第3話 二組又は邂逅
「ちょっといいかい?」
ある休日、心廻は待ちに待った新作洋画を見る為に駅前の映画館に赴いていた。
先に予約しておいた席の券を大型の液晶端末で発行させていると隣の方から声を掛けられた。
「読めないから、代わりに操作してくれないか?」
身長百八十越えの大柄な体格に日本人離れした顔立ちも相まって海外から来たと分かる青年が見た目に似合わず流暢な日本語で話しかけて来た。見れば漢字が読めず困っているようだった。
「構いませんよ。大人一人で良かったですか?」
「ああ、そうしてくれ」
「……はい、どうぞ」
手早く購入を済ませ自分とは別の作品名が書かれた券を渡す。
「ありがとう、お礼にドリンクでも買ってあげようか?」
「あ、大丈夫です。ドリンクとかは映画に集中できなくなるので」
「……そうか、なら映画楽しんできてね、それじゃ」
「はい、ありがとうございます」
そう言うと大柄な男はそのまま売店コーナーに行ってしまった。
───
映画というのは好きだ。大きなスクリーンとスピーカーから
券に払った金額とは比ぶべくもない程の金で作られた娯楽を与えてくれるからだ。
「例え死んでも貴方を愛してるわ」
あるシーンで登場人物のヒロインがそんな台詞を言う。ストーリーと演出を楽しみながら心廻は考える。作品を否定するわけではないが、「死んでも愛する」という類の言葉はどうにも苦手だった。
両親が他界してから、死んだ先には何もなくそこで終わりな事を理解してしまったから。あるのはぽっかりと空いた伽藍洞な心だけだ。虚に蝕まれた心の熱が段々と衰えていくのと共に両親の愛も消えてしまうのではないかと恐れる日々。故に心廻はあらゆる物を失いたくない。不滅なものなど存在しないとわかっていながら。
だがあったらいいなぐらいには思わずにはいられない。例え映画という虚構だとしても。はたしてそれが恋愛感情なのかもあずかり知らないが。
そういえば両親とも事件性のない謎の急死だったらしいが直接的な死因は何だったのだろうか。トラウマで蓋をされた記憶の中に答えはあるのだろうか。映画のストーリーに引き込まれてながらそんなことを頭の隅で考えるのだった。
───
「やあ、少年さっきは世話になったね」
映画館を出て、近場のカフェで一息ついたら声を掛けられた。声がした方を見てみると先に上映が終わったのか、チケットを買ってあげた青年がコーヒーと軽食をつまんでいた。暖房が効いた室内なのに何故か厚着のコートを脱がずにいて暑そうだった。
「映画はどうでした?」
「翻訳前の日本の映画をネタバレなしで見れて良かったよ」
「あー、海外に翻訳される頃にはもうネットにネタバレが転がってますもんね」
「君も存分に楽しめたようで何よりだ。そうだ、これも何かの縁だ。良かったら話さないか?今度こそ何か奢るから」
心廻は奢られることに少し抵抗を覚えたが、折角のご厚意なので甘んじて受け入れることにした。
「そうですね、じゃあご相伴にあずかり……」
「やあ、待たせたね!そこの少年は?」
席に着こうとするや否や、後ろから声を掛けられた。どうやら待ち合わせをしていたらしい。
「そう待ってないよ。彼にはさっき助けて貰ったんだよ」
「
「私の名前かい?ケイト・コールさ」
「自己紹介が遅れてすまない。ドミニク・ヒューストンだ」
「この街にあるっていう『聖遺物』を探しに来たトレジャーハンターだよ」
「真に受けちゃ駄目だ。普通に観光だから」
長くウェーブがかった美しいシルバーブロンドの髪をたなびかせ、それに調和する顔立ちの美女が現れる。チュニックシャツとジーンズを着こなしているのとは対称に絶妙に似合わないテンガロンハットを被りながら変な決めポーズをするケイトと名乗った少女は見て、心廻は海外にも変な人はいるのだなと禄でもない学びを得たのだった。
───
「はぁっ、はぁっ、ケホッ」
時刻は夕暮れ、カフェテリアで知り合った異邦の二人組とは既に分かれており、心廻は一人、何故か人気のない路地を何者かから逃げるように駆ける。後ろにはこの世のものとは思えない、肉が腐敗し所々皮が剥がれた屍肉の怪物が、所謂ゾンビに追いかけられていた。
「誰かっ!助けて!誰かっ!」
現実離れした己が現状を呪いながら、走った身体の熱が遂に限界を迎えて、酸素を求めて肺が勢い良く空気を取り込む。だがむせてしまい苦しさのあまりその場に倒れこんでしまった。辺りを見渡せばいつのまにかアルビノの少女と出会った公園に辿り着いていた。そして見渡した拍子になるべく視界に入れないようにしていたゾンビと目が合ってしまう。何故か既視感を覚える腐食を免れた眼孔にある赤い眼が怪しい光を放ちながらこちらを見つめていた。その手には形容しがたい尖った凶器を握りこんでおり、明確な殺意をもってこちらを襲ってきたのが分かった。現実離れした状況に万事休すとなった時、どこからともなく声が聞こえた。
「やっと見つけた、心臓」
その瞬間ゾンビが唐竹割りで真っ二つに別れて地面に倒れる。後ろから手斧を振り下ろした少女が姿を現した。淡い紺色の縦セーターの上にパーカーを羽織っており、ローポニーテールの黒髪が揺れていた。また見かけない子だなと浮ついた頭でぼんやり考えていると、黒髪の少女はその端正な顔をこちらに向けて、二言目にこう告げてきた。
「では死ぬべし」
それはあまりにもあっけらかんとした死刑宣告だった。
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