第127話 お出掛けの先導者・水瀬楓

 ゴールデンウィーク初日。

 海里と綾佳は待ち合わせの池袋で、颯斗と楓の二人を待っていた。


 海里は、紺の七分袖のジャケットに白のインナー、黒いジーパンを着ていた。

 綾佳は、丸眼鏡と帽子を被り、ホワイトのカットソーに、ブラックのパンツを合わせた大人スタイルだった。


「………あっ!楓ちゃんが、もうすぐで着くってメールがきたよ!遅れてごめんなさいだって」


「寧ろ、時間通りだから謝る事ないのに。俺たちが早すぎただけだしな」


「多分、楓ちゃんは待たせてしまったことに、申し訳ないと思っているんだよ」


「そうなのか… 楓ちゃんはよく出来た子だな」


「それは誰目線で言ってるの…?」


 綾佳は苦笑いしながら、『焦らずに来てね』と楓にメールを返していた。


 それから、数分後———


「お待たせしてすみません。時間… 大丈夫でしょうか?」


 二人が待ち合わせ場所に着くと、楓が心配そうな顔をしながら尋ねてきた。


「全然、寧ろ時間通りだから安心して!私たちが早く来すぎただけだしね」


「そうそう、楓ちゃんが心配するようなことは何もないよ!」


「海里さん… 綾佳さん… ありがとうございます」


 楓は海里と綾佳の顔をそれぞれ見て、お辞儀した。トップアイドルの綾佳を待たせたことを、気にしていたのであろう。


「あの… 俺のことは忘れてないよ…な?」


 感動の場面になっていた所に、颯斗が右手を上げながら尋ねてきた。


 その台詞を聞き、三人は一斉に颯斗を見た。


「忘れてはいないよ。颯斗くん、おはよう」


「うん、忘れてはない。だけど、タイミングがな…」


「瀬倉さん、おはよう。そして海里は、何が不満なんだよ!!!」


「まぁ、颯斗のことは置いといて、水族館に行きませんか?ゴールデンウィークで混んでいそうですし」


 楓は、パン… っと手を叩き、移動する提案をしてきた。


「そうか… 俺の話はもう…」


 そのことにより、颯斗の台詞が無かったことにされ、彼は少し涙目になっていた。

 海里と綾佳は、お互いに顔を見合わせて苦笑いをした。


「水族館か。チケット買うのにどれくらい時間掛かるかな」


「そうだよね。連休だと、みんなお出掛けするから、予約しとけば良かったね」


 海里と綾佳がそんな話をしていると、楓が、「うふふ」と声をもらした。


「海里さん、綾佳さん、安心してください。私、こんなことがあろうかと、水族館のチケットを四枚事前に買っておきました!」


 楓は鞄から財布を取り出すと、中から四枚の紙切れを取り出した。

 その紙切れこそ、水族館のチケットだった。


「おぉ!!楓ちゃん、用意周到だね!!」


「綾佳も楓ちゃんを見習わないとな」


「ちょっと、それはどーゆうことかな?」


 綾佳は満面の笑み(目が笑っていない)をしながら、海里の二の腕を軽くつねりながら聞き返してきた。


「ほら、その… (綾佳も今後、デートするかもしれないだろ?その時の為に覚えておいても損はないだろ?)」


「それはさ、男の子がやることだよ?」


「………はい。綾佳の言う通りです…」


 自分は上手く誤魔化したつもりだったが、綾佳の一言で負けてしまった。


 そんなやり取りを見ていた楓は、「ほんと仲がいいのに、困ったお二人ですなぁ〜」とニコニコしながら見つめていた。


 颯斗に至っては、未だに楓に無視されたことを気にして虚空を見上げていた。


「それでは、水族館に行きましょう!」


 改めて、楓が、パン…っと手を叩き、移動することを促した。


 彼女の提案に海里、綾佳、颯斗が頷き、移動を始めた。


◇◆◇◆


 水族館はビルの最上階にあり、色んな種類の生き物が飼育されている。


 そしてリニューアルしたことにより、ペンギンコーナーには空飛ぶペンギンや、頭上にフラミンゴなど歩いていたりする屋外エリアがある。


 他にも、ショーをする場所もある。


「それでは、最初に何を見ましょうか?」


 中に入ると、楓が後ろを振り向き聞いてきた。


(もしかして、ずっと楓ちゃんが先導する感じ…?)


 そんなことを思いながら、楓の質問に対して考えた。


「ラッコ!!」


 綾佳が言った。


「なんでもいいけどな」


 颯斗が言った。


「………カワウソ」


 必死に考えて、海里は言った。


「はぁ… 颯斗はいつも、"なんでもいい"って言うからつまらないよ。それに比べて———」


 楓はため息をつきながら呟き、そのあとに海里と綾佳の方を向いて言葉を続けた。


「海里さんも綾佳さんも、とても可愛い提案をありがとうございます!私、そーゆうのを待っていました!!」


 楓は満面の笑みをして言った。


「いや〜 楓ちゃんにそう言われると、なんだか照れちゃうな〜」


「確かに、俺もなんだか恥ずかしくなってきた…」


 綾佳はニヤニヤして、海里は頭を掻きながら顔が緩んでいた。


「楓… 俺のことを見捨てないで… 悪かったよ」


 一方、つまらないと言われた颯斗は、彼女の背中に抱きついていた。

 ただ、颯斗の方が身長が高いので、楓は重たそうな顔をしながら、肩から手をどかしていた。


「という訳で、綾佳さんの提案のラッコに行きましょう!その後に、カワウソですね!」


 海里たちは、ラッコのいるエリアへと向かった。



「ラッコ… ぷかぷか… 可愛い…」


 ラッコエリアに着くと、綾佳が、ボソッ… と呟いた。


 すると、自分の袖を引っ張られる感覚がした。

 振り向くと、楓だった。


「綾佳さん可愛すぎませんか!ぷかぷかって、もう最高ですよね!!」


「あはは… 確かに、綾佳が気が抜けて呟くのは珍しいな」


「ですよね!!はぁ… これだけでも、綾佳さんと出掛けられたことに価値があります」


「それは大袈裟だと思うけどなぁ…(笑)」


「いえいえ、私たちファンにはとーっても貴重なのです!!!」


 楓は顔を近づけ、説得力のある言葉で納得させようとしてきた。


 海里は綾佳の方を見ながら、楓の目の前に両手を出した。一応、何かあったら困るからだ。

 そして、颯斗はラッコの後ろにいた魚を見ていたので、何も知らないでいた。


「ねぇ!ラッコのお腹にホタテ乗せているのかな?」


 突然、綾佳は後ろにいる楓と海里に質問してきた。


「水族館によるけど、ここは今は乗せていないかな?」


「そうですね… 乗せる時と載せてない時があるので、今回はタイミングが悪かったですね」


 綾佳に申し訳なさそうに呟く楓に、綾佳は両手を振りながら口を開いた。


「ううん、気にしないで。ただ、気になっただけだから」


「すみません…」


「大丈夫だから!ほら、海里くんか見たがっていた、カワウソを見に行こう!」


 綾佳は笑みを溢して、カワウソエリアの方を指さした。


 海里、楓は元気よく、「はい!」「だな!」と呟き、カワウソエリアへと向かった。



 カワウソエリアに着くと、偶々お客さんがいなかったので楓、海里、綾佳の横並びで見ていた。


「海里くん、カワウソ可愛ね!」


「あぁ、何時間でも見てられるよ」


「癒されますね〜」


「癒されるけど、俺を置いていくのはどうかと思うぞ」


 颯斗は楓の横に突然現れて、ボソッ… っと呟いた。ただ、元気がなかった。


「どうした?さっきよりも、さらに元気がないようだが」


「そりゃ、置いていかれたら元気なくなるやろ。それに、彼女が相手してくれないし…」


「あら?私は颯斗の相手してあげようとしたら、貴方がどこかに行ってしまうではないですか」


「確かに、さっきは後ろの方にいたが、それでも移動する時は声を掛けてくれよ」


「声を掛けましたよ。(小声だけどね)」


「……嘘だろ。俺、聴こえてないぞ」


 悪い顔をしながら話す楓に対して、今にも涙目になりながらその場でへたり込みそうな颯斗。

 

「えっと… カワウソでも見て、二人とも仲直りしませんか?」


「海里くん、それはどうかと…」


 海里の提案に、綾佳は苦笑した。


「まぁ、海里さんがそう言うなら私は構いませんが」


「仕方がない… 海里の提案に乗ってやるか」


「………えっ?!そんな感じでいいの!?」


 予想外の返答だったようで、綾佳は驚きを隠せないようだ。


「綾佳さん、仲直りも何も私たちは喧嘩してないので、カワウソを見て癒されるだけですよ。海里さんの提案の前者を受け取ったまだです」


「そうそう、俺たちにとってはこれが日常的にもなりつつあるから、喧嘩ではないぞ海里」


 サムズアップしてくる颯斗。


(颯斗よ、ほんとにそれでいいのかよ…)


 心の中で颯斗の心配をしながら、嘆息した。


「まぁ… 楓ちゃんも颯斗くんもそれでいいならいいのだけど…」


「綾佳、これ以上何も言うな。颯斗の為にも、ここはカワウソでも見ていよう」


「えっと… そうだね」


 一瞬、「こいつ何言ってるんだ?」的な感じで綾佳に見られたが、すぐに海里に頷き展示ケースへと目を向けた。


「ほら、私たちもカワウソを見て癒されましょ」


「そうだな。癒してもらいますか」


 海里と綾佳が展示ケースへと視線を移したのを見て、楓と颯斗も同じく視線を移した。


 それから、カワウソの展示ケースを五分間見つめていた。

 

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