第200話 未来へ

 午後4時55分。

 お昼を食べ終えたあとウォータースライダーや再び流れるプールなどで遊び、一行は更衣室で着替えをしていた。


side 男子


 海里と颯斗はロッカーから一つの青い袋を取り出した。これは朝、更衣室に入る前にレイナから渡された袋である。


「確か行く時に着ていた服ではなくて、佐倉さんに渡された袋の中にある服を着るんだよな?」


「そうだよ。かなり念押しに言ってきたから、これで着なかったら怒られると思うよ。だけど服が気になるな…」


 海里は怪訝そうな顔をしながら、袋の中に手を入れた。そして中身を掴んで外に出してみると、木綿の服が入っていた。


「これは…浴衣だな。花火大会で浴衣とは…レイナさんも準備がよろしいことで」


「夏といえば浴衣!佐倉さんはよく分かってらっしゃる!」


「颯斗は浴衣着たことあるのか?」


「俺?俺は何回か着たことあるよ。楓と付き合う前に花火行った時とかな。そーゆう海里はどうなんだ?」


「俺は着たことがないんだよ。ていうか、着る機会がなかった」


 小さい頃は浴衣に苦手意識を持っていて着るのを断っていた。今思うと、我が儘なんて言わずに母親に見せてあげればよかったと思った。


 そして浴衣はビッグイベントの雰囲気作りの為に、レイナが用意してくれたに違いない。

 海里は自分の中にあった苦手意識を捨てて着ることにした。

 

「そ…そうか。なら、今回が初浴衣だな!」


「そうだな———んで、浴衣の腰に巻く帯ってどうやってやるの?」


 海里は浴衣を羽織ったものの、帯の巻き方が分からず経験者の颯斗に聞いた。


 颯斗は、「仕方がないな〜」と嬉しそうな顔をしながら、海里の浴衣を手際良く着付けた。

 それから彼は自分のも着付けて、二人は荷物をまとめて更衣室を出た。


side 女子


 更衣室へと戻って来た三人は、シャワーを浴びて着替えを始めようするとレイナが口を開いた。


「綾佳さん、麗音さん、楓さんこちらに着替えてください!」


 レイナはバスタオルを腰に巻きながら自分のロッカーを漁り、三個の青い袋を取り出した。


「これは浴衣ですか?」


「浴衣だな」


「この浴衣に着替えるってどうゆうこと?」


 楓、麗音の順で話していき、最後に綾佳がレイナに質問をした。


「いいですか皆さん。夏といえば浴衣。浴衣といえば花火大会。これが揃ったら雰囲気も完璧です」


 レイナは胸の前でガッツポーズをしながら熱弁をした。

 それに対して三人は苦笑しながら、「はいはい」と返事をした。


 四人は手際良く浴衣を着ていき、数分で着替えを終えた。そして荷物をまとめて更衣室を出た。


◇◆◇◆


 海里たちが外に出ると、綾佳たちはすでに外で待っていた。同時に彼女たちの浴衣姿に目を奪われた。


「あらあら。海里さんったら、浴衣美少女に目を奪われていますわよ。綾佳さん良かったですわね」


「れ、レイナさん!?」


「あら?海里さんは綾佳さんの浴衣をじっと見つめていたのでそうかと思ったのですが」


「そうだけど…じゃなくて、綾佳も何か言ってくれよ〜レイナさんが止まらないんだが」


 海里が綾佳に助けを求めると、彼女は頬に手を当てながら照れていた。

 それを見て悟った海里は、嘆息してから投げやりにもう一度口を開いた。


「そうですよ。俺は綾佳の浴衣姿に見惚れてました。朝顔柄の浴衣がとっても可愛いです!!」


 レイナは一歩後ろに下がると、横にいた綾佳の背中を押した。そして綾佳は戸惑いながらも口を開いた。


「その…ありがとう。海里くんも紺の浴衣似合っているよ」


「ありがとう。その…綾佳の浴衣をよく見せてほしいかな」


 綾佳は頷くと、その場でくるっと回った。

 

「どう?後ろの朝顔も素敵でしょ?」


「あぁ。とても素敵だな」


 海里と綾佳はお互いに微笑した。


 そんな激甘な現場を目撃していた麗音、楓、颯斗はボソッと口にした。


「焦ったいな…とんでもなく焦ったい。早く結婚しろよと言いたいよ」


「私もあんな青春をしてみたいです。ほして綾佳さんはますます可愛くなりそうですね!」


「海里…俺は複雑だよ。それと楓…さん?俺との青春はどこへ?」


 颯斗は楓の言葉に反応し、彼女に質問をした。

 楓は彼の方を向くと、ニコリとしたあと無言のまま視線を元に戻した。

 颯斗はおろおろしながら、彼女の袖口を軽く引っ張った。


「麗音さん。なんだか面白そうになって来ましたね!!」


「そうだな」


 レイナと麗音はそれぞれのペアを見ながら呟いた。


◇◆◇◆


 花火大会開始まで残り15分となった。

 一行は鑑賞エリアへと移動して来た。

 このエリアはレジャーシートを引いて上空を見上げるスタイルなので、レイナが持ってきていてシートを引いてそれぞれ腰を下ろしはじめた。

 海里も腰を下ろそうとすると、楓が袖口を引っ張り耳打ちをして声を掛けてきた。


「(海里さん。告白までの流れは大丈夫ですか?)」


「(大丈夫…なはず。プールの時からずっと頭の中でイメトレはしてきたから)」


「(良い心掛けですね♪ここで私から一つアドバイスをあげます)」


「(アドバイス…?)」


 海里は首を傾げながらオウム返しをした。

 楓は首を縦に振って口を開いた。


「(花火が上がった時に告白するのです!このシチュエーションはもう最高なので!!あとはアドリブでキスをするなりしてください!)」


「(な…なるほど。そのアドバイスを胸にしまって頑張ってくるよ)」


 楓は嬉しそうな顔をして、「頑張ってください」と呟いて颯斗の横に座った。

 海里もそれに続いて綾佳の側に行き腰を下ろした。席は颯斗、楓、レイナ、麗音、海里、綾佳の順だ。


「もうすぐで花火が始まるね!」


「あぁ。俺も花火を見るのは久しぶりだからとても楽しみだよ」


「私も楽しみですわ。お仕事以外でゆっくり花火を見ることはなかったので」


「私も花火大会とかは普段は行かないから、今後の話のネタになるよ」


 レイナはテレビの中継で花火大会の番組で出ていたことがあった。だけどオフの日には見に行ったことはないらしい。

 麗音の方は花火大会に興味はあったものの、自分には合わないと思い行っていなかった。

 

 なので二人にとってもいい思い出になっていた。


「楓さんと颯斗さんもいい雰囲気ですわね」


 レイナの言葉に綾佳と海里は二人の方を向いた。


「確かに!!なんだかんだ言って、楓ちゃんはやっぱり颯斗くんのことが好きなんだね!」


「幼馴染だし、長年の付き合いっていうのもあるのかもしれないがな(笑)」


 海里が呟くと左にいた麗音に肘打ちされ、そして無言のままサムズアップしてきた。

 これは麗音からの応援と受け取り、海里は彼女に向けて頷いた。




 そして花火大会が始まった———




 最初に数発が上がりドーンっと言うと、そこからさらにパチパチと花火が広がっていく。


 花火の時間は15分だ。

 この数十分で海里は行動に移さなければいけない。そのことを意識しながら花火を見ていた。


 テンポよく上がっていき柳の枝を模した花火、牡丹の花を模した花火が上がっていった。

 

 そして花火開始から10分。

 海里は覚悟を決めて綾佳に告白することにした。


「あ、綾佳。話があるんだけど…」


 海里の言葉に綾佳は、「っん?」と言って顔を向けてきた。彼は緊張しながらも続きの言葉を口にした。


「その…あの…俺、俺は」


 海里は言葉を詰まらせながらも、ゆっくりと綾佳に向けて言葉を伝えていく。


 その様子を見ていた楓、麗音、レイナ(颯斗は気づいてません)は温かい目で見守りながら静かに少しだけ後方へとずれた。


「海里くん。海里くんが言いたいことは察してるよ。だからゆっくり言ってね」


 綾佳の言葉に海里は頷き、一つ深呼吸をして彼女に視線を向けた。


「初めて会ってからもう半年は経ったね。その間に沢山のことを一緒にやれて楽しかった。だけど途中から綾佳のことを独り占めしたくなってきて…だけど俺はヘタレだから沢山の人に助けられて今ここまで来た感じなんだよね」


「うん、知ってるよ。私も色んな人に助けられて、やっとって感じだしね。だから海里くんの今の気持ちを素直に聞かせて、ね?」


 綾佳は笑みを浮かべながら、胸の前でガッツポーズをしていた。

 海里は頷き、そして綾佳はの気持ちを言った。


「俺は瀬倉綾佳のことが大好きです。綾佳は現役アイドルだし付き合うとなると大変かもしれないけど… 俺と付き合ってください!!」


 海里は精一杯の気持ちを綾佳に伝えた。

 着席での花火大会だったので、告白のポーズは不恰好になってしまった。


 だけど綾佳はそんなのを気にせず海里の差し出された右手を掴み、そして———


「よろしくお願いします!」


 と一言呟いた。


「よかった…これでダメって言われたら俺どうしようかと思ったよ」


「ダメにする訳ないじゃん!寧ろ、告白するの遅いよ!!私からしようと思ってたんだからね!!」


「…っん?ということは、俺たち相思相愛だったってことなのか?」


「そうなるね。海里くんが私のことを好きなのは知ってたしね」


「マジかよ…俺ってヘタレだな」


 海里は俯きながら呟いた。

 すると綾佳は海里の肩に手を置いてきた。


「そんなことないよ!こうして私に告白してきてくれたじゃん!ほら、フィナーレの花火が上がるよ!」


 綾佳は指を差しながら上空へと視線を向けた。

 だけど海里は上空へ視線を向けずに、彼女の方へと視線を向けていた。そして綾佳を呼んだ。


「綾佳!」


「……っん?な———」


 綾佳が振り向いた瞬間に、海里は連発の花火に合わせて彼女の唇にキスをした。自分からキスをしに行くのは物凄く恥ずかったし、心臓の音がとてもうるさくなっていた。


 そして数秒キスをして離れると、綾佳は顔を真っ赤にしながら戸惑いを見せていた。


「えっ…私、今キスをしたの…?海里くんから?ちょっと待って…」


「その…我慢出来なくて。嫌だった…?」


「嫌…じゃないよ。海里くんからしてくれたから、私嬉しかったよ…」


 綾佳は浴衣の袖口で口元を隠しながら言った。

 海里は優しく微笑すると彼女の頭を撫でた。


「これから仕事やプライベートでもいっぱい思い出を作っていこうな」


「うん。私、海里くんと沢山の思い出を作っていきたい。そして海里くんと結婚したい」


「俺もだよ。俺も綾佳と結婚したい」


 綾佳の言葉に一瞬びっくりしたが、海里も同じ気持ちだったので素直に返事をした。


 一部始終を見ていた楓、麗音、レイナは目元に涙を浮かべながら、「よかったね」とボソッと呟いていた。颯斗もまた雰囲気を察して無言のまま微笑していた。


 最後のナイアガラの花火の時に、今度は綾佳からキスをした。


———数ヶ月前に人生どん底まで落とされた海里は綾佳との出会いにより沢山の経験を積んだ。そして公私混同を共にする大事な人となった。


 これから先、楽しいことや辛いこと試練など沢山あるかもしれない。それでもこのカップルを見守っていってほしいと思う。



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全200話を読んで頂きありがとうございました。

物語はこれにて完結です。


拙い文章ながらも応援していただき励みになりました。これからの新作もどうか応援をよろしくお願いします。

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天涯孤独になり彷徨っていたら、トップアイドルに拾われました。 夕霧蒼 @TTasuki

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