第9話 感謝の嵐を受ける その2
「ふにゃ~」
私はブリュンヒルト大公国にやってきてからまだ数時間だと言うのに、あてがわれた一室で、すぐにダウンしてしまいました。
「おおおお……。母国のベッドにはないフカフカ感が凄いっ……!」
すぐに眠りに誘われそうな最高の感触に打ち震えながらも、これからのことを考えます。
理由も経緯も全く不明ですが、なぜか私は人質でありながら、大公殿下おすみつきで厚遇してもらえるようになったらしく、とりあえずみぐるみをはがれて1日1回しか水しか飲めない様な、母国から聞かされていた人質生活に陥ることは幸運にもないようなのです。
しかも、それどころか、その場にいたさまざまな重鎮の方々から、感謝の嵐を受けることになったのでした。
はっきり言って、それほど大したことをした覚えもなく、たまたまレン様を救っただけなので、なんだか申し訳ない気持ちの方が大きいです。
そして、感謝の嵐にもみくちゃにされ、混乱しているうちに、こうして、
『とりあえず今日は城に泊まって行くがよい!』
との殿下のお達しにより、あてがわれた一室にいるというわけです。
もちろん、人質の私に断る権利などあろうはずがないのですが。まぁ、出来れば混乱する頭を整理したく、母国が用意したという、私専用の屋敷に逃げ込みたかった次第なのですが……。
と、そんな愚にもつかないことを、フカフカのベッドを堪能しながら考えていると、トントンと扉がノックされる音がしました。
(しまった! 油断しましたわ!)
シュババババ!!!
と私は身だしなみを一瞬にして整えます。口元のよだれも一瞬にして拭うことは忘れません。
そして、あたかも優雅に、典雅に、夕日を見ながら紅茶をたしなんでいたがごとく、近くのテーブルに座ってから、
「どうぞ、お入りになってください」
と声をかけたのでした。
「突然の来訪、お許しくださいませ。フロイライン・カナデ」
そう言って入ってきたのは、なんというか、もう、美しい黒髪を伸ばした『気品の塊』と言って良いほどのマダムでした。
マダムと言っても20歳くらいと思うのですが、何でしょうか。この国の女王様か何かでしょうか⁉
母国の貴族にはない、底知れない気品が漂っていてただただ圧倒される私なのでした。私なんてしょせん弱小国家の田舎貴族ですからね~。
しかし、一体こんな美しい、気品のある、明らかに格上の貴人が、私のような人質令嬢に何の御用なのでしょうか?
「あっ⁉」
私は思い至りました。
玉座の間では大公殿下の勅によって、皆さんは私を国賓厚遇するということを了解されましたが、きっと、それはあくまであの場にいた方々だけのことであり、また建前だけのことだったのです。
実際は、わたくしのような田舎人質貴族令嬢が国賓待遇などと納得しているはずがありません。そして、
「それは全く正しい理知的な反応ですわ!」
「あの……、いきなり立ち上がられて、どうされたのですか?」
ああ、きっと、この方も納得がゆかず、理路整然と私などが厚遇されることを論破されに来られたに違いありません。
そして、私はそれに対する反論など一言も持ち合わせていないのです。
特に、こんな奇麗で上品な、ザ貴族のご婦人に詰められたら、首を縦に振る以外に選択肢などないのですから!
ああ、だとすれば急いで出ていく準備をしなくては。できればこのベッドに備え付けの枕だけでも持ち出したい……。
「えーっと、宜しいでしょうか、フロイライン・カナデ?」
「あ、はい。すぐに出ていきますので」
「はい?」
「え?」
私たちはお互いに首を傾げます。
しかし、マダムから先に口を開いて下さいました。
「フロイライン・カナデ。何か誤解があったかもしれませんが、わたしはあなたにお礼を申し上げに来たのです」
「お礼? それはまたどうしてでしょうか?」
すると彼女は優しく目を細め、
「私の名前はシャルロー・エリゼ。シャルロー侯爵夫人とも言われております。助けて頂いた不肖の息子であるレンの実母です」
そう言ってから、彼女は深く頭を下げると、
「このたびは私の息子を……。可愛い我が子を助けて頂いて本当にありがとうございました! このご恩は一生忘れません!!!」
そう言ってから、私の手を握って再び頭を下げてきたのでした。
「なるほど、レン様のお母様でいらっしゃいましたか。いえ、私などが出しゃばって失礼をしてしまったかと気にしていましたが、経過も良くてホッとしています」
そう言って、あまり慣れていない笑顔を見せるようにしました。
うーん、うまく笑えたでしょうか。
私は髪の色が銀色、素肌は真っ白で、しかも無表情気味ということもあって、非常に冷徹な人間に見られやすいんですよね。
笑顔もあまり得意ではないのです。なので母国でもほとんどしてきませんでした。
そして、案の定、私の顔を見て、マダムはポーっとした表情をされました。
ああ、やっぱり良くなかったですね。
すぐにひっこめます。
すると、なぜかマダムが「あっ」と言って残念そうな声をあげたのでした。
何なのでしょうか?
それはともかく、マダムがまた口をお開きになりました。
「大切な我が子を助けて頂きましたので、是非とも御礼をさせて頂きたいのですが……」
そんなことを言い始めたのです。
ですが、ぶっちゃけ、大した事してませんからね……。フカフカのベッド以上の厚遇は罰が当たるというものでしょう。ですので、
「私は当たり前のことをしただけですし、これ以上何かを頂いては申し訳がありません。こうしてマダムが私のような者のもとへ足を運んできてくださっただけで感謝に堪えません」
と答えたのでした。
うん、実際、私は古代書を読んで知っていた知識のおかげで、レン様の御病気を治しただけですからね。
ですが、マダムはなぜか私の言葉に感激した様子で、
「なんと欲のない……。聞けば古代語を若くして収めた天才であり、その才能を妬んだロズイル公爵領から政治的な冤罪をかけられ、我が国の人質として家族とも離れ離れにされたと聞きました! そのような理不尽を受けながらも、何も対価を求めないとはっ……!」
ええええええええええええええええええ⁉
いや、全然違うんですけど⁉
えっ⁉ そんな話になってるの⁉
いや、でも大筋は結構あってるのかな? 冤罪だし、古代語は分かるし、家族とも離れ離れだし。
あれ? 私って実は結構不幸??????
そう思ったらちょっと悔しくて泣けてきた……。
「ああ、失礼しました! そんなツライ境遇を思い出させるようなことを言ってしまって。悲しむのも当然ですね!」
「あっ、えーっと、別にこれはそういうのではなくてですね。どちらかと言うと悔し涙的な……」
しかし、若干暴走気味なのか、シャルロー侯爵夫人には私の声は届いていないようで、
「分かりました! このシャルロー侯爵家がカナデ・ハイネンエルフ侯爵令嬢の後見人! いいえ、家族となりましょう! カナデさん! これからは私の事を母と思いなさい!」
えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ⁉
「そ、それはさすがに……」
「そうですか? ですが、それくらいしないと、私の感じている恩は返せないのですが……」
「そ、それでは最初はお友達から」
「まぁ♡」
彼女はその言葉にニコリと微笑むと、
「それは素敵ですね。分かりました、この国での社交界での振る舞いなど分からないことも多いでしょう。友人として助力は惜しみません。それで少しでもあなたへの感謝の気持ちを受け取ってもらえるならば、これほど素敵なことはありませんわ」
「しゃ、社交界……私は人質なのですが……」
あら? とシャルロー侯爵夫人は意外そうな様子で言った。
「私の友人で、国賓なのでしょう? 私が責任をもって社交界のデビューを飾らせていただきますわ」
そう言って、やはり優雅に、美しい貴婦人は微笑んだのだった。
なお、マダムが侯爵夫人といえども、じきに公爵になると言われていること。
大公とのパイプの太さからも、実質的な国のナンバー2の家柄であると知るのは、もう少し先の話なのでした。
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