第141話 映えな写真を撮ろう

 あくる日、海里と綾佳は元町・中華街駅の改札口にいた。

 今日は校外学習で、各々現地集合と現地解散なので、完全に生徒のみでの行動になる。

 だが、先生たちは見回りをするらしいので、途中でどこかで遭遇するかもしれない。


「遅い… 待ち合わせの時刻まで五分前だぞ」


 時刻は午前八時三十分。

 元町・中華街駅の集合時間に設定したのは八時三十五分、学校での本鈴と同じ時間である。


 これは先生からの指示なので、他のメンバーも同じ時間で集まっているだろう。


「まぁまぁ、颯斗くんはマイペースなんだし、もうすぐ来るでしょう」


「だけどな… 学校だったら遅刻だぞ。まぁ、先生に遅刻したことは言うけどな」


「あはは… まぁ、それは颯斗くんの自業自得だね」


 綾佳は苦笑しながら改札を見つめた。


 それからすぐにホームから、こちらに手を降りながら走ってくる男がいた。


「お待たせ。その… 遅くなってすみません」


 颯斗は申し訳ない気持ちが大きすぎて、二人の顔を見れずそっぽを向いて謝った。


「大丈夫だよ!それにギリギリだから、遅刻ではないから安心だね!」


 綾佳は腕時計を見たあと、颯斗にサムズアップした。確かに遅刻扱いになる一分前なので、ギリギリの到着だった。


 颯斗は、「め… 女神様…!!」とよく分からないことを呟きながら、綾佳のことを崇めていた。

 彼女も悪い気がしないらしく、颯斗に向けてドヤ顔をしていた。


「とりあえず、移動するぞ。ちゃんと時間通りに進めるんだからな」


「海里隊長!今日はよろしくお願いします!」

「隊長!お願いします!」


 颯斗は敬礼しながら海里に言ってきた。

 それに倣って、綾佳も敬礼をして颯斗のあとに続いた。


「それはやめてくれ… 恥ずかしいから。いつも通りで頼む」


「海里はノリが悪いな〜 」


「ノリとかの問題ではなく、普通に考えてもやる意味がわからない。綾佳もだぞ」


「………てへ!」


 綾佳はてへぺろをしながらすっとぼけた。

 

 普通は怒るところなのだが


(仕草が可愛いから、綾佳は許してあげよう)


 そう考え、海里は口を開いた。


「よし、綾佳は許してあげよう」


「わーい!海里くん、ありがとう!!」


 綾佳は嬉しそうに喜び、そして海里の腕に抱きついてきた。


(む… 胸の感触が… それに体温を感じる…)


 他所から見たら、アイドルの瀬倉綾佳が男に抱きついているのでスキャンダルになるのだが、彼女の変装は完璧なので海里と颯斗の二人以外は誰も気づくことはない。


「俺が許されないのも納得出来ないが、瀬倉さんに抱きつかれている方がもっと納得出来ない… 」


 颯斗は目の前の光景にイライラしながら、右手を強く握っていた。


「あはは… とりあえず、綾佳一旦離れようか。それと、颯斗はその物騒な右手を鎮めてくれ」


「えー、私はまだこのままがいいのに… 」


「我儘を言わないの。それに、さっきから周囲の人達の視線が痛い…」


「確かにだんだんと人が多くなっているね。これは流石にバレるとまずいか… 」


 綾佳は一人納得して、海里の腕から離れた。

 

 颯斗の方を見ると、握っていた右手から力が抜けて海里に向けて笑っていた。が、その目の奥には"許さないぞ"的な意味があるように感じた。


「えっと… とりあえず、移動しようか」


「そうだね!私、みんなと回るの楽しみ!」


「そうだな」


 何だかんだ序盤からグダグダで始まったが、やっと最初の目的地に向かえることになった。


◇◆◇◆


 海里たちは元町・中華街駅から歩いて五分な所にある山下公園に来ていた。

 最初は中華街に向かおうと思っていたが、お店の開店時間が10時からと知り予定を変更した。


「う〜ん… 潮風が気持ちいいし、景色もいいね」


「天気もいいから、ほんと景色いいな」


 綾佳は胸を張りながら背伸びをして、颯斗は指フレームをしながら海を眺めていた。


 そんな二人を後ろから見ていた海里は、手で日差しを隠しながら綾佳の元へ駆け寄った。


「綾佳、折角だしSNSの更新用に何枚か写真でも撮らないか?」


「それは名案だね!最近、更新できてなかったからファンの人達も楽しみに待ってるかもだし!」


 綾佳がSNSに投稿した最後の写真が数日前に撮った海里が女装した写真である。

 それ以降は、なかなかいい写真が撮れずに更新が止まっていた。決してサボっていた訳ではない。


「それじゃあ、私の携帯で写真撮ってもらおうかな」


 綾佳はそう言うと、鞄から携帯を取り出して海里に渡した。

 海里は渡された携帯を受け取り、ロック解除してもらったあと、カメラを起動した。


「それじゃあ、ポーズするよー!」


「分かった。こっちも準備できたよ」


 綾佳がポーズをして、海里はその瞬間にシャッターを押していく。

 そこから数枚撮っていき、綾佳は確認するために海里の元へやってきた。


「どんな感じになったー?」


「結構、映えていると思う」


 海里はアルバムを開き、綾佳にも見えるように画面を見せた。この時に太陽の反射で見えくなると困るので、画面上部を軽く手で覆った。


「………うん。いい感じだね!」


「よかった… 綾佳のジャッチは厳しいから、毎回ヒヤヒヤだよ」


「そんなに厳しくはしてないよ?」


 綾佳は首を傾けると、視線を画面に戻して撮った写真で何かを始めた。


「もしかして、写真を加工しているのか?」


「うん。女子はね、みんな写真を加工してから投稿しているんだよ!たまにしない人もいるけどね」


「なるほど。覚えておくよ」


「これに関しては覚えなくてもいい気がするけどね…(笑)」


 綾佳は苦笑しながら、加工の手を動かしていく。

 その様子を海里も見ながら頷いていると、肩を叩かれた。


「なぁ、あっちの船の場所に行かない?」


 颯斗が示した先には船があり、写真を撮っている人が数人見られた。


「そうだな。船の前でも映えな写真も撮れそうだし、行ってもいいかもな」


「いっぱい写真を貯められるから、校外学習って最高だね!」


 綾佳は微笑みながらサムズアップした。

 そんな彼女に、「ちょっと違うのでは…」と思いながら移動を始めた。



 船の場所に来ると、周囲には人が沢山いた。

 この船は歴史博物館になっているらしく、中に入れるらしい。

 だけど颯斗は興味ないらしく、綾佳は写真が目的だったので入ることはなかった。


「それじゃあ、海里くんまた写真をお願い!」


「分かった」


 海里は綾佳から携帯を受け取り、カメラを起動する。

 彼女はそのまま船の近くまで行き、カメラ目線を向けたり、敬礼したり様々な海に関するポーズをした。


「ふぅ… 色んなポーズがあるけど、レパートリーが少なくてもう少し考えないとね」


 綾佳は苦笑しながら撮影した写真を確認するために、海里の元へ戻ってきた。


「さっきより上手く撮れたと思うけどどうかな?」


 海里は少し手応えがあった。

 先程は日光とかで上手く撮れた気がしなかったが、今回は船により日陰になっていたのでフレームに納めることができたからだ。


「うん!さっきのも良かったけど、今回のもいいと思う!!」


「よかった… これで失敗したら、順番待ちになる所だったよ」


「ほんとだ!写真撮るのに列が出来てるね」


「だから、俺たちも早めに撮らないとだな。颯斗、写真を撮るから船の所に行くぞ」


 後ろにいた颯斗に声を掛けると、彼は指フレームをして他の人を見ていた。


「うん… あの子可愛いね。おっ、あの子もスタイルいいな」


 海里と綾佳はお互いに顔を見合わせると、苦笑して颯斗の方に近寄り———


——— ドス


 颯斗のお腹を突いた。かなり強めに。


「いたっ… 海里、何するんだよ」


「なにって、楓ちゃんの代わりに天誅?」


「そうだね。楓ちゃんに代わって、私たちが颯斗くんに天誅したの」


「海里が俺に突いたということは… 瀬倉さんはもしかして… 」


 颯斗は何かを察したらしく、段々と顔が青くなっていった。


(頭がいいのに、こんなことしてるから楓ちゃんに呆れられるんだよ… それでも見放さない楓ちゃん、偉いと思う)


 綾佳はニコニコしながら、携帯を颯斗に見せた。

 そこには、楓ちゃんに送ったメールが映し出されていた。


「あの… 後日、弁解の余地をお願いします… 」


「その時の気分だな」


「海里くんがそう言うなら、私もその時の気分です!」


 ノリノリで綾佳は海里の言葉に合わせた。

  

「……とりあえず、集合写真でも撮るか」


 颯斗が落ち込んでいるが、時間があるので海里たちは船の元へ行き、近くにいた人に頼み写真を撮ってもらった。


 撮り終わり、写真を確認すると、海里と綾佳は満面の笑みをして、颯斗もその場では笑顔でいた。


 とてもいい写真になっていた。


「海里くん、そろそろ開店時間になったかな?」


 海里は時計を確認すると、まだ少しだけ時間があった。


「もう少しだけど、まだこの辺見てない所あるし寄り道しながら行けば時間になると思う」


「おぉ!!なら、寄り道しながら向かおうよ!」


「颯斗もそれでいいか?」


「あぁ、俺もそれでいいと思う」


 元気がない颯斗を見ながら、食べ歩きをすれば機嫌を直すだろうと思った。


 ということで、海里たちは寄り道しながら中華街へと向かった。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る