第8話 感謝の嵐を受ける その1

「うむ、異論はないな。ではカナデ・ハイネンエルフ侯爵令嬢よ! これからは我が友として良しなに頼むぞ! 我が友ということは、この国はお前を歓迎し超厚遇しよう、好きに過ごすが良い! 具体的には国賓みたいな感じでな! そしてたまには俺を笑わせに来るが良い! わーっはっはっはっはっは!」


「は、はあ……。は? 国賓? は?」


よ、よく分かりません。


理解できません。


何やら国賓級の待遇とかなんとか、殿下の口から言われたような気がしますが……。


(は、はっきり言って、頭がついていきませーん⁉)


そりゃそうですよ!


もうこの身に自由などないんだ。


あるいは、とんでもない拷問や監禁、地下牢生活でも待っているのかと(実際にそうロズイル公爵領からは言われてましたし……)思っていたのですから。


それなのに、なぜかどう見てもこの超大国、大公国ブリュンヒルトの全重鎮の前で、特別扱いすると宣言されたのですから、理解できるはずがありません!


しかも、別にやったことはと言えば、たまたま書庫に通いつめてるうちに読めるようになった古代語で、古文書に書かれていた医学知識を使用し、レン様のいわゆる王都病を治療しただけなのです。


知ってさえいれば、誰でも出来ることなわけで、それほど感謝されることでは……。


しかし、そんなことを考えている私に、ブリューナク大公殿下が言葉をかけてきます。


「と、いうわけで、まぁ堅苦しい言い方はここまでだ。我らは確か友人であったなぁ」


にや~、といやらしい笑みを浮かべながら大公殿下がおっしゃいます。


こ、この人絶対性格悪いですよ! 私の心臓にも超悪いですよ!





しかし、次の瞬間、殿下はまじめな顔……。


いえ、そのドキリとするほど端正なお顔を私に向けられて、誠実な様子で口を開かれると、


「本当に感謝する。レンを失えばこの国は半身を失うに等しかった。俺個人として礼の言葉を玉座にて言うわけにもいかぬゆえ、このような物言いになることを許せ、『知恵の聖女よ』。本当に、深く、礼を言おう」


そう言って、頭こそ下げないものの、その瞳には私への惜しみない感謝の念が込められているようでした。


「いえ、本当にそんな大したことはしていない……って、ち、知恵の聖女????? ってなんですか?」


私の混乱に拍車がかかります。


と、同時にざわりと周囲の家臣たちも驚いたようでした。


あれ?


私みたいな人質女を国賓扱いするのには一切動じなかったのに?


私が内心首を傾げていると、


「古代語に通じ、医学をおさめたそなたには相応しい称号であろう。ま、おさめたのは医学のみではないようなのでな。知恵の聖女がただしかろう。その二つ名を下賜するゆえ、適当に使用するが良い。この国では色々と便利であると思う。それが俺からの礼の形だ」


「は、はぁ……」


何だか御大層な二つ名をもらってしまいました。


あれ?


でも確か、この国での二つ名って、確かめちゃくちゃ重要で、そう簡単には……。


「ああ、そうか。言い忘れていたな」


大公殿下が口を開き、


「この国では貴族のみならず、聖女にも女王となる権利がある。つまり俺の妃ということだな。ふむ……、考えてみれば俺の親友を救ってくれた恩人だ。それに実はお前と初めて会った時に」


何かを言いかけられた時でした。


「殿下。お戯れはそのへんで。カナデ様が困っていますよ」


「レン侯爵様?」


ちょっと今までにない迫力のある感じで、レン様が笑いながらおっしゃいました。


そうですよね。まったく、冗談が好きな大公様ですこと!


「むう? 別に冗談では……」


と、大公殿下が何かおっしゃっておられましたが、レン様が口を開かれたので聞こえませんでした。


「さあ、そのように改まらず、あの馬車のように打ち解けて下さって良いのですが? と言っても、ふふふ、この場所ではさすがに難しいですね」


「レ、レン様もなかなか意地悪ですわね」


私は思わず頬を膨らませます。どうも、殿下もこの方も、どこか性格は似ていらっしゃるようです。


「ははは。では、とにもかくにも、この場にあった感謝の言葉を」


「はい?」


彼はそう言うと、私の手の甲に口づけると、私を優し気に見下ろし、


「本当にありがとうございました。カナデ様。この御恩は忘れません。この剣をまだまだ祖国のために振ることができる。百万の感謝をあなたへ送ります」


「ど、どうも」


手の甲に口づけされただけで全身汗だくの体温急上昇してしまった私は、へどもどした返事しかできないのでした。


そんな様子を見て、彼は微笑ましそうにしています。人の気も知らないで!


はぁ、ですが、とりあえずこれで終わりですね! 解放ですね!


しかし、その考えは甘かったのです。


どうやらレン様はこの国では非常に重要な人物であったらしく、恩を受けた方々が本当にたくさんいらっしゃったため、そのせいでこの後数十人から、感謝の嵐を受けることになったのです。


「本当にありがとうございました。もし、いまレン様を失えば、どれほどの民が悲しんだことか。そして我々も。心からお礼申し上げますよ、知恵の聖女様」


「お願いですので、その聖女様というのはやめて欲しいのですが……」


「ふむ、では女神様にでもしますか? この国にとってはそれくらいの貢献をしてくださったわけですし」


「聖女でいいです……」


筆頭文官であるリグリッジ様。


ブルーの髪が特徴の、明らかに切れ者といった感じの方でした。


「儂からも礼を言うぞ! カナデ殿! 俺の次を担う若者を王都病で失うところであった! うっうっ」


筋骨隆々で髭がごりっぱな壮年の男性が私の手をそのごつい手で握ってブンブンと振りました。


肩が外れるのも時間の問題ですね!


と、思っていましたら、


「やれやれ、感謝しながら相手にダメージを負わせてどうする、ヘラクス将軍」


「おおっと、これはすまぬな、リーディア魔法院長!」


美しい長い黒髪と妖艶な印象の女性がとめてくれました。


ですが、今のやりとりで分かりました。


この目の前の男性は、この大公国で最強と謳われた、武官の最高位にあられる将軍ヘラクス様。


そして、


「私からも礼を言おう、カナデ嬢。レン殿は魔法も使える魔法剣士でね。彼ほどの実験材……げふんげふん。人材はいないんだ。で、だ。君にもぜひとも我が魔法院に今度寄ってくれたまえ。色々と君にも知恵を借りたい。更なる魔法学の発展に貢献しようではないか!」


最後はなんかお目目がぐるぐると変なところを見ています⁉


「いえいえ! 私が教えられることなんてないですよ! あははー」


ですが、ごまかしきれず、近日中に立ち寄ることを約束させられてしまいました。


はぁ……。


とまぁ、こんな感じで、とにかく生涯お目にかかることができない方々が沢山やってきて、本当にただただ私に感謝と称賛の言葉をかけてくださったのでした。


それは本当に温かい。傷ついた私の心を潤してくれる嬉しい言葉の数々だったのです。


ただ……。


ただ、一つ後悔があるとすれば。


正直ろくにご返事もかえすことが出来なかったですね!


あああああああああああああああああ! 


クールだとか悪役っぽいと言われてますが、単に口下手なだけなのです。


ああ、自分が憎い! 


情けない!!!


ふえええええん。

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