第101話 花見 (前編)

 四月の最初の土曜日。

 綾佳の提案で急遽桜の花見をする事になった。


 何故、花見をする事になったのかと言うと、話は前日に戻る。

 海里がテレビで夕方のニュース番組を見ている時に、花見特集という声が聞こえてきた。


 海里が「桜見ながらの食事いいよな〜」と何気ない一言を呟いたら、綾佳がそれに反応して「やろう!」とガッツポーズしながら言った。


 そこから綾佳は色々な人にメールをして、数人が行くと返信来たので正式に開催される事になった。



「綾佳、準備終わった?」


 自分の支度を終えた海里は、リビングに行き綾佳に支度の進捗を聞いた。


「うん、いま詰め終わった所だから、あと鞄に入れれば終わるよ」


「綾佳の手作りお弁当か。花見がさらに楽しみになってきたよ!」


「私も皆んなで花見楽しみ!だけど、お弁当は争奪戦になりそうだね」


 綾佳は「うふふ」と溢した。

 首を傾げながら海里は、「なぜ」と呟く。


「私の事が大好きな人が来るからだよ!」


 その言葉に大体の想像がついた海里は、顔を引き攣りながら「マジかよ」と言った。


「それじゃあ、遅れたら悪いから向かおうか」


「だな。遅れたら俺の所為にされそうだし」


「どうなるんだろうね」


 綾佳は悪戯顔をしながら微笑み、玄関のドアノブを回した。

 その後ろを追いかけた海里は、綾佳の持っていた荷物を持ち向かった。



 家を出てから四十分、電車を乗り継いで目的地に着いた。

 綾佳が指定した場所は毎年沢山の人が花見をしているので、彼女は帽子と眼鏡を付けていた。


「おぉ〜 桜満開だね!流石、桜並木!」


「ちょうどピークだし、タイミング的にもバッチリだな。ただ、土曜日だから人が多いのが…」


 海里が心配になっているのは人の多さで、綾佳達が騒がれないかということだ。

 集合メンバーはまだ分かっていないが、確実に分かるのはアイドルが来ることのみ。


「海里くんの言いたいことは分かるよ。だけどね、アイドルだって人混みの中で遊べるんだよ!」


「それは分かるけど… この人混みは今までとは」


「実は大丈夫なんだな〜」


 綾佳は胸を張りながら腰に手を当ててキメ顔をしてきた。 


「あっ、綾佳先輩!!私、席確保しときましたよ」


 どこからか大きな声で綾佳の名前を呼ぶ声が聞こえた。


 海里と綾佳はお互いに顔を見合わせると


「大丈夫ではなさそうだな」

「大丈夫ではないかも」


 苦笑いしながら呟き、声のする方を向いた。

 そこにいたのは柚月だった。


「柚月ちゃん、声はもう少し下げてね」


「ごめんなさい… 嬉しすぎて」


「それでもね、ほら、私たちは有名人だからバレたら即花見は終了だよ」


「それは困ります…」


「でしょ?今日はなるべく大人しくすること」


「はい」


 柚月の暴走を一瞬にして止めた綾佳に、海里は「おぉ〜」と感心していた。


「よぉ、元気だったか少年よ」


 急に肩に手を回された海里は、後ろを振り向きその相手を見た。


「神山さん!?」


「おう、神山麗音だぞ。そんなに驚くなよ」


「突然後ろから肩を回されたら誰だってびっくりしますよ。それに少年ではなくて、寺本海里です」


「それは悪かったな。んで、私は君のことをどっちで呼べばいいんだ?」


 麗音は悪戯顔しながら、海里に聞いてきた。

 海里は「この人は…」と思いながら、口を開いた。


「寺本でも、海里でも、どちらでもいいですよ」


「なら、私も海里と呼んであげよう。私の事は麗音と呼ぶことを命じる」


「強制ですか」


「当たり前だ。私が公認で名前呼びを許している男は海里だけだぞ。ファンは公認ではないしな」


 アイドルの裏の顔を見たような気がした海里は、それを聞いてただ苦笑いすることしか出来なかった。


「ちょっと、私の海里くんを取らないでよね?」


 すると、横から綾佳が現れた。


「取らないから安心しろ。ただ、これからも仲良くする為に必要だったことだ」


「む〜!なんか気に入らないけど、今はそれで許してあげよう」


 綾佳は頬を膨らませながらそっぽを向いた。

 麗音は首を縦に振ったあと、「という訳で」と続けた。


「これからもよろしくな、海里」


「えっと、こちらこそよろしくお願いします」


 麗音は肩にトントンと叩き、ブルーシートの場所へ向かった。

 綾佳は麗音が離れた瞬間に小さく「海里くんのバカ」と小さく呟いた。


 その様子をブルーシートから見ていた柚月は、頬を膨らませながら面白くなさそうな顔をして睨んでいた。


「それでメンバーはこれで全員なの?」


「えっとね、あと一人来るんだけど…」


 綾佳はそう言いながら辺りを見渡した。

 それと同時に一部お客様がざわざわしているのが聞こえたので、そちらの方に顔を向ける。


 そこにいたのはゴスロリを着た、佐倉レイナだった。


「お待たせしました。綾佳さん、お誘いありがとうございます。私、花見は初めてなので昨日は眠れませんでしたわ」


 レイナは頬に手を当てながら微笑んだ。


「こちらこそ急な誘いなのに来てくれてありがとう!ブルーシートに直座りなんだけど、服大丈夫?」


「安心してください。折り畳みの椅子を用意しましたわ。では、準備させてもらいますね」


 レイナは一礼をして、麗音と柚月のいる場所へと向かった。


「綾佳、俺が今感じている事を言ってもいいか?」


「うん、大丈夫だよ」


「個性豊かなメンバーが揃いすぎて怖い」


 顔を引き攣りながら言う海里に、「そうかな〜?」と言う綾佳。

 そして、「それじゃあ」と言葉を続けた。


「この中だったら誰を警戒する?」


「佐倉レイナ。あの人、まだ何も理解できない」


「レイナちゃんはああ見えて真面目な人だから、大丈夫だよ!」


「そうかな…」


「まぁ、細かい事は気にしないで、今は花見を楽しも!ほら、行くよ!」


 綾佳に手を引っ張られて、海里も皆んなが待つ所へ歩きだした。

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