第129話 えらい、えらい
このショッピングセンターの三階には様々な飲食店が立ち並んでいる。
トンカツ、オムライス、海鮮、麺など、訪れる客に沢山の選択肢がある。
「私のオススメはこのお店になります!」
そんな中、楓が他のお店に目もくれずに一直線に目的のお店に向かい、オススメしてきた。
「ここって…」
「うどん屋さんだな」
「あー、ここか。楓はここのお店好きだよな」
「はい!」
海里と綾佳はお店の前にあったサンプルを見ながら呟いた。
颯斗に至ってはよく知っているお店らしく、「ここ美味しいよな」と楓と話をしていた。
「楓ちゃんのオススメか〜 うん!私もここでいいよ」
「俺もここで問題ないよ」
「では、決まりですね!」
そう言うと、楓は名前を書きに行った。
「私たちの番は三番目でした。でも、回転率は良さそうなので早く回ってくると思いますよ」
戻ってきた楓が、店の前の椅子に座っている人を見ながら言ってきた。
「分かった!なら、私、ちょっと…」
綾佳はもじもじしながら、楓に何かを伝えたそうにチラチラ見ていた。
そして彼女の言いたいことを理解した楓は、「綾佳さん、大丈夫ですよ」と一言伝えた。
「楓ちゃん、ありがとう!!」
綾佳は小走りに化粧室へと向かった。
「なるほど。トイレと言いた———」
———ドン
颯斗が話している途中に、重たい音がなった。
その音は、楓が颯斗のお腹にパンチを食らわせた音だった。
「そんな下品な言葉で、綾佳さんの価値を落とさないでくれます?」
「えっ… 楓…さん?」
「いいですか?綾佳さんはアイドルなんです。それなのに、貴方ときたら」
「その… あの、すみません。自分、顔を洗ってきます」
颯斗は逃げるようにして、化粧室へと向かった。
海里は顔を引き攣って苦笑していた。
「ふぅ… では、お二人が帰ってくる前に先程のメールの話でもしましょうか」
楓は一息つくと、海里の方を向き微笑んできた。
「その、あまり話すことないですよ?」
「そうですか?先程の話だと、綾佳さんにひざ枕してもらえるそうですね!」
「な、なぜそのことを…?!」
あの時、自分の周りには綾佳と他のお客さんしかいなかった。
それに、あの距離から綾佳との会話が聞こえるわけがない。
(一体、どーゆうことなんだ…)
不思議そうな顔で楓を見ていると、彼女は、うふふ… っとしてきた。
「そりゃ、戻ってきた時に、お二人とも顔が真っ赤になっていたら察しがつきますよ」
「まじか… あの時、そんなに顔が赤くなっていたとは… 恥ずかしい…」
「恥ずかしいことはありませんよ。だって、お互いに好きな気持ちが溢れている証拠なんですから!」
楓は胸の前でガッツポーズをしながら、自分の方へと顔を近づけてきた。
「そう言われると、なんだか恥ずかしいな」
「そんなことありませんよ!それで女装した海里さんは、あれからほんと何もなかったのですか?」
「何もなかった…?!なぜ、そのことまで知っているの!?いや、SNSにあげていたから知っているのは当たり前だけど、俺だって分かる訳が…」
「私にはお見通しですよ!だって、綾佳さんがマネージャーで男と言ったら海里さんしかいませんもん」
「あはは… 楓ちゃんには、何もかもバレてるんだね。まぁ、確かにあれは俺だけど、それ以外は何もなかったぞ。ほんとに」
「そうですか… (なんだか、つまらないですわね…)では、これからも何かあったら報告することは忘れないでください!(楽しみなんですからね)」
楓はニコニコしながら、海里に報告を継続するように伝えた。
(楓ちゃん、所々小声で何か言ってたけど聞き取れなかったな… でも、楓ちゃんだし悪いことではないよな)
楓がどんなことを、ボソっ…と呟いたのかは海里は知らないまま、綾佳が戻ってきた。
「お待たせ。楓ちゃん、なんかごめんね」
綾佳は申し訳なさそうに楓に謝った。
彼女が化粧室行くのに、気を遣わせたことを気になっていたのであろう。
「いえ、私は綾佳さんのことが守れたので満足ですし」
綾佳の方を向き微笑むと、今度は海里の方を向き微笑んできた。そして彼女は、「それに」と言葉を続けた。
「私の目的が一つ達成できたので大丈夫ですよ」
「目的…?達成…?海里くんは何か知ってる?」
「それは… その… 俺にも分からないかな」
海里は頭を掻きながら、彼女たちから視線をずらした。
一応、その目的は自分のことであるので全て知っているが、綾佳には絶対に言えないからだ。
「そっか。楓ちゃんのプライベートだし、海里くんも知らないならこれ以上は聞かないよ」
綾佳は微笑しながら楓に言った。
楓も、「すみません。助かります」と言っていたが、本音はどうか気になるところだった。
(綾佳、俺も嘘をついてごめんなさい!!今回は仕方がなかったんだ…)
海里は自分の嘘を心の中で懺悔していた。
「それで綾佳さん、私、またあの女装した方を見たいですわ!マネージャーですけど、雑誌の撮影とかで表紙飾ってもいいかもしれませんよ?」
「それいいね!雑誌の表紙で私とかい… じゃなくて、マネージャーか… レイナちゃんもいたら面白いかもな〜」
どうやら楓の提案に、綾佳は本気で実現させたそうな顔をしていた。
「ちょ、それは絶対に起こら———」
「———四名でお待ちの水瀬様。どうぞこちらへどうぞ」
海里が反論しようとした時、店員から呼び出された。いつの間にか順番が回ってきたようだ。
同時に颯斗も戻ってきたので、全員で店内へと入っていった。
◇◆◇◆
「う〜ん… 美味しかった。楓ちゃんがオススメするだけはあるね!」
背伸びをしながら満足そうに言う綾佳。
「綾佳さんに気に入ってもらえて、私、感激です!!」
「俺も綾佳の言う通り、うどんにコシがあり、つゆも美味しくてリピートしたくなるな」
「是非、綾佳さんと二人でまた来てください!」
楓は笑みを溢しながら、一人ずつコメントをしていった。
「んじゃ、話が終わったようだしゲーセンでも行こうぜ!」
「もう颯斗ったら、もう少しゆっくりしてもいいじゃないですか」
「そうだぞ。俺はともかく、楓ちゃんと綾佳はゆっくりしたいそうな顔をしているだろ?」
楓はともかく、綾佳は苦笑しながら話を聞いていた。つまり、少しゆっくりしたということだろう。
「でもよ、時間もすでに13時過ぎてるし、あまり遊べる時間ないぜ?」
颯斗がポケットから携帯を取り出すと、時間を確認した。
今日の制限時間(解散)は15時で、残り2時間ちょい。確かに時間はあまりない。
だからと言って、食べてすぐに移動するのはなかなかきつい場合もあるのだが…
「私は大丈夫だから、颯斗くんが言っていたゲームセンターに行こ!楓ちゃん、いいかな?」
「はい!綾佳さんがそうおっしゃるのであれば、私はどこへでも着いて行きます!」
颯斗の時と違い、楓はニコニコしながら綾佳の台詞に賛同した。
(楓ちゃんのキャラブレが激しいな)
彼女を観察していると、颯斗の時はお姉さん?的な感じで振る舞い、自分の時は同級生として、綾佳の時は冷静な時と崇拝してる感じの二つの雰囲気がある。
「よかったな。颯斗の望み通り、ゲーセンに行けるようになったぞ」
「うぅ… 嬉しいんだけど、なんか負けた気がして涙が出てくるよ…」
「頑張れ」
海里は、颯斗の肩をトントンと叩き、励ましてあげた。
そして彼は海里に抱きついたのだった。
ゲームセンターはショッピングセンターから歩いて数分の所にある。
「ここだね!地下と一階がゲームセンターなんだね!」
「そうなんです!でも以前なら右斜め横に大型のゲームセンがあったんだけど、閉店しちゃったんだよ」
「そうなんだ。ちょっと、残念」
綾佳は残念そうな顔をして、颯斗が指を指した方を見た。
颯斗が話しているゲームセンは20年以上の歴史がある建物だった。
昨今の耐震化推奨や老朽化など、様々な要因が重なり建て替え工事をすることになり閉店した。
今は全く新しい建物になり、薬局が入っている。
「とりあえず、中に入ろうぜ。ここだと、他のお客さんに邪魔になるし」
「そうですね。では綾佳さん、一緒に行きましょ!」
楓はそう言うと、綾佳に手を差し伸べた。
つまり、綾佳と手を繋ぎたいのであろう。
手を繋いだあと、そのまま中へと入っていった。
「海里、俺たちも行こうぜ」
「そうだな」
海里と颯斗も、彼女たちを追いかけて中へと入っていった。
「ねぇ、海里くん、あのぬいぐるみ一緒に取ろ!」
「これって… またアームが弱そうな」
綾佳が取りたいって言ったぬいぐるみは、手のひらサイズなのだが、ちょっと台を触っただけでアームが揺れる弱さに見えた。
「とりあえず、挑戦あるのみ!やるよ!!」
「はいはい」
海里は苦笑しながら、綾佳と共にゲームを始めた。
「颯斗、私たちも負けてられません。どれかやりに行きましょう」
「へいへい。そう言うと思ってましたよ。それじゃあ、海里またあとでな」
「分かった」
海里に一言伝えると、二人は別方向へと歩いていった。
「さて、これで私たちだけだね。絶対に取るために、集中するよ海里くん」
「分かった。俺も綾佳の為に頑張るよ」
「ちょ… そんな恥ずかしいことを…急に言わないでよ」
綾佳は頬を赤く染めながら呟いた。
「慣れてくださいな」
その一言をいい、海里はクレーンゲームへと集中をした。
ややあって。
「と… 取れた!!海里くん、ありがとう!!」
500円玉を3回投入して、16回目でやっと綾佳が欲しがっていたぬいぐるみが取れた。
残り2回あったが、自分の分を取ろうとして全て落ちていった。
「綾佳に喜んでもらえる為に頑張りました。褒めてくれる?」
「………?!きょ、今日の海里くん、なんか変!!」
「変って… 何もおかしくないだろ?いつも通りの寺本海里だぞ?」
「私に対して、甘い言葉を使ってきてるもん」
偽物を見るような目で、海里のことを睨んできた。
(いやいや、この間は綾佳もしてきたじゃん)
ジト目をしながら綾佳を見つめると、彼女はため息をついて一歩前に出た。
そして海里の頭に手を乗せて、「えらい、えらい」と撫でてきた。
「えっと… その… 綾佳、ありがとう…」
「………うん。満足してくれたかな?」
「もちろん… 綾佳のおかげで元気もでた」
お互いに視線を逸らしながら、顔を赤くしていた。
「これは… LOVEですね」
「いやいや、LIKEの方だろ」
戻ってきた颯斗と楓が、二人の様子を見ながら呟いてきた。
「えっ… 楓ちゃんに颯斗くん?!」
「いつの間に戻ってきてたのかよ」
「私たちは、なでなでしているところから見てましたよ」
「海里のあんな顔見たことなかったよ。ほんと、瀬倉さんに心許してるんだな」
「ふ、二人とも何言ってるんだよ!!それより、何を取ってきたの?」
「海里くん、誤魔化したね」
「仕方がないか。ここは海里の話に乗ってやる」
颯斗は、やれやれと首を振ると、手に持っていた大きめの袋からぬいぐるみを取りだした。
「これが俺と楓の共同作業の結果だ!」
「こら、共同作業じゃなくて、私が一人で取ったんでしょ!」
頭をコツンと叩かれると、颯斗はペコペコしてぬいぐるみを楓に渡した。
「楓ちゃんが取ったの!?しかも、メンダコのぬいぐるみ可愛い〜!」
「そう!メンダコちゃんに一目惚れして取りました!」
綾佳と楓は、メンダコのぬいぐるみをツンツンしながら楽しんでいた。
海里と颯斗は、その光景を見て微笑ましい気持ちになった。
「そうですわ!皆さんでプリクラ撮りましょう!」
ぬいぐるみを抱きしめながら、楓は三人の顔を見て言ってきた。
「プリクラ!!私、楓ちゃんと撮りたい!!」
「俺も撮りたいわ。瀬倉さんと写真撮れるチャンスだし!」
「………俺も撮りたいかな」
「綾佳さん、海里さん、一緒に撮りましょ!颯斗は、その欲望を消しなさい」
楓は綾佳と海里に優しく言い、颯斗には辛辣な言葉で対応をした。
「欲望… なにそれ… 俺、楓と撮りたいよ?」
颯斗は辛辣な言葉を受けて、カタコトで呟いた。
「………では海里さん、綾佳さん、行きましょうか」
颯斗のことを無視して、楓は地下一階にあるプリクラコーナーへと向かった。
海里と綾佳も向かったが、苦笑していた。
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