第119話 攻めが強いような

 リハーサルを終えて、本番に移る前に綾佳と柚月は本番用の衣装へと着替えてきた。

 爽やか衣装となると、白系の衣装が多い感じだが、二人が着ているのはマリン風のセーラー服になる。


「綾佳先輩、とーっても似合ってます!!可愛すぎて、私、写真撮りたいです!!」


「それじゃあ、撮影終わったら一緒に写真撮ろうね!SNSにあげるようの写真をね!」


「ありがとございます!!!!!」


 柚月はガッツポーズした後、綾佳に抱きついた。

 綾佳はいきなり抱きつかれて少しだけ後ろに倒れそうになったが、踏ん張って彼女を受け止めていた。


「そーゆう訳で、海里くん写真担当お願いね!」


「もちろん!」


 綾佳は柚月と一緒に、スタジオの中央へと移動した。

 

「それじゃあ、本番始まるぞ」


 二人が中央に着くのを見ると、監督の鹿島は彼女達に声を掛けた。

 その声を聞いて、「はい!よろしくお願いします!」と二人合わせて返事をした。


「いよいよ撮影が始まりますね。間に合ってよかったです」


「?!北島さん、今までどこにいたのですか?」


 撮影が始まる一分前に、海里の横に北島が息を切らして戻ってきた。


「綾佳さんの為にフラペチーノを買ってきていたのです。撮影する時はいつも飲んでいるので。寺本さんもいつかやるかもしれないので、覚えておくといいですよ」


 北島の手元を見ると、確かにカフェ屋の袋を持っていた。


「ははは… 分かりました」


 苦笑いしながら、改めて二人の撮影へと意識を集中させた。


(さてと、二人はどんな感じかな…)


 自分の案が監督の鹿島によって、どのように表現されるのか少しだけ興味があった。


「よし、そこでダンスをしてみようか」


 カメラが綾佳と柚月の方に近づくと、鹿島が声を掛けて彼女達は踊りだした。


 ダンスは即興になるので、見事に二人ともバラバラだった。


「う〜ん… ダンスが合わないね〜 綾佳ちゃんのダンスの方に合わせてみようか」


「分かりました」


 綾佳は柚月の方を向き、自分が行ったダンスを教えていった。

 流石トップアイドルなので、誰でも踊れるダンスを考えていたらしく、柚月もすぐに覚えられた。


 カメラの外側から見ていた海里も、すぐに覚えられるほどだった。


「綾佳先輩の教え方、とても分かりやすい…!これなら、難しく考えずに踊れそうです」


「よかった… 柚月ちゃんが気に入らなかったら、私が柚月ちゃんのダンス覚えようと思ってたから」


「そんなことはダメです!何があっても、私は綾佳先輩のダンスを覚えたいですね!」


「うんうん!とってもよく出来た後輩で、私は嬉しいぞ」


 綾佳は柚月の頭をなでなでした。

 柚月は急な出来事に顔を真っ赤にして、肩を竦めていた。


「二人とも、そろそろいいかな?」


 ダンスを覚えた時間は僅か数分だが、撮影には時間が決まっていたので、鹿島は時計を見ながら声を掛けてきた。


「はい!大丈夫です!」

「すみませんでした。今度こそ完璧です!」


 二人は元気よく返事をして、鹿島はカメラマンに向けて合図をした。


「テイク2いくぞ。よーい、アクション!」


 鹿島の合図に合わせて、二人は揃ったダンスを披露していく。


 ダンスは途中まで行われて、今度は走りだし、途中から商品を手に持ち一口飲んだあと、商品名を揃って呟いた。


「凄い… これ、完璧なのでは?」


 思わず声を漏らす海里。

 だけど、鹿島は顎に手を当てながら首を傾けていた。


「監督、これどうですかね?」


「そうだね… 何か違うんだよね〜 」


「では先に走りを先に入れて、途中からダンスにするのはどうでしょう?その後に別撮りの商品名を呟くシーンを、編集で入れるという感じで」


「う〜ん… 確かにそれはいいかもだけど、どこかの学校か海岸でも抑えとけばよかったかもね」


「仕方がありませんよ。この狭い空間でどうにか活かすしか」


「そうだよね。合成班、期待してるぞ」


「はい」


 鹿島と合成のスタッフの話が纏まったので、二人の方にメガホンを使って指示を出した。

 突然のメガホンに二人は当然だが、密かに海里もビクッと驚いていた。


「では、テイク3いくぞ。よーい、アクション!」


 今度は右から柚月、左から綾佳が中央に向けて走りだして、合流するのハイタッチしてダンスを始めた。

 

「うん、いいね。とりあえず、ダンスパートはこれでいいかもね」


「ありがと… ございます…」


「全速力ってなかなか疲れますね」


 全速力で走った後に、ダンスをしていたので二人は息を切らしていた。


 数分後。


「二人とも息整ったみたいだから、一口飲んだあとに商品名を言ってもらうシーンを撮ろうか」


「待たせてしまいすみませんでした。ここからはノンストップで行きたいと思います!」


「私も、綾佳先輩に負けないように食らい付いて行きたいと思います!」


「よし、その勢いで一気に撮ろう。一発取り出来たら、すぐに解散出来るかもだしね」


 綾佳、柚月と鹿島の会話を聞いて、海里は監督のことを気さくな人だなと見ていた。

 初めて会った時も、優しく話しかけてくれたので、改めて仲良くなりたいと思った。


 綾佳達は顔を見合わせると、微笑み合い飲み物を一口飲んだ。

 そして二人はカメラ目線になり、商品名を呟いた。


「おぉ…!!いいね、二人とも可愛いくて人気が出るよこのCMは」


 鹿島は満足そう顔をしながら、モニターを見ていた。


「監督、今すぐに合成したいと思います」


「合成班、頼んだぞ」


 合成班はすぐにパソコンで映像編集を始めた。


 その間に綾佳と柚月は、海里の元へとやってきた。

 目的は先程の約束、『衣装で写真を撮る』ことである。


「海里くん、私の携帯持っているでしょ?それで、写真を撮ってね」


「分かった」


 綾佳の携帯は鞄に入っていたので、そこから取り出してカメラモードを起動した。


「ほら、柚月ちゃん。海里くんに撮ってもらおうね」


「ぐっ… はい、そうですよね。あはは…」


 柚月は相変わらず嫌そうな顔をしていた。

 撮影中は仲良くする約束をしたものの、柚月はすぐに気持ちを変えられることは出来なかった。


 それに気がついたのか、綾佳は微笑みながら柚月に声を掛けてきた。


「柚月ちゃん。海里くんと仲良く出来ないらしいね。私、柚月ちゃんと話のやめようかな〜」


「えっ…?!それは困ります…」


 柚月は綾佳の方を向き涙目になると、すぐに海里の方を向き今度は凄い形相で睨んできた。


 自分は何も言っていないよという感じに、大きく首を振った海里。


 柚月は、はぁ… っとため息をつくと、改めて綾佳の方を向き口を開いた。


「分かりました。綾佳先輩と話せなくなるのは、私辛いので、海里先輩と仲良くさせていただきます」


「うんうん、柚月ちゃんなら分かってくれると思ったよ!お礼に私とコスプレする権利をあげよう!」


「……!!ほんとですか?!なら、私、あの先輩とも仲良くさせてあげます」


「もちろん!私は約束を破らないからね」


「その時を楽しみにしてます!」


「はいはい、ほら、写真撮るからポーズしようね」


 綾佳に促されて、柚月は満面の笑みをしながら、海里が持っている携帯にポーズをした。


(待て待て…柚月ちゃん、ちょくちょく上から目線で言ってなかった?えっ…?綾佳もそれに関してはお咎めなしなの?)


 などと、疑問が増えるが二人はポーズをしてカメラを待っていたので、シャッターを押した。


「海里くーん、写真見せて〜!」


 綾佳は写真を見る為に、海里の元へやってきた。


「おぉ〜!ねぇ、私、可愛いよね?よね?」


「あぁ… とても可愛いと思うよ」


「柚月ちゃんも可愛いよね?」


「………」


「海里くん?それはダメだよ。ちゃんと答えないと」


 綾佳は頬を膨らませながら、海里の脇腹に指を突き刺してきた。

 

「……分かった。二人とも可愛いよ」


「付き合いたくなった?」


「うん…もしも学校にいたら、付き合いたいと思うだろうね」


 それを聞いた綾佳は、「うふふ」と呟きながら後ろにいた柚月にも写真を見せた。

 

 柚月に至っては二人の会話を聞いて、何故だか顔を赤く染めていた。


「(はぁ… 最近の綾佳、攻めが強いような…)」


 海里は思わず小声で心の声が漏れてしまった。


「(寺本さん、段々と面白くなってきましたね)」


 その瞬間、海里は変な声が出そうになったが、すぐに口を押さえて後ろを振り向いた。


 そして向いた先には、ニヤニヤしている北島が立っていた。

 

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