第161話 楓の行動は正当防衛だ
その日の夜。
海里は綾佳が入れてくれた紅茶を飲みながら、一日を振り返っていた。
「今回のカミングアウトは成功でいいのかな?」
「う〜ん… 成功と言ったら成功だけど、ほぼ楓ちゃんのおかげになるよな」
思い返されるのは自分たちの成果ではなく、楓が颯斗を止めてくれたことばかり。
『首を絞めて止めてくれた楓』
『手刀で意識を失わせた楓』
どれも物理的で少し怖い所があったが、楓の協力がなかったら今もこうしてゆったりと紅茶を飲むことはできなかっただろう。
「それね!楓ちゃんのおかげで颯斗くんもそんなに暴れずに済んだし平和的解決だね!」
「確かに解決はしたと思うけど、平和的だったか…?」
「………ん?何か変なこと言った?」
「楓ちゃんの首締めや手刀で気を失わせたのが、平和的だったのかなと思って… 」
「あぁ… あれはね」
綾佳は苦笑しながら頬を掻いた。
どうやら彼女も楓の行動には驚いていたらしい。
「まぁ、私たちが伝えたいことを伝えられたんだから、そんなことを気にしてたらダメだと思うよ!」
「それはただ考えるのが面倒くさいだけやろ」
「そうとも言うー!」
綾佳は舌をペロッとして、サムズアップをしてきた。
とりあえず、彼女の言う通り颯斗には同棲の件を伝えることはできた。
これで障害だと思われていた颯斗が仲間になり、海里は行動しやすくなったと思うが。
「颯斗は本当にバラすことはしないよな」
海里はどうしても颯斗のことが信用出来なかった。自分の時は特にバラすことはなかったが、楓の話を聞いたら信用できないのは仕方がない。
「大丈夫でしょ。楓ちゃんの正当防衛によって、私たち秘密は永遠に守られる」
楓の行動を正当防衛とまとめた綾佳。
海里は苦笑しながら口を開いた。
「あの暴力が正当防衛か… でも、それで守られるならそれでいっか」
「そうそう!颯斗くんのことは楓ちゃんに任せておけばいいのだ!(私の目的の為にもね…)」
綾佳は最後にボソッと呟いた。
「……っん?最後の方に何か言ったか?」
それを聞き取れなかった海里は、首を傾げながら綾佳に聞いた。
「ううん!何も言ってないよ!さっ、そろそろ就寝時間だし、寝よっか」
綾佳に言われて時計を見ると、時刻は十二時を回っていた。二人は立ち上がり、台所で紅茶を飲んでいたコップを洗った。
「それじゃあ、おやすみなさい!海里くん」
「おやすみ、綾佳」
二人は挨拶をして、それぞれの部屋へと戻った。
◇◆◇◆
side 楓
海里と綾佳の家を出た二人(颯斗・楓)は、歩きながら今日の話をしていた。
「まさか海里のやつが瀬倉さんと同棲していたとは。さらにマネージャーの仕事まで… 」
「初見で聞いたら、誰だってそうなるわよ」
「そーいえば、楓はあの時全然驚いていなかったけど知っていたのか?」
「もちろん!偶々知る機会があって、それで今回の話に乗ったの」
「それじゃあ、あの場で知らなかったのは俺だけだったのか… 」
颯斗は肩を竦めながらため息をついていた。
「うふふ… そうだね。だけど、暴走したのは良くなかったかな〜」
「それは… ほら、突然のことに驚いて、自我の暴走に歯止めが効かなくなったんだ」
「颯斗、言い訳は見苦しいわよ。あの時の対応としては、落ち着いてちゃんと受け入れることが大事だったのです」
「俺がそんなことできると思うか?同棲にマネージャーだぞ?他の人や楓もそうなるだろ?」
ごく普通の一般人だった海里が、今やアイドルとの同棲やマネージャーの仕事と驚くことばかり。
こんなことを聞いたら、誰でもそうなるだろうと颯斗は思っていた。
「他の方は知りませんが、私は驚くより恋愛の方に目を輝かせましたね」
「恋愛?何でそこで恋愛が出てくるんだ?」
「颯斗は鈍感ですね… 」
そう言いながらも、楓はそれ以上は話すことはしない。海里と綾佳が本当に結ばれた時に、二人から報告をしてもらおうと思っていたからだ。
(それに、その方がまた面白そうだし)
楓は悪戯顔をしながら微笑し話を続けた。
「これに関しては私からは何も言えません。もし、しつこく聞いてきたら、また首絞めましょうか?」
綾佳は首絞めと言いながらも、手は手刀を構えていた。
「それはもう勘弁してくれ… まだ首が痛いんだよ」
「あら?優しくトンっとしたんだけど強かった?」
「それはもう… 最強に強かったです」
「ふっふふ… なら、次は優しくするね!」
颯斗は瞼に涙をうっすら浮かべながら、「マジかよ…」と呟いた。
「もう一度忠告するけど、二人のことは私たちだけの秘密だからね?」
「分かりました」
颯斗は楓の台詞に潔く頷き、二人の秘密は守られることになった。
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