こいつの前世

魚田羊/海鮮焼きそば

恋人が殺人鬼の生まれ変わりだった

「なあ琴葉ことは。俺さ、前世の記憶あるんだよなー」


 うわさ話をするみたいな軽さで、敏樹としきはそう言った。


「……は?」

「だから、前世だよ前世。そういう話珍しくもないだろ」

「まあ……そうだけど。話のとっかかりで言うことじゃないでしょ」


 恋人をアパートに呼んどいて振る話題じゃない。しかも風呂上がりだぞ。料理の下手なあたしに、おいしいロールキャベツ作ってくれてからの。身も心もほっこほこやぞ。わたしの切れ長の目もゆるむぞ 。


「まあ聞いて驚けって」


 軽い口調で入ったんだから、中身も――なんて、甘くはなかったらしい。敏樹の声が、急に重くなった。


「俺の前世さ……殺人鬼なんだよ。若い女性ばかり7人も殺して、死刑になった」


「は?」すら出ないくらい息が詰まった。どう見ても、真剣だったから。


「思考が殺したい一色になること、前にもあったんだ。タイミングとかなく急になる。職場とかジムとか、サウナでもあったな」

「そう、なんだ」

「俺はそんなやつなのかって、最初は絶望してた。だからさ、最近前世のこと思い出したのも、悪いことじゃないんだよ。イカれてんのは俺自身じゃなくて、成仏しきってない前世の魂なんだってわかったから」


 でも、まあ、とあいまいに繋いで、敏樹は頭を下げた。素直で弱々しい姿。


「最近、殺意が沸く頻度増えててさ。このままじゃ俺、前世に乗っ取られて殺人鬼になるかもしれない。だから琴葉――しばらくの間でいいから、できるだけ俺のそばにいてくれないか? なにかある前に止めてくれ。お願いだ」

「まあ、いいけど。大学の寮なんてしばらく空けてても問題ないし。その代わり、見返りはあるんでしょうね」

「いつも以上にぎゅっとしてやる」

「……よろしい。あたしだって敏樹に死なれたいわけじゃないし。しょうがないわね、守ってあげる」


 笑うのは苦手だ。それでも、がんばって口角を上げてみる。


「信じてくれるんだな」

「事実だからって恋人にそんなこと打ち明けちゃうような、バカ正直さんの言うことだからね」

「嘘がつけないと言ってくれ。って、こんな会話する空気じゃなかっただろ。ちょっと楽になったけどさ」

「ならいいじゃない」

「うん、ありがとな」


 子どもみたいな笑顔で、敏樹はあたしを抱き寄せた。それはさ、本当にずるいよ。


「……別に。大したことじゃない。実質、半同棲になるだけでしょ」

「きれいで頼れる琴葉といれたら百人力だよ。いや、俺じゃせいぜい二人力かもだけど……」


 素直さがまぶしい。思い返せば、好きになった理由もそこだった。

絶対殺人鬼になんてさせない。温かい腕の中で決意した。



 衝撃の告白から1週間。平和なうちにと思って、例の殺人鬼について調べ始めた。

 最初の標的が誰になるかわかって、その人と引き離せたら、標的の女性も敏樹も守れるはず。だから手がかりが欲しかった。標的の傾向を知りたかった。


「でも、さすがにこれは違ったかな……」


 敏樹の家で眺めているのは、さまざまな事件の被害者遺族に迫り、その心情を深堀りするインタビュー本。例の殺人鬼が起こした事件の被害者遺族も、この本の中に出てくるらしい。

 あとでちゃんと読むけど、今はいいか……って、怖いこと書いてない?


 ――生前のN(婦女7人殺しの犯人)からは、娘さんの命日に欠かさず手紙が届いていたそうですね

 ――ええ。いつも同じでした。『深く悔やみ反省している』『一生をかけて償う』。返信したのは一度だけです。『地獄の底で、永久に苦しんでいてください。それこそが償いです』と、そう書きました。


 でも、ご遺族なら恨んで当然か。そう思いながら本を閉じる。

 当時の報道を調べて、今言えそうなのはひとつだけ。被害者の女性は、切れ長の目で、かわいいよりもきれい寄りの人が多かったってこと。

 きれい、か。待って。それ、敏樹がよくあたしに言ってくれる。きっと考えすぎだ、でも、


『しばらくの間、できるだけそばにいてくれないか?』


 あれはまさか、あたしを狙おうと――

 隣のキッチンにいるあいつのことが、見れない。ちがう! あたしは、敏樹を信じるんだ。

 そのときだった。


「うがぁーーー!」


 敏樹の悲鳴。どくどくする心臓に追い打ちをかけられて、それでも急いでキッチンへ。


 俊樹が立っている。両手で包丁を握って、自分の首元に向けかけている状態で。

 ――自殺。そんな言葉が頭によぎる、けど。


「やめろ! やめてくれ!」


 その言葉で違うと気づいた。たぶん、前世に乗っ取られかけてる。あの残酷で、許せなくて、毎年ご遺族に手紙を出してた殺人鬼に。

 あれ、じゃあもしかして――いや、今は止めにいかなきゃ。敏樹のえり首をつかむ。だめだ。振り払われた。

 敏樹が抗えている間にどうにかしなきゃ。半信半疑だけど、ひとつ試したいことがある。

 あたしは、全力で叫んだ。


「ねえ、あんた殺人鬼なんでしょ! もしかして、自殺しようとしてるんじゃない!?」


 一瞬、動きが止まった。


「図星なんだ。じゃあ言うけどさ、あんたが殺そうとしてるのはね、敏樹ってやつなのよ! そいつはあんた自身じゃないの! あたしの大事な恋人に手を出したら許さない。絶対、ぜーったいに許さない」


 うまく話せてるかわからない。でも、畳みかけるしか。


「さすがは敏樹の前世。バカ正直なのね。永久に地獄で償えと言われたからって、来世の自分としきが生きてるのを許さないだなんて。殺そうだなんて! 改心は嘘じゃないんだろうけど、こんなことしてちゃ意味ないわ」


 強く言い切る。そいつは、包丁をシンクに置いた。


「あたしはこれからも敏樹を守る。死ぬまで一緒にいる。だから、あきらめて成仏して。お願い」


 しゅうっ、と、なにかが抜ける音がして。


「終わった、のか?」

「やった、戻ったのよねっ」


いつもの敏樹が帰ってきた。とびっきりの温かさで抱きしめてやる。


「琴葉、ありがとう」

「どういたしまして。みんな無事で万々歳よ」

「本当にな。ただ、俺はちょっと、さっきの琴葉の剣幕がまだ頭から離れないけど……」


 敏樹が照れくさそうに笑う。今言うことじゃないのわかるよね、普通。……かわいいけど。

 仕方ないからあたしも笑う。こいつの薄い唇にキスをする。


「まったく、バカ正直なんだから」

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こいつの前世 魚田羊/海鮮焼きそば @tabun_menrui

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