第134話 編集部もノリノリだった

 あっという間に、雑誌撮影当日になった。

 現場の集合時間は午前10時なので、北島が9時には家に迎えに来る手筈になっている。


「いま、すごく緊張した顔してるね」


「まぁ… 有名雑誌の表紙ってのもあるけど、やっぱり女装して掲載されるのがね… 」


「いいじゃん!!SNSでも反響よかったんだから、ここまで来たら楽しまないと!!」


「あはは… 綾佳はいつも前向きで見習いたくなるよ」


「そりゃ、トップアイドルだからね!」


 綾佳は両手を腰に置き、ドヤ顔で言ってきた。


———ピンポーン。


 すると、部屋のインターホンがなった。

 海里はソファーから立ち上がり、画面を確認すると北島だったのでオートロックを解除した。


「お待たせしました。お二人とも準備は出来ていますか?」


 部屋へと入ってきた北島は、それぞれの顔を見て聞いてきた。


「大丈夫ですよ!」

「はい。大丈夫…だとは思います」


「寺本さん、いい加減覚悟を決めてください。」


 渋い顔をしながら言った海里に、北島はため息をつきながら言った。


「覚悟は決めてますよ。覚悟は。だけど心のどこかで、愚図っているんですよ」


「はいはい。ほら、行くよ。遅刻したらレイナちゃんに迷惑かけちゃうし」


 綾佳は話を軽く受け流して、海里の腕を引っ張った。その後ろを、北島も着いて行った。


 車に乗り込み、出発してからも海里はソワソワしていた。

 

◇◆◇◆


 一行は都内某所にある、撮影スタジオに着いた。

 このスタジオでは、雑誌の撮影の他、映画やドラマなどの撮影にも使われているらしい。


 その話は車内で北島から聞いた。


「それでは中に入りましょう。私の後ろをついてきてください。特に寺本さんの場合、逸れたら入れない可能性があるので」


 そう言うと鞄から入館証を取り出し首に掛けた。


(マネージャーなのに中に入れないって… そんなことがあるのか… )


 海里は逸れない為に、前を歩く綾佳と北島の後ろを距離感を保ちながら歩いた。



 建物の中を数分歩き、撮影が行われる場所に辿り着いた。


 周囲を見渡すと、白い大きなカーテンらしき物が前方に吊り下がっていたり、その他の場所にはモデルルームらしい部屋が一番出来ていた。

 一方、対面にあるのはスタッフが座る椅子や机が置いてある。


 すると、一人の女性が海里たちに向けて手を振りながら、こちらに近づいて来た。

 

「あっ、レイナちゃんだ!おーい!!」


 手を振っていたのは、先に来ていた佐倉レイナだった。

 綾佳も彼女に手を振り返した。


「海里さん、綾佳さん、おはようございます。今日は、よろしくお願いします」


 レイナはスカートの裾を摘み、軽く膝を曲げて挨拶をした。


「おはよう。こちらこそ、今日はよろしくね」


「レイナちゃん、何時に着いていたの?」


「私、今日は9時半には着いていました」


「く…9時半?!俺たちがまだ車に乗っている時じゃないか。早すぎる」


「うふふ… 私は自分のメイクの他にもやる事があったので、妥当な時間ですよ」


「確かにレイナちゃんって、いつも早いけど何をしているの?」


 綾佳は首を傾げながら、レイナに質問した。


「ふふふ… それは乙女の秘密ですわ!」


「えぇ〜 私だけでもいいから教えてよ〜」


「綾佳さんでも、これだけはごめんなさい」


「レイナちゃんのケチ……」


 綾佳は頬を膨らませながら、そっぽを向いた。


(拗ねている綾佳、可愛すぎるだろ… だけど、レイナさんの乙女の秘密が気になるな…)


 海里はレイナのことを、ぼーっと見つめていた。


「……海里さん、どうかしましたか?」


 視線に気づいたレイナが、海里の方を向き尋ねてきた。


「いや、何でもないよ。それで俺はどこでメイクをするのかな?」


「君のメイクをする為に控室を用意してある。そこで、レイナちゃんと準備してほしい」


 海里が誤魔化したあと、メイクをする場所を聞いた。

 すると、レイナの後ろから一人の女性が現れた。

 その女性は上下スーツを着ており、ピシッとした服によりスタイルの良さが目に見える。


「えっと… 貴方は誰ですか?」


「私は、君の撮影をオファーした、〇〇編集の堀北だ。今日はよろしく」


「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 堀北は海里に向けて握手を求めてきた。

 それに対して海里はお辞儀をしたあと、彼女に握手をした。


「堀北さん、お久しぶりです。今日はよろしくお願いします」


「あら、綾佳ちゃん久しぶりじゃない!」


「そうですね。って言っても、たったの数ヶ月ですけどね」


「それでも、私は綾佳ちゃんに会いたかったぞ!」


 堀北と綾佳は、以前からの仕事仲間らしい。


「堀北さん、変態」


 レイナが海里の横で、堀北に聞こえる声で言った。


「レイナちゃん、そんな事を言わないで」


「なら、さっさと海里さんに女装でオファーした理由を話してください。私の横で、ずっと、「何故?」って感じの雰囲気を出しているので」


 確かにそれは疑問に思っていたけど、そんな雰囲気は出していないぞと思った。


 そして堀北は咳払いをすると、説明を始めた。


「二つ理由があります。一つ目が、SNSで反響が良かったのと綾佳さんがいたからです。二つ目が、女装マネージャーって面白いじゃんと思ったからです」


「その… オファーしてもらって、ありがたいとは思うのですが、編集長はよく許可が出ましたね」


「私も最初はダメかなと思ったのですけど、編集長もノリノリでサクサクと進んで行きましたよ」


 まさかの編集長もノリノリと聞いて、海里は顔を引き攣りながら苦笑した。

 レイナと綾佳に至っては、「流石、海里さんですわね」「編集長も分かっているね」と、二人で盛り上がっていた。


「そ、そうですか。それなら、当たって砕けろ精神で頑張りたいと思います」


 ずっと愚図っていた心も、今の台詞を聞いて無くなった。

 無くなったというより、上書きされた感じだ。


「撮影を楽しみにしてますよ。では海里さんには、変身をしてきてもらおう。レイナちゃん、控室に案内をよろしく」


「はい。では、こちらに着いてきてください」


 海里はレイナに案内されて、控室に向かった。

 

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