第13話 幽霊屋敷で黒き死神執事と出会う
『うーらーめーしーやー』
そんなお化けの声に驚いて、私はベッドから跳ね起きました。
現れたお化けは、私の寝っ転がったベッドの上に、文字通り浮いており、奇妙な笑みを浮かべていました。
ばらばらとした長い髪を顔の前にまで垂らし、顔は見えませんが、おそらく醜悪で見る者の寿命を縮ませるような
身なりは真っ黒で、薄汚れたマントのようなものを
『我がヨルダお嬢様のお屋敷に忍び込むとは、命知らずな人間だ。その命、頂こう』
低い低い声が私の
ひえええ、やっぱりわたくしの命が目当てなのですねええええ。
わたしは怯えるしかありません。
ならば、私のすべきことは唯一つでございましょう!
「わ、悪気があって侵入した訳ではありません! ロズイル公爵領からここに行けと言われたのです!」
『ふ、だからどうした。今更、命乞いなど』
「ですので!」
『!?』
バン!
突然立ち上がった私に、幽霊は柄にもなく、ちょっとびっくりしたような挙動を見せます。
もちろん、顔は見えないので、気のせいなのでしょうが。
しかし、侯爵令嬢に二言はありません。幽霊に出会ったらすることは一つ!
「呪い殺すのはちょっと待ってもらえますか! わたくし、どうしても死ぬ前にお腹いっぱいになってから死にたいのです! このままでは死んでも死にきれませんわ!!」
わたくしは私物の
「せめて! せめて! せめて! 必死に持ってきた食材だけでも調理のチャンスを!! ロズイル公爵領では絶対出来なかった、お口いっぱいに食事を頬張るというのをやらないと!」
『やらないと?』
「死んでも死に切れません。逆に、私が化けて出て呪ってやりますわ!!!!!!」
そう声高らかに、幽霊に呪詛宣言をしたのでした。
一瞬。
いえ。
正直、数十秒の沈黙が過ぎ去ったのち、
『えーっと、そんなことで良いのか? あんたお嬢様なんだろう。なら、もう少し、最後の望みはないのか? 金銀財宝で飾りたたられたいとか。贅沢の限りを尽くしたいとか……』
「何を言いますか! 最後に美味しいものを食べて死ぬ! これ以上の望みがありましょうか! さあさあ! どうするんですか、幽霊さん! もしも私にこの若鳥の丸焼きを食べる機会を与えなければ、化けて出てやりますわ! あら、でも化けて出ても、幽霊同士だと、どうなるのでしょうか?」
お互い「うらめしやー」と言いながら一日が過ぎるのでしょうか?
「それって割とシュールですわね」
『シュールなのはお前の頭だ。いえ、お嬢様』
「なんですってー!! ……って、へ? 今、なにか普通にお話をされたような」
「やれやれ。今までの人間は俺の姿を見て、声を聴けば、すぐに飛び出して二度と戻っては来ないものだったんだがなぁ。変な人間もいるものだ。ですが……」
お化けにあろうことか、これでもかというくらい、呆れれらた気がします。
あ、いえ。
ばさり。
その方は前髪を払うと、一瞬にして後ろで器用にくくります。
そこに現れたのは端正な顔立ち。
少し鋭すぎるかもしれない切れ長の目と、鋭利な鼻梁。
微笑みは想像できないけれど、もしもその口の端が緩めばたちどころに女性の心を射止めずにはいられない
死神に見えたその姿は、死での旅立ちを手伝う神などではなく、完璧にしつらえられたタキシードに白い手袋をまとう若々しい男性だったのです。
「ですが、その少しお転婆なお姿は。背格好もまるで違うというのに……。まるであの方のようだ」
彼は地上へとふわりと降り立つと、社交界ではおそらく完璧と評されるであろう、片手を胸にあて、非常にきれいなお辞儀をしながら、わたくしに向かって言ったのでした。
「お待ちしておりました。お嬢様。ずいぶんと長い散歩でしたね」
待っていた? 散歩?
私には意味が分かりません。
ですが、その完璧なる、まるで『執事』のような立ち居振る舞いに、ついつい令嬢として育てられた私は反射的に、言い返したのでした。
「ええ、お待たせしたわね。私の不在の間、何かありまして?」
これは本当に条件反射でした。
いかなる時も堂々と。
それが我が家の家訓ですので。
しかし、その言葉に、執事はほんの少しだけびっくりしたような表情を浮かべて、数秒だけ沈黙されました。
その一瞬の間に、彼の脳裏に何が去来したのかは分かりません。
しかし。
彼はこれまでの氷のごとき表情を崩し、むしろ貴族の令嬢の方々をとろかすような甘い微笑みを浮かべながら、
「……いいえ、何も。この家も、あなた様も、ご家族も、相変わらずご健勝でございます。わたくしめに何ら悪い知らせは届いておりません。ああ、ですが、このセルバトスだけを放ってご家族だけで、長らくご散歩に出かけられるというのでしたら、一言書置きくらいは置いて行ってくだされば良かったと思いますが。おかげで、本当に長い間、一人であなた様のお帰りをお待ちすることになってしまいました。あなたのお約束を果たす日を夢見ながら、ヨルダお嬢様」
彼はそう言うと、寂しそうに、だがどこか懐かしそうに私を見て微笑んだのでした。
わたくしを通して、まるで在りし日の光景を夢に見るかのように。
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