第148話 北島さんは綾佳検定一級らしい

「リビングにある寺本さんの荷物は、自分の部屋とかに移しておいてください」


 北島から言われた言葉に二人は驚いた。

 撮影するので、海里の荷物を移せと言われても普通なら移すのは大変だ。

 幸い、海里はリビングに荷物をあまり置かない主義だったので、すぐに終わりそうだが。


 だけど北島の言葉の意味を知るために、海里は彼女に質問を返した。


「あの… どうして撮影だけで、俺の荷物を移さないといけないのですか?」


「アイドルの自宅に男の物があったらどう思いますか?それに撮影スタッフは少数にしますが、その中で裏切る人が出たらスキャンダルになりますよ?なので、寺本さんの部屋は物置きとか言って素通りさせて、綾佳さんとリビングだけ映せればいいでしょう」


 北島の言葉の言う通り、綾佳はアイドルでありファンを裏切ることはできない。

 仮に事務所は恋愛禁止にしていなくても、番組となれば話は別になる。


「分かりました。リビングにはあまり荷物置いていないので、すぐに片付けられると思います」


「そうなると、私も自分の部屋を少し綺麗にしないとだな〜 今のままだとテレビに映せないし」


「綾佳さんの部屋ってそんなに汚いのですか?」


 綾佳の台詞に北島はピクッと反応して、海里に彼女の部屋の現状を聞いてきた。


(汚くはないけど、ごちゃごちゃしている感じかな…逆に言えば、俺の部屋の方がやばいし)


 綾佳の部屋を思い出し、北島に伝える言葉を選んだ。


「すぐに片付ければ完璧な部屋になります」


 海里は北島に向けてサムズアップした。


「………そうですか。なら、撮影日までに片付けはしておいてくださいよ」


「その、今更なんですが撮影日っていつですか?部屋の掃除やらで一番大事なことを聞いていないのですが」


「そうでしたね。少々お待ちください」


 そう言うと、北島は持っていた手帳を開きスケジュールを確認しだした。

 数秒でその作業は終わり、視線を戻して口を開く。


「今週の日曜日ですね。ぼぼ、月末になります」


「もしかして、自宅撮影に関しては絶対に選ぶと思って先方に了承していましたか?」


 今回の仕事は綾佳に選んでもらい、そのあとに先方に伝えるような感じだと思っていた。

 

 それに『所属アイドルの意見を大事にするのがうちのモットーです』と北島は言った。


 だけど、今の話を聞くに自宅撮影に限っては確実に決まっていた話になる。


 現に北島は海里と綾佳に視線を向けず、あらぬ方向を向いて誤魔化そうとしているからだ。


「北島さん、私が恋愛番組を絶対に断ると思ってもう一つの仕事は了承したのですか?」


「………」


「北島さん!!私、自宅撮影も段々やりたくなくなってきたかも〜」


「くっ… 綾佳さん、それは反則です」


 綾佳の必殺技である、上目遣いで北島の心を揺さぶった。その影響で北島は反応してしまい、ため息をついたあと言葉を続けた。


「はいはい。寺本さんや綾佳さんの言う通り、自宅撮影に関しては元々話は進めていましたよ。絶対に恋愛番組は断ると思っていたので」


 北島は開き直って、経緯を話し出した。


「それじゃあ、恋愛番組の断ると言った話も既に終わっていると?」


「えぇ。だから、もし綾佳さんが恋愛番組に出ると言ったらどうしようかと思いました」


「ふふふ… 北島さんは私のことを理解しているね!海里くんもこれくらい理解してもらわないと!!」


「俺?!俺だって、綾佳のことを理解していると思うけどな?」


「まだまだだね。私の気持ち・・・を分かっていないようじゃ、綾佳検定には合格できないよ」


「綾佳検定……?その検定に合格したら、何かあるのか?」


「それは合格してからのお楽しみ♪まぁ、海里くんにとっても、私にとっても損はしないことだから」


「綾佳さん、私、そのご褒美ですか?何か分かってしまいました。ほんと貴方は遠回りしますね」


「やっぱり、北島さんは私の正式なマネージャーだね!私の考えることがすぐ分かっている。綾佳検定一級を認定しよう!」


「………ありがとうございます」


 軽い沈黙後、北島は返事をする。

 綾佳は苦笑したあと、海里の方に向き直すと肩にポンっ… と手を置き口を開いた。


「という訳で、海里くんも頑張ってね!」


 綾佳と北島の話を聞いても理解はできなかった。が、綾佳から期待と信頼の眼差しを向けられて、海里は一言、「頑張ります」と言った。


「それでは、話がまとまったようなので月末の件はまた前日にメールしますので」


「よろしくお願いします」

「お願いします」


 話がまとまったようには感じなかったが、区切りとしてはよかったので海里も返事をして頷いた。


「最後になりますが、発売は三日後なのですが献本が届いたので渡しますね」


 北島は椅子から立ち上がり、自分の机に置いてあった雑誌を持って戻ってきた。


 そして持ってきた雑誌を机の上に置き、二人に見えるように向きを整えた。


「もしかして… これは… まさか」


「わぁ〜!!すごい素敵な表紙になってる!!」


 海里は表紙を見た瞬間、反射的に顔が引き攣る。

 綾佳は手を合わせながら、嬉しそうに見つめていた。


 その雑誌とは———女装した海里・綾佳・レイナの三人が表紙を飾った雑誌だ。

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