なに、そう悪い事にはならないだろう。ドミニクがケイトを信頼している様に、彼女も自分の信頼を裏切らない。我ながらほとほと甘いと思うが、その甘さが自分だと自覚している。軽く嘆息し、こちらも苦笑を返す。


「分かった……今回も俺は何も聞かないことにする」

「フフッ、助かるよ」


 ドミニクの承諾にケイトは破顔する。ふてぶてしさすら感じさせる笑みは先程の妖しさなど欠片も無く、夜闇の中でも輝いて見える笑顔であった。ドミニクはその笑顔の方が似合っていて好きだなと思うが、決して口には出さない。

 なぜならそれもまた語らずとも、お互い分かりきっているが故に。

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