第174話 何回目の諦め…

 金曜日。学校に登校した綾佳は、クラスの人達に机を中心にして囲まれていた。


「綾佳ちゃん。明日の配信絶対に見るからね。チャンネル登録も任せて!」


「瀬倉さん。配信ではどんなことをするの?」


「女装マネージャーさんも出るんですよね!!」


 周囲の人達の言葉通り、集まっていた理由は翌日に控えた配信についてだ。

 

「チャンネル登録よろしくね!それと女装マネージャーも初回はちゃんと出るよ!」


「うおぉぉぉ!!あの人出てくれるのか!!」


 男子生徒の一人が胸の前でガッツポーズをしながら、めちゃくちゃ喜んでいた。


「はぁ…」


「おいおい、突然ため息をついてどうしたんだ海里?」


 颯斗と共に綾佳の会話を聞いていた海里はため息をついた。横にいた颯斗は首を傾けながら、海里に聞いてきた。


「女装した男にあそこまで喜べるとは…と思ってな」


「それは女装したマネージャーくんがとっても可愛い格好をしているからだろ?」


 あっ、そうか…自分がマネージャーをしていることを知っているから、女装している正体も必然的に知っていることになる。


 海里は颯斗を睨みながら口を開いた。


「颯斗…お前って奴は、俺のことを揶揄っているだろ?」


「……何のことかな?俺は女装したマネージャーくんしか言っていないけどな」


 颯斗の口元をよく見ると、微妙に口角が上がっているのが分かる。


「その上がっている口角はなんだよ」


「これは顔が痙攣しているだけだから。特に意味はないさ」


「顔の痙攣なのか。それじゃあ、病院に行った方がいいぞ。何かの病気かもしれないし」


「その…病院には行かなくても大丈夫な痙攣なので…」


 颯斗はさらに顔を引き攣りながら、手を前に出して言った。


 海里はもう一度ため息をつき、颯斗に話しかけようとした時、後ろから声を掛けられた。


「海里くん。ため息ばかりついていると、運気が苦手行くよ?」


 クラスメイトと話を終えた綾佳が、海里の肩をトントンと叩きながらやって来た。


「そうだよな… よし、頑張ろ!」


「そうそう、その意気で配信も頑張ろうね!」


 綾佳はサムズアップをした。


「瀬倉さん。おはよう」


「あっ、颯斗くんおはよう」


「明日の配信、楓と一緒に見ますね。楓もお二人の配信を楽しみにしてますよ」


「えっ!楓ちゃんも見てくれるの!!それは頑張らないとね〜」


「チャンネル登録も任せてください」


「ありがとう!海里くん、前日からこの人気は凄いよね?」


「あぁ…さすがトップアイドルなだけはある。今から緊張してきたわ」


 海里は口元を手で覆い、緊張した面持ちをしていた。


「海里くんの場合は自分の素顔じゃないんだから、失敗しても大丈夫だよ」


「それが一番の恥ずかしいパターンだよ!女装して失敗って…やばくね?」


 海里の言葉に綾佳は顎に手を当てながら考える仕草をした。


 数秒後、綾佳は顎から手を離し口を開いた。


「今ね、その時のことを想像したんだけど、何もやばくはなかったよ。寧ろ、萌えた」


「も…萌えた?!そんなことはないだろ!仮にいたとしたら変態な人しかいないからな」


「それじゃあ、あの人は変態の分類に入るってことだよね?」


 綾佳が指差したのは、先程女装した海里を出ることを知って喜んでいた男子生徒だ。

 

 確かに彼は自分が出ることを知って喜んでくれた。女装している自分をだ。

 

 うん…彼も変態に入れてもいいかもしれないな。と思ってしまった。つまり、自分の女装を見て喜んでいる男性は全員変態だ。


 《あくまでも海里による個人の見解だ》


「俺の女装を見て喜ぶ男性は全員変態だ」


「あはは…なかなか辛辣な言葉を言うね(笑)」


「本音だからな」

 

「とりあえず、海里は女装をもっと極めるべきだと思うんだが。瀬倉さんもそう思うよね?」


 ずっと二人の話を聞いていた颯斗が、タイミングを見計らって口を開いた。


 颯斗の言葉を聞いて、綾佳はコクコクと頷きながら海里に向けて呟いた。


「そうだよ!レイナちゃんに頼んで、もっと女装を極めようよ!需要があるし!!」


「需要ってな…女装極めても、将来には役に立たないだろ?」


「配信では視聴率伸びるかも…」


 颯斗がボソッと呟くと綾佳は「それだ!」といって指を差した。


「マジかよ…本人の意思関係なしにやることになるじゃん…マジで諦め大事じゃん」


「そうそう。海里くんは諦めて、女装して私と一緒に配信を頑張ろうね」


「うぅ…瀬倉さんに頭を撫でてもらえて…海里が羨ましい…」


 颯斗は目の前の光景を見ながら、うっすらと涙を浮かべていた。


「はいはい。頑張りますよ」


 海里は頷き、颯斗に何かしら仕返しすることを心の中で決めた。


 そして綾佳は海里の前向きな言葉を聞けて、嬉しそうな表情を浮かべた。

 

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