第106話 いつも通りが一番
「さてと、私たちも帰ろうか」
麗音とレイナを見送ると、綾佳は後ろを振り向き二人に言った。
「そうですね。あまり遅いとママが心配してしまいますし」
「お仕事しているのに、親が心配するんだな」
「何ですか?悪いですか?ママはプライベートに関してはかなり心配してくれるのです!!」
「いや、悪いとは言ってないのだけど… そうか、いいお母さんだな」
海里は柚月の母親の話を聞き、昔の事を思い出していた。
自分の母親も柚月の話と同じく、かなりの心配性だった。少し怪我しただけでも、『どうしたの?!誰かにいじめられているの?』と心配してくれた。
そんな母親に対して海里は、『違うよ。足がもつれて自分で転んだんだ』と笑顔で返答していた。
懐かしい事を思い出したので、海里の目にはうっすらと涙目になっていた。
「急にどうしたのですか…?!」
突然、涙を浮かべた海里に柚月は驚いていた。
「いや、何でもない。それじゃあ、駅に向かおうか」
海里は柚月に迷惑かけない為に笑顔で呟き、一足先に歩き出した。
その様子を見て、柚月は首を傾げながら綾佳の方を向いた。
「あの… 私、何か悪いこと言ったのでしょうか…」
「 悪いことは言ってないよ。ただ…」
綾佳は悩んだ。
この二人は出会うといつも喧嘩ばかりしている。
そこに海里の過去、つまり母親の死について話してもいいのかと。
「教えてください。あの人のことは嫌いですが、それでも気になるので」
これを聞いて綾佳は、「喧嘩するほど仲がいいと言うし伝えるか」と思い話すことにした。
「あのね、海里くんは天涯孤独なの」
「天涯孤独… つまり頼れる人がいないと言うことですか?」
柚月の言葉に綾佳は頷いた。
「海里くんの家ってシングルマザーだったの。それで一月中旬に事故で———」
「———っ!?私、あの人に…」
「大丈夫だと思うよ。海里くんはそれを乗り越えて、今楽しく過ごしているから」
綾佳は笑顔で伝えた。
「そうですか… でも、私、一応謝っておこうと思います。今回に関しては、私が悪いですし」
「分かった。柚月ちゃんのそう思うなら、私は何も言わないよ」
「ありがとうございます」
柚月は海里の元へ走って向かった。
その後ろ姿に、綾佳は「私、後で怒られるのかな〜」と苦笑いしながら自分も二人の元へ駆け寄った。
◇◆◇◆
「て、寺本せ、先輩…」
先に歩いていた海里は、突然名前を呼ばれたことにより、足を止めて後ろを振り向いた。
「柚月ちゃん、どうしたの?」
声を掛けてきたのが柚月だと分かり、海里は驚いた。
何故なら、柚月に嫌われていると分かっているので、彼女から声を掛けてくるとは思わない。
それなのに彼女は海里の名前を呼んで、自分の足を止めさせた。
「その… 先程はごめんなさい」
「 柚月ちゃんが謝るような事はされてないと思うのだけど?」
「綾佳先輩に聞きました。寺本先輩のお母さんはその…」
柚月はその先の言葉を言うか迷った。
(あっ… そーゆう事か。綾佳め、余計な事を言って)
一息吐くと、海里は口を開いた。
「柚月ちゃんが言いたいことは分かった。だから、その… 気を落とさないで。今まで通りに話してきてね」
「別に気を落としてないですよ。誰が、バイトさんの心配をするのですか。勘違いしないでください」
「そうそう。それでこそ、俺の知っている柚月ちゃんだよ」
いつもの彼女が見れたので、海里も一安心した。
「ふぅ… 一段落したね!これで二人も仲良し!」
一部始終を見ていた綾佳が、タイミングを見計らって横から話してきた。
「「仲良しではありません!!」」
「うん!仲良しだね!」
いつもの二人で、綾佳は満面の笑みをして満足していた。
「はぁ… 綾佳先輩はマイペースですね」
「それが綾佳だからな」
「二人とも酷いな〜 私、泣いちゃうよ」
「「………」」
二人は返答に困り沈黙していた。
「何か言ってくれてもいいじゃん」
「ごめんごめん。何を言えばいいのか迷って」
「私も今回は… ちょっと…」
「柚月ちゃんまで…」
いつも慕ってくれていた柚月にまで裏切られて、綾佳は本当に涙目になってきた。
「あわわ!!ごめんなさい綾佳先輩、泣かないでください」
「泣いてないよ!」
「ふっ… 綾佳先輩、それは反則ですよ」
「反則も何もないよ!柚月ちゃんが笑ったから負けだね!」
「いつから睨めっこになったのですか?!」
柚月は驚きながら、綾佳に問いかける。
「いつからだろうね〜!」
綾佳は微笑みながら言った。
「そんな、私の負けのま———」
「———あの… そろそろ帰りませんか?」
いつまで経っても電車に乗る気配が無かったので、海里は会話の途中に割って入った。
「そ、そうですね。睨めっこの勝ち負けなんて気にしていた私が馬鹿でした。さ、帰りましょ」
「む〜!!柚月ちゃんが冷たくなった!!」
「ほら、綾佳も帰るぞ」
海里は綾佳の腕を引っ張り、ホームまで連れて行った。その後ろに柚月も着いて行った。
それから電車に乗り、途中の駅で柚月が降りて、海里と綾佳は最寄りの駅で下車をして帰宅した。
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