第142話 中華街と天使の羽

 山下公園を隅から隅まで歩いた海里たちは、そのまま中華街へと向かった。


 ここまで来るのにかなり遠回りをしたらしく、普通なら十分くらいで着くはずが十五分と掛かった。


「はぁ… 結構、歩いたよな… お腹空いたぜ」


「私もいい匂いがしてお腹が空いちゃう〜」


 そのため、目の前で颯斗と綾佳はお腹をさすりながら呟いていた。


「最初は何を見る?」


「そうだね… あそこにある肉まんを買いたい!」


「おっ、いいね!」


 綾佳が指を指した方を見ると、そこには行列ができたお店があった。近くには幟があり、"小籠包"とでかく書いてあった。


 三人は列の一番後ろに並び、自分たちの順番が来るのを待った。

 

 それから十五分並び、やっと買うことができた。


「「「いただきます」」」


 お店から少しだけ離れて、他のお客さんに迷惑にならないところで食べることにした。


「肉汁がすごいー!!」


 綾佳が半分に割ると、中から肉汁が溢れてきた。

 そこからとても美味しそうな匂いがする。


 自分は小籠包を一口で食べ、口の中で噛むと…


「あっつ… あっ、肉汁が… 」


 中から大量の肉汁が出たことにより、口の中が火傷しそうになった。


「海里、もう少し落ち着いて食べないとダメだろ」


「海里くん、火傷していない?お茶でも飲む?」


 颯斗は海里に小言を言うと、箸で小籠包を持ち上げて息を吹きかけながら冷ましている。

 その一方で、綾佳は海里の心配をして鞄の中に入れていてお茶を出して聞いてきた。


「飲みます」


 海里は綾佳からお茶を受け取り、ゴクゴクとお茶を飲んでいった。

 飲み終えた時には満杯だったお茶は半分になっていた。


「海里くん飲み過ぎだよ。まぁ、あとで新しいの買うつもりだったからいいんだけど」


「ごめん… 新しいのは俺が買うから」


「………っん。それじゃあ、お願いしちゃおうかな」


 海里は綾佳の言葉に頷いた。

 彼女は、ニコッ… とすると、持っていてお茶の蓋を開けて飲み出した。


(それ… いま、俺が口を付けたやつ… 間接キス… )


 海里は口元に左手を当てながら、彼女の口元を見つめてしまった。


「なぁ、そろそろ移動しようぜ」


 次のお店に目星を付けているらしく、颯斗は後ろに指を向けながら言ってきた。


 海里と綾佳は頷き、残っていた小籠包を食べた。

 ただ残っていたのも冷めていなかったので、食べるのに五分掛かった。


「颯斗はどこに行きたいんだ?」


「俺はな、そこにある北京ダックと唐揚げだ!」


「颯斗くん、その組み合わせは最高だね!」


「おっ、瀬倉さんも分かってくれるか!」


「うん!」


 ただ目的地を聞いただけなのに、自分の目の前で話を盛り上がっている二人。

 海里は苦笑しながら、お店の列へと並んだ。


 このお店は空いていたので、数分で買えた。


「この唐揚げすごく美味しい!」


「北京ダックも美味しいぞ!!」


 先に買っていた二人はすでに一口食べており、その感想の言い合いをしていた。


(颯斗は仕方がないけど、綾佳はもう少し食レポの練習した方がいいのでは…?)


 などと思いながら、海里も一口齧った。


「うん、この唐揚げ凄く美味しいな。外はカリッと、中はジューシーで味も染みてて美味い!」


「「おぉ〜!!」」


 二人は海里に向けて拍手をしていた。


「ちょ、なんで拍手をしているんだよ?!」


「いや、海里の食レポが凄くてな」


「そうそう、私も見習わないとなって思って」


「そう言われると、ちょっと照れるな」


 海里は頭を掻きながら、口元が緩んでいた。

 

「それじゃあ、まだまだ回って、今日は時間ギリギリまで楽しむぞー!」


 突然、綾佳が仕切りだした。

 まるで、みんなを引っ張るリーダーみたいだ。


(やっぱり、俺がリーダーじゃなくて、綾佳がリーダーでいいのでは)


 そう考えながら、海里と颯斗は頷き、次の場所へと向かった。


◇◆◇◆


 次の目的地である赤レンガ倉庫に着いた。


 ここに来た目的はいくつかあるが、一番の目的を言えば"天使の羽"を撮りにきたことだ。


「私、ずっと天使の羽で写真撮ってみたかったんだよね〜!!」


「綾佳が一度も行ったことないって珍しいな」


「なかなか時間取れなくてね… だから、校外学習様々だね!」


「そうなるな。ということは、ここも有名なスポットだし、映えな写真を撮れるな!」


 綾佳は海里の言葉に、はっ…! とした。

 それを見て、ここに来たかったのにそのことに気付いていなかったのかと思った。


「やったー!!海里くん、写真またお願いね!」


「はいはい。任せなさい」


 綾佳は鞄から携帯を取り出し、この時点で海里に渡してきた。

 海里は彼女から受け取り、無くさないようにポケットにしまった。


「あの… 話は終わったかな?」


 後ろにいた颯斗がタイミングをみて、前にいた海里たちに話し掛けた。


「それより、ずっと大人しかったけど、どうしたんだ?」


「………なんでもない。それより、赤レンガ倉庫でも写真を撮ろうぜ」


「もちろん!私はここでも写真を撮るつもりだよ」


「だそうだ。だから、早速回ろうか」


「そうだな」


 颯斗は元気がないように見えるが、何となく予想ができたので気にせず歩き出した。


 赤レンガ倉庫はショッピングなど出来るらしいが、ここでも興味を示さなかったので写真に集中することになった。


「さて、この辺で写真を撮ってみようか」


 綾佳は周囲を確認すると、一つ頷き海里の方に視線を移して話し掛けた。


「分かった」


「俺も瀬倉さんを撮ろうかな… 楓のご機嫌とりに」


「颯斗… もう、俺は何も言わないよ」


「うふふ… 楓ちゃんの為なら許可しよう!」


 綾佳は颯斗の台詞を聞き、微笑しながらサムズアップした。

 許可が出たので、颯斗は自分の携帯を用意した。


 そこから、綾佳は背景に建物が入るように調節しながら配置を決めた。

 そして彼女からOKサインが出たので、海里と颯斗は彼女の撮影を始めた。


「海里くん、颯斗くん、どんな感じに撮れたかチェックするよ!変な写真はその場で削除だよ!」


 綾佳は微笑みしながら、小走りに二人の元へ戻ってきた。

 

「はい、チェックお願い」


 海里が携帯を綾佳に渡すと、彼女はちょっとだけ頬を膨らませた。


「ここでは、『お嬢様チェックをお願いします』って言って欲しいな〜 」


「お嬢様、写真のチェックをお願いします」


 海里が嫌そうな顔をしていると、横から颯斗がノリノリで言ってきた。


(こーゆう時はほんと颯斗はノリがいいな)


 海里はそう思いながら、嘆息をして口を開いた。


「お嬢様… こちらのチェックを… お願いします」


「うむ、確認させてもらおう」


 ノリが良かったのは綾佳もだった。


 彼女は二人から携帯を受け取ると、一枚ずつスライドしていき頷いていく。


 そして颯斗の端末も確認し終わると、一つ頷き視線を二人の方に向けた。


「いい感じだね!まぁ、何枚かは消させて貰ったけど、それは許してね!」


「はい!お嬢様の言うことは絶対!文句など言いません!!」


「あっ、それはもういい。いまは、瀬倉さんでいいからね」


「………えっ」


 お嬢様と呼ばれるのに飽きたのか、僅か数分で名前呼びを元に戻すように言ってきた。

 それを聞き、颯斗は笑顔から魂が抜けたような顔になった。


(ははは… 綾佳、それは颯斗が可哀想だぞ。まぁ、綾佳らしいとは思うが)


 ということで、颯斗の失敗を踏まえて、海里は彼女のことを普段通りに呼ぶことにした。


「綾佳、俺が撮った写真でダメなのはあったか?」


「ううん。消した写真があったのは、全て颯斗くんのだから。海里くんは完璧だよ!」


「えっと… その… ありがとう」


 削除された写真があったのは颯斗の方だった。

 海里は彼の方をチラリと見ると、先程と変わらず魂が抜けているように見えた。


 だけど五枚以上は残っているらしいので、それを聞すと直ぐに現実に戻ってきてくれたのでよかった。


「五枚… 五枚なら機嫌を直してくれるかな」


「もちろん!私が保証する!」


「瀬倉さんがそう言ってくれるなら、あとで送る」


 地獄に落としたり、元気付けたりして、綾佳は颯斗に対しては自由に接しているなと思う。

 

 綾佳は頷き、そして一つ咳払いをして口を開く。


「では、本命の天使の羽に向かうぞー!!」


 彼女の掛け声と共に、海里と颯斗は頷いた。

 

 それから数分歩き、楽しみにしていた場所に着いた。


「こ、これが、天使の羽か…!!」


「凄いな。とても綺麗で、映える写真になるな」


「俺も楓と一緒に写真を撮りたいな」


 各々、感想を言っていく。

 それから、綾佳は小走りに向かった。


 いまの時間、ちょうど人がいない為、完全に貸切状態になっている。

 なので、手っ取り早く写真を撮って退散することを考えた。


「よし、綾佳人が来る前に写真を撮ろう。さすがにここに来る人は、綾佳の存在に気付くかも」


「なるほど。ミーハーの人達だから、私の存在も知っていると… 」


 綾佳は顎に手を当てて考える仕草をすると、軽く口角を上げて海里の元に近寄った。


「(海里くんは有能マネージャーに昇格できるね)」


「っな?!」


 急に耳元で囁かれて、海里は顔を真っ赤にした。


「それじゃあ、二人とも撮影お願いね!」


 天使の羽の近くに来た綾佳は、真ん中に立ち様々なポーズをしていく。

 その度に海里と颯斗はシャッターを押していき、一気に二十枚以上を撮っていた。


「やばい… この天使の羽、写真撮るの楽しすぎる」


「分かる。俺も綾佳をもっと撮りたいと思っているもん」


「それって、カメラマンの素質が出てきたとか?」


「それはない」


 海里は苦笑しながら、大きく手を振った。


「いいね… この天使の羽、楓にとても似合うな」


 と、その横で一人妄想しながらニヤけている颯斗がいた。

 海里と綾佳はお互いに顔を見合わせて、"やれやれ"という感じに苦笑した。


「それじゃあ、もう一つあるらしいからそこに向かおうか」


「マジか!それは見たいな」


「なんだと?!楓の為に予習しないと」


「二人ともノリノリだね!」


「もちろん!それじゃあ、綾佳案内を頼む」


「もちろん!こっちだよ!!」


 綾佳は指を指しながら歩き出した。

 その後ろを、海里と颯斗が着いていく。


 二個目の天使の羽は、一個目に比べて少し小さめでまた違った写真を撮れる。


 そこでも三人はノリノリで写真を撮っていき、あっという間に満足する写真を沢山撮れた。


「海里くん、颯斗くんありがとう!それじゃあ、少し休憩でもしながら、私は投稿する準備をしようかな」


「そうなるな。近くの日陰に移動しようか」


「あそこの日陰ならどうだ?」


 颯斗が示したところは、ちょうど休憩が出来そうな椅子があり、日陰でもあった。


「うん、いい感じだな」


「私もあそこでいいよ!」


 ということで、一旦休憩する為に椅子の場所に向かった。

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