本編

第4話 失せもの探し

「なに、トレジャーハンターというのもあながち間違いじゃないさ」


 変な決めポーズを止めそそくさと先にスコーンを摘まんでいた青年ドミニクの隣に座り、勧められるまま席に着いた心廻に『ケイト』と名乗った少女は開口一番そう言ってのけた。

 場所は映画を観終わった後のカフェで、齢二十過ぎたかそこらに見えるその少女は何故かテンガロンハットを被っていた。その様は異様に浮いていた。


「私は神秘オカルトに目が無くてね。仕事の傍ら世界中の胡散臭いものを収集するのが趣味なんだ」


 そう言いながら、ケイトは最後となったスコーンをドミニクから掻っ攫う。当の盗奪われた彼は慣れた様子でスルーしドリンクに手を付ける。一連の流れから二人が長い付き合いなのが察せられた。


(変な人だな……)


 それが心廻が物腰柔らかい常識人そうなドミニクと比較して、改めて感じたケイト・コールという少女への印象だった。美人は変な人の割合が高いのだろうか、今ここにはいない友人ナズナの事が頭に思い浮かんだ。


「半年前、を買い落したんだが手元に届く前に紛失してね」

「しょうがないから、観光がてら紛失場所であるこの街へ探しに来たんだ。ついでにそこの彼も連れてね」

「いきなり呼び出されて大変だったけどな」

「なに、目当ての映画は見れたのだろう?よかったじゃあないか」


 ドミニクは不満はあれどその通りでもあったのか、逃げるように無言で再びドリンクに口をつけた。この二人はケイトの方が立場が強いらしい。そんなドミニクの様子を気にせずケイトは「これならトレジャーハンターと名乗っても問題ないだろう?」と肩をすくめる。


 だが、心廻からしたら、ただただ困った顔するしかなかった。「そもそも買い取ったならそれはもうコレクターでは?」などと思考が散らかって混乱していた。それを表情から察したのかケイトが尋ねる。


「やはり噓臭いかな?」

「まぁ、普通そういうのは警察とか販売者側がケアすべき案件では?」

「非合法だからね、大っぴらにできないのさ」

「うわぁ胡散臭いですね」


 冗談か本当かどうか預かり知らないが心廻は、ケイトの事を大分怪しい奴だと認定しつつあった。


「引かれてるぞケイト」

「なに!?それは不味い、子供に引かれるのは中々堪えるんだ。心廻少年何か食べたいものはないかい?お姉さんが奢ってあげよう」


 そう言うとケイトは、立てかけてあったメニュー表を見せてくる。もので釣って怪しさを払拭しようとする算段らしい、随分杜撰な算段だが。心廻はチラリとメニュー表に目を向ける。


「ドリンクはジンジャーエールで」


 それはそれとして貰えるものは貰っておく心廻であった。


 ───


「そうだ心廻少年、この街はゾンビのコスプレが流行っているのかい?」


 美味しいと進められた卵サンドを頬張っている時に、ドミニクが尋ねてきた。


「ハロウィンの事ですか?それなら半年以上先ですよ」

「いや、最近見かけたんだ」

「それはまた変ですね、近づかない方がいいですよ。この街の治安が平和といっても比較的という話ですし」

「いやまぁ、その通りだけど、てっきりこの街だとよく見る光景なのかと……」


 ドミニクは確認の意味も含めて聞いてきたのだろう。一応海外から観光とのことなのだし仕方のないことだろう……いやゾンビのコスプレなんてあるのか?あ、ハロウィンがそうか……


「ドミニクの話は私でも初耳だが……そういえば心廻少年、ここらは多少土葬の風習が残っているとは本当なのかい?」

「え、まぁもうほとんど残ってないですし、僕の世代はそういう『文化』があったっていう過去の認識ですけどね」


 事実、葬儀は普通に火葬で行われる筈だ。昔の風習など風変わりではあれどそうそう現代社会に残るものではない。この話もそういうことなだけだ。


「ははあ、ゾンビというのは大抵土葬文化を下地に持つ、もしかして本物のゾンビだったりしてね」


 ケイトが悪ふざけでそんなことを言う。縁起でもない。


「まぁなに、こんなゾンビだろうが、コスプレだろうが気を付けた方がいい、心廻君。怪しい奴っていうのは存外ありふれてるんだ」



 言葉とは裏腹にドミニクの目は酷く真剣に見えた。



 ───


 そして心廻は出会った。忠告されたその日に、夕暮れの人気の少ない道を帰路の半ばにて、正真正銘の本物のゾンビと呼べる存在に。


「……ァ゛ッ」


 は露出した肌は腐食し、血の気ないボロボロで頼りない四肢をフラフラと動かし、されどその瞳は煌々と赤く光り、人の放つそれではなく、声ならざる声と共にまごうことなき人外の異色さを醸し出していた。


「ハハッ」


 これにて心廻の常識は最後の別れを告げた。

                                                   

 ───


(存外フラグというのは存在するのだな)


 それが帰宅途中の道でゾンビに出会った感想であった。周りに人がいればもう少し現状を正しく認識できるのだろうが、お生憎周りには人っ子一人いなかった。


「グア゛ア」


 ゾンビが呻きながら心廻に近づいてくる。それを早鐘を鳴らす心臓を必死に押さえつけ、心廻は逆方向に駆け出しひたすら逃げた。ただひたすらに逃げる。

 しかし早すぎる鼓動によって息が続かず、そう時間が掛からずに足がもつれてその場に倒れてしまう。

 軽くせき込みながら周りを見回すと、いつか出会ったアルビノ少女と邂逅した公園に辿り着いていた。


 後ろを振り返ると謎のゾンビとしか呼べないような何かが、明確にこちらに向かって来ていた。やはり見た目、声、匂いをとってもゾンビにしか見えない。そして怪しく光るその赤い眼に謎の既視感を覚えるがそんなこと考える余裕などない。


「助けて!誰かっ!」


 恐怖と孤独に蝕まれ、恥も外聞もなく助けを求めてしまう。心廻はとにかく心折れそうな現状を何とかしてくれるものを求めた。その時だった。


「やっと見つけた、


 その瞬間、ゾンビが唐竹割りの真っ二つになり、動きを止めた。後ろから手斧を振り下ろした少女が姿を現す。

 淡い紺色の縦セーターの上にパーカーを羽織っており、ローポニーテールの黒髪が、風もないのに揺れていた。

 そんな姿に見惚れていると黒髪の少女はその端正な顔をこちらに向けて、二言目にこう告げてくる。


「では死ぬべし」


 気付いた時には、その少女は目の前にいて斧を振り上げていた。停止した思考の中、この少女が自分を助けるつもりは無い事は辛うじて理解する。危機はまだ過ぎ去っていない。

 心廻は目を瞑り、ただただ恐怖で身を竦ませ、斧が振り下ろされる瞬間を待つしかできなかった。


 しかしその時は訪れない。唐突に現れた気配と共に何かがぶつかった音と声が聞こえたからだ。


「彼は違うよ」


 その声を聞いて恐る恐る眼を開くと、斧は自分とは少し離れた場所に刺さっているのが確認のできた。

 誰かが柄を蹴り軌道をずらした結果だ。今も地面に刺さったまま斧頭を踏んで抑えつける足が視認できた。しかし何故だ?と頭が疑問で埋まる。



 手斧の少女もこれには驚いているらしい。しかし心廻にはその声に聞き覚えがあった。というか常日頃聞いている相手だった。しかしこの場ではとても似つかわしくない人であった。


「ナズナ!なんで!?」


 現れたのは悠然と毛先を揺らす金髪少女、同級生にして心廻の恩人であり幼馴染でもある『伊豆ナズナ』その人であった。

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