第14話 死神執事と心をかよわせる
さて、少し落ち着きまして、わたくしは寝室のテーブルでなぜか優雅に紅茶が振る舞われていました。
用意したのは、わたくしからほどほどの距離をあけてたたずむ、黒衣の執事の『セルバトス』ですわ。
その表情は最初見たときの頃のように、冷静なものに戻っていますが、雰囲気は違います。
髪の毛は無造作に後ろでくくられまして、端正な顔立ち……。目鼻立ちの余りに整った容姿に隙のない表情をしておりますが、それはむしろ職務に忠実な執事としてのいでたちと言って良いように思われました。
(ぶっちゃけ、ものすごいイケメンですわ)
わたくしはそういうのが余り分からないのですが、一般的な美醜としては理解できます。ちょっと社交の場に出せば、お年頃のお嬢様がたから、大変な騒ぎとなること請け合い、といった背のスラリとした手足の長い
その美しい手はもちろん、白いシルク製の手袋で普段は隠されているのですけど。
さて、いきなりこうして待遇が変わったことには理由があるのでしょう。
彼は……。
セルバトスはわたくしを『ヨルダお嬢様』を呼びました。
その理由を聞かなければいけないでしょう。
「先ほどの『ヨルダお嬢様』とはだれか、伺っても宜しいですか?」
その言葉に、
「やれやれ、もう少し感傷に浸らせてくださってもいいでしょうに。カナデ様?」
わたくしの正式な名前は先ほどお伝え済みです。
ああ、ですが、やはりそうですか。
わたくしは確信します。
彼は私を通して、ヨルダお嬢様という方を見ていたのでしょう。
そして、おそらく、この館でその方をずっと……。
「ヨルダお嬢様は、この館の持ち主のマチル男爵様の一人娘でした。私にとっても……
彼は語り始めます。
「しかし、当時、この辺りも資源の争奪のため、物騒になってまいりました。国境も近く……。しかし、勢力は均衡していて、危険と言うほどではなかったのですが」
「『国境』ですか? この辺りに??」
わたくしは少し思う所がありましたが、黙って続きを聞きます。
「そんなある日。それはよく晴れた春の日でした。ヨルダお嬢様とご両親で近くの平野へ遠出をされたのです。ヨルダお嬢様はその時私と一つ約束をしました。冒険譚を聞きながら、そのお願いを聞いて欲しいと。ああ私は元冒険者でしてね。ま、ともかく彼らはピクニックに出かけ、そんな三人を、私は何の心配もなく見送り、彼らの帰りを待ったのです。ですが、一日たち、二日たち、三日たっても……」
「かえってこなかったのですわね?」
「ええ……。幾ら捜索しても影も形も見つかりませんでした。約束も果たされることはありませんでした」
「さきほどから言われているその約束とは何なの?」
彼は私に出した食事を見ながら、哀しそうに微笑みます。そして、話題を戻すかのように、
「しかし、逆にそれは生きている可能性があるということでした。私はこの家を。マチル男爵家を守ることを胸に誓いました。冒険者で死にかけていた私を救ってくれた恩義ある、この家をね」
なるほど。
「それで、この家に来る者を襲っていたのですわね?」
「最近は幽霊だの死神だのと噂になって、来訪者もついぞなかったのですが……」
「そこにわたくしが来たと。それはお邪魔をしてしまいましたわね。そして、私はこの後呪い殺されてしまうと……」
「は? いや、元々危害を加えたりするつもりは……」
「ならば! やはりお手伝いをお願いしますわ! セルバトス様!」
ガンガンガン!
ドサドサドサ!!
ドチャドチャドチャ!!
「えーっと、何事でしょうか、これは?」
「決まっています! 最初に言いましたでしょう! 料理ですよ、料理! 朝に野生の鶏を捕まえまして、血抜きは済ましております! ああ、夢に見た若鳥の丸焼き! これを食べるまで死ぬわけには参りません!!!!」
「若鳥の丸焼き、ですか……」
「そうですそうです! これを食べながら、そうですね~」
私はお鍋にお水を注ぎながら何気なく言います。
「セルバトス。あなたの冒険譚を聞かせてくださいな♪ お父様も、お母様もいないこの隙に、若鳥を口いっぱい頬張りながら、あなたの話が聞きたいわ♬」
「!?」
わたくしは無邪気に言い放ちます。
ですが、その言葉になぜか彼は動きを止めて、わたくしの顔をまじまじと見ました。
『ピクニックから帰ったら、こっそり鶏料理を食べたいわ。お父様たちには秘密よ。それで、あなたの冒険話を聞かせてちょうだい、セルバトス』
どこからか。
不思議とそんな幼い声が聞こえたきたような気がしました。
「今のは……もしかして……」
「さて、何か聞こえましたか?」
彼は美しくも哀しい微笑みを浮かべてとぼけてみせます。
ですが、私の見間違いでなければ、彼の目からは一筋だけ美しいものが流れ落ちたのでした。
そして、
「ありがとう、カナデお嬢様」
彼はそう言うと、深く一礼し、
「あなたはきっとヨルダお嬢様が導いてくれた方なのでしょう。一人、幽霊屋敷で主人を待つ私に与えてくれた神様のご温情に違いありません」
彼はそう言うと、美しい唇をもう一度微笑ませたのでした。
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