第6話 世界観説明又は神秘の開示
※「異人」→「遺人」
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突然だが元神こと私、伊豆ナズナについて語るなら、まず初めに神について説明しなければならない。
神様というのは、『神秘』という実体のない非科学的なエネルギーで駆動する集合的無意識による世界を調停する機構みたいなものだ。以前の私はその中の端末としての役割を担っていた。
割り振られた機構は人殺し、世界調停の役割を担い、遂には
調停という大義名分による、平和の為に平和を妨げる人殺し。悪を殺し、可能性を潰し、多の為に少を切り捨てる。誰にも咎められる事もなく、気が遠くなる時間をただひたすら排し、排し、排し続ける殺戮機構。
ただ唯唯諾諾と神の責務として権能を振るう機構に、当然自我なんて明確なものは存在せず、必要なのはプログラムとして処理能力のみ。
あるとしてもそれは繰り返される「最適化」という名の経年劣化で積み重なった
だが私の場合、その塵は山となり、やがては表出し機構として致命的な破綻を遂に
そんな私に守りたいものができたとしたらそれは異常だろうか?神の力を持ってしても死なずに生き延びた唯一の例外に特別な感情を抱くのは異常だろうか?
端末としての演算回路がただ一人の少年に埋め尽くされる。それは何も知らぬ無垢な心のように、初恋の乙女のように。慣れない熱を胸の内に秘めながら。
心廻、君は驚くかもしれないけど、私は貴方に会いたかったんだ。
全知も全能も存在意義も何もかもを捨て去って、燻る胸の熱と共に貴方に出会いたかったんだ。
───
時刻は夜更け、無事帰宅して途中から手伝いに来た心廻と二人で作った夕飯を食べ終え、ひと段落ついていた。今はお互い机を挟んで向き合う形で座り食後の茶をすすっている。私と心廻の間は弛緩しており、公園の時のようなギクシャクした感じはなく、幾らか普段通りの空気感に戻っていた。心廻の顔は満腹になったおかげか表情も幾分か明る気だった。案外単純な心廻に愛くるしさを感じるが、話すべき事をいつまでも先延ばしにしてはいられない。名残惜しくも私は口を開く。自分の秘密を、世界の神秘を。
「『神秘』っていうのは科学的には証明できないオカルト的存在、現象、エネルギーの総称でね。ざっくり二種類に分かれてて、元神の私みたいな『神秘』を有する生命は『遺人』。そして『神秘』が道具に宿ったものが『聖遺物』と呼ばれてるの」
心廻はとりあえず疑問を口に出すより、ある程度聞く事を優先しているのか黙ってこちらに話の続きを促してくる。それを察した私はそのまま話を進める。
「……そして、今この街は『神秘』を宿す道具である『聖遺物』を巡る争いの渦中にある。その『聖遺物』はどんな形で能力を有するのか?という疑問に関しては、詳しいことは分かってないからなんとも言えない……とりあえずここまではいい?」
「あのゾンビも『神秘』なのか?」
あのゾンビというのは夕方心廻を襲ってきた
「あれは厳密には違うかな。『聖遺物』を探す為に使役されてる使い魔だね。前々から目撃者は少ないけど数自体はかなりいる事が確認できてる。習性を見るに感知した『神秘』に手当たり次第襲いかかるタイプだと思う」
「だからさっき残滓がどうとか言ってたのか」
「
残滓について言及していたのは彼女だ。彼女は彼女で色々複雑なのだけれど、この話には関係無いことなので申し訳ないが割愛させて貰おう。
「でも『聖遺物』を探す為とはいえ、怪しい奴手当たり次第に正気の上で襲ってるってのが酷いな……」
「彼女はまだ話が分かるから全然まし。まあ、彼女の話はおいおい本人から教えて貰えばいいんじゃない?」
私のフォローに心廻は露骨に顔を顰める。保身的な彼にとって危険な彼女は近寄りがたいらしい。
「出来れば再会したくないな」
「もう、そう悪く言わないでよ。数少ない私の友人でもあるんだし。……そうだ心廻、この際先に言っておくね。本当に気を付けて欲しいのはそのゾンビの方なんだ」
「それまた何で?」
「ゾンビは総じて心臓が無いの。製造工程であえて抜かれる。───何故か?それはあるべき心臓を求める亡骸の念こそがゾンビの原動力だから。それも生きてる生命力に満ちた心臓なら求めずにはいられない」
一般人からしたら釜無もゾンビも脅威度の大きさは関係ない。どちらにも敵わない事に違いないのだから。ならば真に怖ろしいのは理性なき雑兵、数が多いとならば尚更危険なのだ。
「長々と説明しちゃったけど、非力な心廻じゃあゾンビに襲われたら普通に殺されて終わりだから。もし次に見かけたらすぐ逃げて、私もそう何度も都合良く助けられないからね」
これで伝えたい事は粗方伝えられた。これくらい言っておけば注意してくれるだろうと一息入れる。故に油断していた。心廻の予想外の言葉に私は不意をつかれる。
「ナズナ、そのゾンビについてはやたら話してくれるが、最初にそのゾンビは使役されてるって言ってたよな?ならその使役している大元をどうにかすればいい話なのに、何も言わないのは何でだ?そこまで調べがついてるなら使役者が誰か分かってるんだじゃないか?」
「……」
意図せず無言になる。敢えて避けていた所を、触れられたくない所を、心廻は真っ直ぐ尋ねてきた。やはり貴方は聡い人間だ、今ばかりはそれが苦しい。
───
「誤魔化さないでくれナズナ、教えてくれると言ったのはそっちじゃないか。知らない方がよくても俺は知りたいんだ」
話の最中、実を言うと俺はずっとこれが聞きたかった。色々丁寧に教えてくれるナズナには悪いけれど。
あのゾンビを、正確にはあの赤い瞳について既視感を覚え、何故か失われた記憶が疼いた気がした。そうなるともう抑えられない。失った
だがこんなことは彼女にはあずかり知らないことだ。その時のナズナは痛い所を突かれたのか、危険な目に遭わせたくないのか苦い顔をして、しばし逡巡した様子を見せる。
「
それでも最後には此方を見て、彼女は誤魔化さず答えてくれた。
「ゾンビにも精通するとされる『遺人』。現存する希代の『
その言葉に驚く、しかしそれ以上に衝撃的な事を彼女は告げる。
「そして君の両親を殺したかもしれない少女でもある」
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