第2話 祖国追放と絶望

「く、くくくくく。まぁ、シルビアへの罪状を認め、この場で泣いて詫びるなら許してやるが?」


茫然とする私の耳に、かろうじて、皇子の声が聞こえてきました。


ぎりり、と私は唇をかみ、玉座にいる皇子と、シルビアさんとやらを見上げます。


皇子は笑っています。そして……。シルビアさんはこの状況に怖がっている、と言う様子を見せてはいますが、ちらちらとこちらの様子を冷静に見ているのが分かりました。皇子だけでなく、あのシルビアという女性も、かなりの策略で私を陥れ、侮辱しようとしていることが理解出来ました。


……状況をかんがみれば、ここは私が降参するのが、私だけの事を考えれば利口でしょう。


ですが、私は……、


「没落しかかっているとはいえ、私はハイネンエルフ侯爵令嬢。ハイネンエルフの名に懸けて、汚名を被るようなことは決して致しません!」


そうはっきりと言い返したのでした。


その言葉と同時に、皇子が忌々しそうに唇を歪めるとともに、うっすらとですが、シルビアの口元にはニヤリとした笑みが浮かびました。


と同時に、お供の三人からは、


「この恥知らずの悪魔が!」


「お前に皇子との婚姻の資格などはもとからなかったのだ!」


「でしゃばらずおとなしくしておくべきだったね!」


そんな罵倒の言葉が降り注ぎます。








今日はハイネンエルフ侯爵家の者はいません。


私一人が来るように巧妙に仕掛けられていたのですから。


だから、誰の助力を得ることもできないでしょう。


ですが、


「誇りだけは失うわけには参りません! たとえ、皇子に捨てられようと、没落する侯爵家であろうとも、謀略にひざを折るような女であるとは思わないことです!」


私に投げつけられた白い手袋と剣を取りました。


長い銀髪と豪奢な黒いドレス姿は決して決闘に有利な恰好ではないこと知りつつも……。


「はーっはっはっははっは! 馬鹿め! 本当に決闘の申し込みを受けるとはな! 泣いて謝れば国外追放だけで許してやったものを!」


「意固地になって命まで失ってしまうとは哀れなものだ」


「殺してはまずいが、まぁ多少痛めつけるのは、正当な行為だろう。因果応報なのだからなぁ」


「そうだね。カナデには反省してもらわないとねー。僕らのシルビアを傷つけたんだから」


「おい、シルビアは私の新しい婚約者になったのだぞ? 僕らの、とはなんだ?」


「えへへ、いっけねー!」


くだらないやりとりが玉座でなされています。


私と言う今から誇りも何もかも奪おうという女の前で平然とそんな会話が出来る彼らの神経に耳を疑いました。







「さて、では始めようか。幸い、君の代わりに戦ってくれる騎士様もいないようだからねえ」


皇子は見下した表情のまま、玉座の階段を一段一段下りてきます。


彼の言っているのは、こういうことです。


男性と女性の決闘の場合、女性は普通代わりの男性……。つまり騎士をたてて戦ってもらうものなのです。


ですが、私の味方をしてくれるような方は、この場にはいません。


全員が私がいまやただの婚約破棄された哀れな令嬢としかみておらず、この社交界から、何より貴族社会から抹殺されることを確信しているからです。向けられるのは全て憐れみと嘲笑だけ。






「はーっはっははっはっはっは! ではくたばれ!」


「決して負けません!」


それは悔し紛れでもない本気の言葉でした。侯爵令嬢ではありますが、我が家は実力主義の家系。ゆえに剣の腕も磨いていたのです。


ですから、皇子に引けを取るつもりはありませんでした。


しかし!


パキン!


「えっ⁉」


何が起こったのか分かりません。急に私の剣が折れたのですから。


「あーはっはっはっはっは! へたくそめ! 剣の受け方も知らぬとはなぁ!!!!」


「い、いえ、違いますこれは最初から細工をっ……⁉」


「言うに事欠いて、辛うじて口に出せる言い訳が剣に細工とはなぁ!」


「くっ……、違います、本当に……。うっ、なに、頭が……朦朧と……」


その上、突然の睡魔が私を襲ってきたのです。


これは1対1のはずの神聖な決闘。その常識にとらわれ、私はまさか背後から何者かが魔法をしかけてくるとは思わなかったのです。


「どうしたどうした! 剣の腕が更に鈍ったぞ! しょせんは口だけだなぁ!」


「う、うう……」


……そこから先のことは余り覚えていません。


ある程度善戦したかもしれませんが、余りにも卑怯な手段を駆使された私はついに膝を折らざるを得ませんでした。最初から折れていた剣に、不意を打たれたことによる魔法による睡魔。


私はその場で倒されると、徐々に気を失っていきます。


「カナデ様、まぁ大変!」


と、そこになぜか駆け寄ってきたのは、この状況の元凶とも言えるシルビアでした。


そして、私のそばに屈みこむと、光魔法で回復術を唱え始めたのです。いえ、これは……、眠りの……呪文……。とすれば、さっきの魔法は……。


「大丈夫ですか? このような傷を負われて……ゆっくり休んで傷を癒してくださいね」


彼女は誰もが陶然とするような優し気な言葉を投げかけてから、次に、こっそり私の耳元で誰にも聞こえないように囁く。


「あなたも悪いのですよ? 身分に見合わない皇子との結婚。うふふ、少し頭を冷やされる良い機会になると思います。皇子にふさわしいのは聖女である私以外にいるはずありません。ま、二度とお会いすることはないでしょうけど。あなたの分まで私が幸せになってあげますからね♪」


(な、に、を……)


私は必死で思考を巡らせようとする。


ですが、私の思考を邪魔するかのように耳に入るのは、


「さすがシルビアだ! こんな悪女まで助けるような慈悲! まさに聖女だ! この俺が選んだ女性だけある」


「おっと、皇子。まだシルビアの婚約の儀は行われていないはずだぞ?」


「そうです。抜け駆けはやめて頂きたいものですね」


「そうそう、それまではみんなのお姉ちゃんなんだからね!」


「はははっ、お前たちがいかに俺の家族や親友ともであろうとも、こればかりは譲れないなぁ」


わっはっはっはっはっはっは!


ある意味、のんきな、本当にこの状況が分かっているのかという、子供じみたやりとりでした。


私の意識はそこで途絶えました。


そして、しばらくして目を覚ますと……。なんと国家反逆罪の罪で牢につながれてしまいました。


どうやら、その場にいた貴族たちも全員口裏を合わせたようです。


しかし、なんとか実家が政治力を駆使してくれたおかげで、その罪状だけは撤回されたようですが、代わりに私は……。


「隣国……。ブリュンヒルト大公国への人質、ですか……」


侯爵令嬢である私には、いちおう人質程度の価値はあると見なしたらしく、国外追放となったようです。


その罪は国家反逆罪の次に重い罪。それは二度と祖国の地を踏めないことを意味していました。


また、噂ではブリュンヒルト大公国は非常に実力主義で冷酷な国という噂。


皇子としては、私が慣れない隣国で精神を病んで死んでしまうなり、そういう展開を確信しているのでしょう。


ともかく私はこうして、隣国、ブリュンヒルト大公国への人質として差し出されることになってしまったのでした。


尊厳も、故郷も、仲の良かった両親や兄弟、友人たちと別れの挨拶もできないまま、私は理不尽な婚約破棄をされ、祖国を永久に追放されたのでした。

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