第145話 勉強会

「ここにXを代入して———」


 最初に試験勉強対策として始めたのは数学。

 綾佳はテストは嫌いと言いつつ、一人でどんどん進めていくが、海里と楓は頭を悩ませながら颯斗に教えてもらっている。


「……はっ?その数字はどこから来たんだ?」


「だから、ここの数字がここに置き換えているの」


「颯斗、これはどうゆうこと?」


「これは、ここの数字が移動しているの」


 颯斗は交互に教えていくが、なかなか理解してくれない二人に嘆息していた。

 そんな姿を見て綾佳は苦笑し、彼女は海里の側に近寄った。


「海里くん、ここはこれをこうすれば解答に辿り着けるんだよ」


「綾佳は数学得意なのか?!」


「得意っていうより、平均点は取れるようにはしているよ。芸能界でバカにされたくないし」


「なるほど。テスト嫌いでも点数取れるタイプの人だったか」


「そうゆう海里くんだって、いま理解出来ていないのに赤点取っていないのは凄いと思うよ!」


 綾佳は決して海里のことを馬鹿にしているわけではないのだが、彼女の無意識の優しさに自分の心に棘が刺さったように感じた。


「そ、それは… 解ける問題は解けるし」


「そうなんだね〜 なら、今回は高得点狙えるように頑張ろうね!」


「前向きに検討させていただきます」


「あはは、海里くん事務的すぎる〜♪」


 綾佳はそう言い、教科書を使いながら説明を続けた。彼女の説明は分かりやすく、理解するのに時間は掛からなかった。


 あっという間に一時間が経ち、次は英語の勉強に移した。


「これがこうなるから、ここには③at が入るのが正解なんだよ」


「な、なるほど… 」


「英語、なにそれ美味しいの?」


「颯斗、私は英語ダメみたい… 」


 颯斗は説明しながら解答を教える。

 その教えに対して海里、綾佳、楓の順に呟く。

 特に綾佳は勉強とは関係ないことを言っていた。


「瀬倉さんは他の教科は大丈夫らしいけど、英語だけはダメなんだね」


「てへ、だって英語なんて使わないでしょ」


「綾佳、もし英語の歌詞や海外で仕事があったらどうするんだ?」


「英語の歌詞はノリで行って、海外の仕事が来たらマネージャーに通訳してもらうよ!」


 そう言いながら、綾佳は指をピストルの形にし、海里に向けて"バン"っと呟いた。


 つまり、通訳をするのは海里だと言っているようなものだ。


「そ、そうか」


 颯斗がいるので口には出せないが、内心は綾佳に向けて嘆息していた。


(俺が通訳やるのかよ… 一応、頑張れるだけ頑張ってみるか… )


 あまり乗り気にはならないが、自分がやらないとダメらしいと言い聞かせて頑張ることにした。


「それじゃあ、次の問題は———」


 それから英語も順調に進んでいき、気がついたら一時間が経った。

 

 数学と英語だけで、二時間も経っていた。

 その間にちょっとずつケーキも食べていたので、机の上には飲み物だけになっている。


「それじゃあ、少し休憩しようか。詰め込みすぎても見にならないし、楓も頭が回っていないしな」


 颯斗は時計を見ながら言う。

 その横には楓が机の上で腕枕をしていて、海里と綾佳も、「疲れたね」と話していた。


「んで、休憩時間は何をする?」


「そうだね。特にやることもないしトークとか?」


「話すこともあまりなさそうだが… 」


 海里は頬を掻きながら苦笑していると、部屋の扉から トントン っと叩く音が聞こえた。

 その音で楓は起き上がり、扉を開くと目の前にいたのは彼女の姉である水瀬翼だった。


「楓、勉強は進んでいる?」


「お姉ちゃん!今は休憩中だけど、かなり進んでいるよ!」


「そう… そうだ、昨日作ったクッキーがあるのだが食べるか?」


「うん!クッキー頂い———」

「———翼ちゃんのクッキー食べたい!!」


 楓が答える前に、綾佳が後ろから手を挙げて言った。その横で海里は、「ちょっと図々しいのでは」と呟いた。


「大丈夫だぞ。それに瀬倉さんとは久しぶりにお話したかったし、私も混ざってもいいかな?」


「私も翼ちゃんとはお話したかったから嬉しい!けど… 颯斗くんどうかな?」


 勉強会を指揮しているのは颯斗なので、綾佳はチラッと見ながら尋ねた。

 颯斗は腕を組みながら考え、彼は一つ頷きサムズアップした。つまり、OKということだ。


「海里くんもそれでいいかな?」


「俺もいいぞ」


 海里にとっても障害になる訳ではないので、断る理由はなかった。

 というよりも、綾佳が嬉しそうにしていたら自分は断れない。


「ふっ… ありがとう。それじゃあ、クッキーを取ってくる」


 翼は踵を返して台所へと向かった。

 それを見送り、楓は扉を全開にしたまま姉の翼が来るのを四人で待っていた。

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