第126話 女装マネージャーは俺です。
ゴールデンウィークの前日の月曜日。
朝から憂鬱な気分になりながら、海里と綾佳は朝ごはんを食べていた。
机の上には、お皿に乗った食パンとその上にバターを乗せて、別皿には目玉焼きとレタスとトマトといった、よく見る朝食が用意されている。
「はぁ… なんで、ゴールデンウィークの間に普通に平日を入れるのかね。しかも、最初と最後に…」
机の上にあるカレンダーを見ながら、綾佳がボソッと呟いた。
「毎年のことだから、俺は諦めているよ。社会人とかだと、有給を使って10連休とか言ってるしな」
「そーいえば、海里くん、ついこの間も同じことを言っていたね!羨ましい〜!!」
「羨ましすぎて、同じことを言ってしまったな(笑)だけど、今日頑張れば、楓ちゃんたちと遊べるから、頑張って乗り切ろう!」
「もちろん!楽しみがあるのと無いのでは、やる気も変わるからね!」
「確かに、綾佳は仕事の時に振り幅が大きいもんな。———って、綾佳時間がやばい」
時計を見ると、八時になろうとしていた。
そろそろ、家を出ないと学校に遅刻してしまうので、急いで朝食を食べて、家を出た。
◇◆
急いで走って来たので、本鈴が鳴るまで十分の余裕がある状態で学校に着いた。
海里と綾佳は、下駄箱で上履きに履き替えて教室に向かった。
「あれ?なんか、教室が騒がしくない?」
「確かにいつも騒がしいけど、今日は一段と…」
いつもなら廊下で少し うるさいな… くらいのざわつきなのだが、今日のはそれを超えていた。
意を決して、綾佳の代わりに海里がドアを開く。
なんとなくだが、海里は開いた瞬間に一斉にクラスメイトが近寄ってくる予感がしたからだ。
———ガラガラガラ
ドアを開けた瞬間、教室にいたクラスメイトたちは一斉に自分たちの方を向いてきた。
海里の予想通りだった。
そして数人の女子生徒たちが近寄って来て、口を開いた。
「瀬倉さん、SNSにあげていた写真、とてもカッコよかったです!!」
「綾佳さん、イケメン彼女ですよね!私とも、あの格好で撮って欲しいです!!」
「えー!ずるい!!私も撮って欲しいのに」
海里の後ろにいた綾佳に向けて、怒涛の感想が飛んできた。
綾佳は一人一人に対応をして、女子生徒たちから甲高い声援が送られていた。
「実は… 俺も見ました。瀬倉さん、ほんとカッコよかったです!」
「俺も見ました!!瀬倉さんのマネージャーさんって男なんですね。ですが、女装が似合っていて、物凄くタイプでした… 紹介して欲しいのですが」
「分かるわ。あの女装したマネージャー可愛かったよな。一体、誰なんだろう」
タイミングを見計らって、男性陣も綾佳の元へやって来た。
ただ…
(君たちが話している女装マネージャーは俺です。はい、口には出せませんが俺なんですよ)
綾佳も横目に見ながら苦笑していた。
「それで、瀬倉さんのマネージャーはどんな方なの?見た感じ若いよね?」
一人の女子がもっと知ろうと、綾佳に詰め寄って聞いてきた。
「えっと… その… マネージャーのことは何も伝えられないんだよね。ごめんね…」
綾佳は女子生徒に向けて謝った。
海里は、ホッ…っとしていると、後ろから声を掛けられた。
「よっ、海里!おはよう!」
敬礼ポーズをしながら、挨拶をしてきたのは颯斗だった。
「颯斗か。今日は随分と遅いな」
「楓とのお泊まりをしていて、夜更かししていたら朝起きるのに手間取ってな」
「……楓ちゃんに起こしてもらえなかったの?」
「それがさ、起きたら綺麗に布団が畳んであって、もう学校に向かったって親に言われたんだよな」
颯斗は頭を掻きながら、「まぁ、楓の学校は厳しいから仕方がないよな」と言っていたが。
(他にも理由がありそうな気がするけど…)
苦笑いしながら、颯斗に、「頑張れ」と言いながら右肩をトントンと叩いた。
颯斗は首を傾けていたので、海里が言ったことを理解出来ていないようだったが、海里は無視をして座席へと向かった。
そのタイミングで綾佳もクラスメイトたちとの話を一段落したようで、海里の後ろを着いて行った。
◇◆◇
昼休みになり、いつもの屋上で海里と綾佳はお弁当を食べていた。
「それにしても、海里くんの女装が人気すぎたね(笑) あれが海里くんだって言えないのが、少し残念だな〜」
「勘弁してくれ… あれが俺だってバレたら、色々な問題が起こるだろ」
色々な問題。
一つ目が、綾佳のマネージャーをやっていることを知ったら、男子たちに恨まれる。
二つ目が、他のアイドルと写真撮ったことに恨まれる。
三つ目が、女子から何か狙われそう。
四つ目が、週刊誌に情報提供されそう。
(………あれ?色々な問題の内、ほぼ恨まれるようなことが多くないか?)
自分が思い当たる事を一つずつ考えていると、そんな結論に至ってしまった。
「ねぇ、海里くん。急に顔が真っ青になったけど、どうしたの?」
「色々な問題について考えていたら、良くない方向に向かっていて… 怖くなってきた」
「大丈夫だよ!私が、海里くんの事を守ってあげるから!!なんなら、週刊誌に撮られても怖くない!」
綾佳は腰に手を当てながら、胸を張っていた。
ただ、お弁当を膝の上に乗せていたので、軽くだった。
「俺が守らないといけないのにな… それと、週刊誌は絶対に気をつけような!!」
「もちろん、気をつけてはいるけど、撮られた時はその時に考えればいいよ」
綾佳はニコニコしながら言った。
その彼女の笑顔を見て、海里はこの笑顔をずっと守りたいと思った。
———ガチャ
「あー 、いたいた」
ドアが開くと、中から颯斗が出てきた。
どうやら、海里と綾佳のことを探していたようだ。
二人はお弁当を食べる手を止めて、颯斗の方を向いた。
「どうしたの?」
「びっくりした… 颯斗、急にドアを開けてくるなよ」
「なんで?!他の人が開けても同じ状況になると思うのだが?!」
「うん、そうだな。で、何しに来たんだ?」
「なんだろう… 最近、また辛辣になってきているような…」
「颯斗くん、何か用があって来たんだよね?」
綾佳に再度尋ねられて、颯斗は咳払いをしたあとに口を開いた。
「楓からの伝言で、明日のお出掛けを楽しみにしていますだって。メッセでも良かったんだけど、俺から伝えるように言われてな」
「なるほどね!私も、楓ちゃんと遊ぶの楽しみだよ!!颯斗くんがちゃんと仕事をしたことを、楓ちゃんにメールで教えないとね!」
「それはありがたい。楓のやつ、俺がちゃんとやらないと思っているらしく、彼氏なのに信用されてないんだよな〜」
颯斗は腕を組みながら、楓の言葉について首を傾げながら考えていた。
(なんでって… 颯斗が真面目に見えないからでは…?)
だが、それは口には出さずに、颯斗の方を見ながら苦笑だけした。
「という訳で、俺は少しやる事があるから、ここいらで退却するとします」
そう言って、颯斗は入ってきたドアを開けて、どこかに行ってしまった。
「ほんと、それだけ言いにきたのかよ…」
「あはは… 颯斗くん、謎すぎるね」
お互いに顔を見合わせて苦笑した。
そして、お弁当の続きを始めた。
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