第16話 カナデ争奪戦

飛び込んできたのは、なんとこんなぼろ屋敷には似つかわしくないお二人。


ブリューナク殿下と、レン殿下でした。


お二人の名を呼ぼうとするのですが、それよりも先にセルバトスがわたくしを守るかのように立ちはだかります。


えーっと?


「やれやれ、このようなボロ屋敷にまで賊が侵入してくるとは、世も末ですね」


「あのーセルバトス? その方々は賊とかではなくてですね」


「ご心配なさらずに、マイマスター。あなたがベッドでまどろんでいる間に終わらせましょう。剣聖といわれたかつての力を使わせていただきます」


けんせい?


牽制かしら? 


フェイントをかけるって意味でしょうか?


私がそんな疑問を浮かべている間にも、白熱したやり取りが続きます。


「城を抜け出したと聞き、一日捜索し、やっと見つけてみれば、まさか悪霊屋敷と名高いこの家にまさか囚われているとはな! 去るがいい、悪霊。それは俺のお気に入りでな」


「ええ、しかも相当高位の悪霊と見受けました。しかも、私のカナデ様をベッドに押し倒し何をしようとしていたのですか?」


ゴゴッゴゴゴゴッゴオゴゴゴゴ……。


なぜか、三人から見えない『圧』をこれでもか、と言うくらい感じます。


(い、一体どうしてこの三人はこれほど険悪な雰囲気なのでしょうか!?)


わたくしは混乱するばかりです。


もちろん、鉄面皮の私の表情は冷静そのものなのですが、内心は焦りまくりです。


どうして三人が戦わなければならないのか、皆目見当がつかないのですから!


「おやめになってください! (理由はよく分かりませんが)私は平気ですから!!!!!!!!」


とりあえず仲裁の言葉を何とか言葉にします。


ていうか、本当に何ら危害を加えられていないどころか、おいしいお料理も頂いて、あとは冒険譚を聞きながら寝るだけの予定でしたので。


しかし、なぜか私の発言が更なるヒートアップを生み出します。なにゆえ!?


「ふ、マイマスターはこのセルバトスの力をみくびっていられるようだ。貴方を守るためでしたら、100万の敵とも渡り合える証拠をここでお見せしましょう」


そう言って、堂に入った型で剣を構えます。一方のお二人も、


「ふ、悪霊にとりつかれているというのに、俺の心配とは、さすがカナデ嬢と言ったところか。だが、安心せよ。この領土で起きる問題。特に我が優遇すると決めたお前に不義を働く輩を我は許さぬ!」


す、すごい。やはりブリューナク殿下も一切の隙なく剣を構えます。気迫だけでバリバリとお二人の間に火花すら散りそうです。ていうか、やはり、どうして私をめぐって対立しているのかいまだに不明なのですが。


そして、最後に、


「その人は僕の大事な人です。返してもらいましょう」


そう言って、レン殿下も剣を構えました。


だ、大事な人⁉ あ、ああ。まぁ、確かに友人宣言しましたものね。


大事な人、と言うセリフにドキリとしてしまいましたが、なんとも恥ずかしい限りです。繰り返しますが鉄面皮たる私の表情は赤面一つ浮かべてはいないのですが、内心はドキドキでございます。


な、何はともあれですね!


「そうではなくてですね! あの! みなさん私の話をっ……!」


「さあ、すでに問答は無用ですよ、かかってきなさい!」


「よくぞ吼えた! 悪霊ながら天晴! ではその女返してもらうぞ!」


「次期、総大将たる僕の力を舐めないことです! 大事なひと一人守れずして、護国の剣と称されることは許されません!!!」


(全然話を聞いてくれませーん!!!!)


こうして、私がベッドで横になっているまさしく目の前で、執事セルバトス、ブリューナク殿下、レン侯爵殿下の剣戟けんげきが始まってしまったのでした。


ですが、


(まあ、なんて美しい……)


わたくしはあろうことか、その戦いに見とれてしまうのでした。


元々、セルバトスから冒険譚を聞いて、就寝する予定でございましたが、目の前で繰り広げられるそれは、どのような冒険活劇よりもリアリティーがあり(当たり前)、まさに命の聞きすらも感じさせるほどの迫力があったのでした(当たり前)。


「もしかすると、セルバトスが言っていた冒険譚というのはこれのことだったのかしら?」


ちょっとドタバタとし過ぎてやり過ぎなきもしますが、確かにどんな物語よりも、心躍る光景に違いありません。


百聞は一見に如かず、とはまさにこのこと。


ああ、そう言えば!


「だから、セルバトスは先ほど『ベッドでまどろんでいる間に終わらせましょう』と言っていたのですね」


これは私のために用意してくれた趣向に違いないんのですわ。


まさかブリューナク殿下とレン殿下まで参加してくれるとは思いもよりませんでしたが。


しかし、こうやってわたくしのために趣向を凝らしてくださっているのだから、ご相伴にあずからないのは、それこそ無礼と言うもの。


ですので、


「ふわ~、お休みなさいませ。皆さま。良い夢が見れそうです」


最初見た時は、とんでもないぼろ屋敷で、どうなることかと思いやられましたが、こうして親切な方々に迎え入れられて、このわたくし、カナデ・ハイネンエルフは幸せです。むにゃむにゃ……。


そんなことを考え、ぼんやりと、目の前の美しい剣筋を見ている間にも、ゆっくりとわたくしの瞳はしょぼしょぼと、閉じていき、10分もしたあとにはぐっすりと寝息を立てはじめたのでした。


ああ、今日はぐっすりと眠れそうですわ。


そんなことを考えながら。


なお……。




~3時間後~


「おい、セルバトスとやら」


「なんだ、ブリューナクとやら」


「そこの女だが、先ほど気づいたが、完全に寝ているようだぞ。よだれが垂れている」


「……本気ですか? 自分の命が狙われている最中だというのに……」


「思うのですが、このレンの見立てたところ、セルバトス……。あなたは悪霊というにはやや邪気が足りない。本当にこの屋敷の悪霊なのでしょうか?」


「私は自分が悪霊などとは一言も言っていませんが? 彼女をベッドに横たえたのは、ご就寝をしていただくだめです」


「そこは議論の余地がありますが……。思うに我々は大きな勘違いをしているのではないでしょうか?」


「一理あるな」


「異存ありません」


「ではまず、ここに来た経緯などから……」


こうして三人の話し合いが、皆が寝静まった深夜、やっと始まったとのことを、翌朝に若干キれ気味の皆さまからお伺いしたのでした。


「えーーー!? いやだって、三人で戦い始めたのは、わたくしのせいではありませんよー!?」

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