こいつの前世
魚田羊/海鮮焼きそば
恋人が殺人鬼の生まれ変わりだった
「なあ
うわさ話をするみたいな軽さで、
「……は?」
「だから、前世だよ前世。そういう話珍しくもないだろ」
「まあ……そうだけど。話のとっかかりで言うことじゃないでしょ」
恋人を
「まあ聞いて驚けって」
軽い口調で入ったんだから、中身も――なんて、甘くはなかったらしい。敏樹の声が、急に重くなった。
「俺の前世さ……殺人鬼なんだよ。若い女性ばかり7人も殺して、死刑になった」
「は?」すら出ないくらい息が詰まった。どう見ても、真剣だったから。
「思考が殺したい一色になること、前にもあったんだ。タイミングとかなく急になる。職場とかジムとか、サウナでもあったな」
「そう、なんだ」
「俺はそんなやつなのかって、最初は絶望してた。だからさ、最近前世のこと思い出したのも、悪いことじゃないんだよ。イカれてんのは俺自身じゃなくて、成仏しきってない前世の魂なんだってわかったから」
でも、まあ、とあいまいに繋いで、敏樹は頭を下げた。素直で弱々しい姿。
「最近、殺意が沸く頻度増えててさ。このままじゃ俺、前世に乗っ取られて殺人鬼になるかもしれない。だから琴葉――しばらくの間でいいから、できるだけ俺のそばにいてくれないか? なにかある前に止めてくれ。お願いだ」
「まあ、いいけど。大学の寮なんてしばらく空けてても問題ないし。その代わり、見返りはあるんでしょうね」
「いつも以上にぎゅっとしてやる」
「……よろしい。あたしだって敏樹に死なれたいわけじゃないし。しょうがないわね、守ってあげる」
笑うのは苦手だ。それでも、がんばって口角を上げてみる。
「信じてくれるんだな」
「事実だからって恋人にそんなこと打ち明けちゃうような、バカ正直さんの言うことだからね」
「嘘がつけないと言ってくれ。って、こんな会話する空気じゃなかっただろ。ちょっと楽になったけどさ」
「ならいいじゃない」
「うん、ありがとな」
子どもみたいな笑顔で、敏樹はあたしを抱き寄せた。それはさ、本当にずるいよ。
「……別に。大したことじゃない。実質、半同棲になるだけでしょ」
「きれいで頼れる琴葉といれたら百人力だよ。いや、俺じゃせいぜい二人力かもだけど……」
素直さがまぶしい。思い返せば、好きになった理由もそこだった。
絶対殺人鬼になんてさせない。温かい腕の中で決意した。
☆
衝撃の告白から1週間。平和なうちにと思って、例の殺人鬼について調べ始めた。
最初の標的が誰になるかわかって、その人と引き離せたら、標的の女性も敏樹も守れるはず。だから手がかりが欲しかった。標的の傾向を知りたかった。
「でも、さすがにこれは違ったかな……」
敏樹の家で眺めているのは、さまざまな事件の被害者遺族に迫り、その心情を深堀りするインタビュー本。例の殺人鬼が起こした事件の被害者遺族も、この本の中に出てくるらしい。
あとでちゃんと読むけど、今はいいか……って、怖いこと書いてない?
――生前のN(婦女7人殺しの犯人)からは、娘さんの命日に欠かさず手紙が届いていたそうですね
――ええ。いつも同じでした。『深く悔やみ反省している』『一生をかけて償う』。返信したのは一度だけです。『地獄の底で、永久に苦しんでいてください。それこそが償いです』と、そう書きました。
でも、ご遺族なら恨んで当然か。そう思いながら本を閉じる。
当時の報道を調べて、今言えそうなのはひとつだけ。被害者の女性は、切れ長の目で、かわいいよりもきれい寄りの人が多かったってこと。
きれい、か。待って。それ、敏樹がよくあたしに言ってくれる。きっと考えすぎだ、でも、
『しばらくの間、できるだけそばにいてくれないか?』
あれはまさか、あたしを狙おうと――
隣のキッチンにいるあいつのことが、見れない。ちがう! あたしは、敏樹を信じるんだ。
そのときだった。
「うがぁーーー!」
敏樹の悲鳴。どくどくする心臓に追い打ちをかけられて、それでも急いでキッチンへ。
俊樹が立っている。両手で包丁を握って、自分の首元に向けかけている状態で。
――自殺。そんな言葉が頭によぎる、けど。
「やめろ! やめてくれ!」
その言葉で違うと気づいた。たぶん、前世に乗っ取られかけてる。あの残酷で、許せなくて、毎年ご遺族に手紙を出してた殺人鬼に。
あれ、じゃあもしかして――いや、今は止めにいかなきゃ。敏樹のえり首をつかむ。だめだ。振り払われた。
敏樹が抗えている間にどうにかしなきゃ。半信半疑だけど、ひとつ試したいことがある。
あたしは、全力で叫んだ。
「ねえ、あんた殺人鬼なんでしょ! もしかして、自殺しようとしてるんじゃない!?」
一瞬、動きが止まった。
「図星なんだ。じゃあ言うけどさ、あんたが殺そうとしてるのはね、敏樹ってやつなのよ! そいつはあんた自身じゃないの! あたしの大事な恋人に手を出したら許さない。絶対、ぜーったいに許さない」
うまく話せてるかわからない。でも、畳みかけるしか。
「さすがは敏樹の前世。バカ正直なのね。永久に地獄で償えと言われたからって、
強く言い切る。そいつは、包丁をシンクに置いた。
「あたしはこれからも敏樹を守る。死ぬまで一緒にいる。だから、あきらめて成仏して。お願い」
しゅうっ、と、なにかが抜ける音がして。
「終わった、のか?」
「やった、戻ったのよねっ」
いつもの敏樹が帰ってきた。とびっきりの温かさで抱きしめてやる。
「琴葉、ありがとう」
「どういたしまして。みんな無事で万々歳よ」
「本当にな。ただ、俺はちょっと、さっきの琴葉の剣幕がまだ頭から離れないけど……」
敏樹が照れくさそうに笑う。今言うことじゃないのわかるよね、普通。……かわいいけど。
仕方ないからあたしも笑う。こいつの薄い唇にキスをする。
「まったく、バカ正直なんだから」
こいつの前世 魚田羊/海鮮焼きそば @tabun_menrui
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます